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夢のはじまり

 けたたましい電子音が鳴り響く。耳障りな音が部屋中に響く。

「うるさい…」

 俺はもぞもぞと布団から手だけを伸ばし、音源である目覚ましを見つけると、無造作にそれを叩き音を止める。

 不快な電子音は僅かな余韻を残し途切れる。

 無理やり起こされた脳が再び眠りにつく。

ふと、脳裏に先ほどまで話しかけてきていた金髪の女が過った。

「……?」

 誰だろう。だが、目は覚めない。頭が回らない。

まぁ、いいか…。そのまま穏やかな眠気に身を任せることにした。


「あー…もう!」

 遅刻に寸前の時間に起きた俺は、あわただしく用意を始めた。セットしていたはずの目覚ましには全く気が付かなかった。薄っすらと自分で止めたらしい記憶があるような、ないような。どちらにせよこの時間に起きたのは変わりない。そもそも急いでもぎりぎりだろう。

 素早く顔を濡らしうがいを数回した後、適当にクローゼットから取り出した服に袖を通す。もう時間はそんなにない。朝ごはんも食べてはいられない。

 机の横に置いてあった鞄を奪うようにひったくると、そのまま玄関に向かいいつものスニーカーをつっかけ走り出した。



 バス停に着いた時にはバスのドアが閉まるその瞬間だった。やばい。

勢いのまま、動き出したバスを追いかける。朝の道路は通勤の車で混んでおり、バスはある程度速度を落としたまま走っている。これなら間に合う可能性は十分にある。

 とにかく追いかけるしかない。そうしてばたばたと走っていると、後ろの窓でこちらに手を振る知人の姿が見える。バスが速度を緩めた。次のバス停に留まるらしい。

 いつのまにかバス停を一区間走っていたようだ。よく追いつけたものだと我ながら感心する。

 俺は息を切らし、汗をだくだくと流しながらバスに乗り込む。あー疲れた…。

 しばらくは全く動けず、はぁはぁと息を整えているとトントンと肩を叩かれた。

「やぁおはよう。見事な走りっぷりだったね」

「…おはよう…ちょっと、待て…」

「バスに追いつくなんて素晴らしい運動神経だ」

「……うるさい」

 隣から聞こえてきた煽るような言葉。同じサークルに所属している山城だ。

さっきまで高みの見物とばかりに、走るバスから手を振っていた山城は、笑いをこらえたような声でこちらは話かけてくる。

「ご飯は食べてきたのかい?」

「今の見て食べてきたと思う?」

「思わない。まぁ食べてたら吐いていたかもよ?」

「かもな」

「そんな君にこれをどうぞ」

 そういって未開封のペットボトルを差し出してきた。こいつ、いつも俺が欲しいもの持ってる気がするな…。

「いいのか?」

「飲まないからね。気になるなら貸し一つで」

「貸しで。助かる」

「気にしなくていいよ」

 ちらりと山城の方を見る。彼女はいつものように、食ったような笑みを浮かべていた。


バスを降り、水を飲みながら学校まで歩く。

めちゃくちゃ暑い。学校までは徒歩で15分くらいだが、辺鄙な場所だし、自販機やコンビニも特にはないのだ。水がなければ死んでたかも知れない。

…割と貸し大きいかったか…?

そんなことを考えてながら歩きつつ、講義棟に向かうと、山城も付いてきた。

あれ、こいつは授業違うよな。授業も大方取り終えて研究室入り浸っているって聞いたけど。

「なぁ、お前も宗教論取ってたんだっけ?」

「いや取ってないね。そもそも今日の講義は何もないね。教授もいないし」

「は?じゃあなんで付いてきたんだよ」

「なんとなく」

 山城は笑みを浮かべながら、こちらをじっと見た。

「?」

 相変わらずよくわからんやつだった。


 講義は相変わらずだった。この教授の話は本当に退屈だ。ただでさえ長ったらしい解説に余計な世間話が混ざるのが、本当にどうでもいい。


 ようやく終わった講義を抜け昼休み。俺はいつものうどん屋に向かう。講義終わりでごった返す敷地をふらふらと歩き、見慣れた鉄門を抜ける。うどん屋があるのは商店街だ。このあたりは学生が多いせいかまだまだそういった商店街に賑わいがある。

 陽気で軽快な音楽が商店に流れている。人混みはあまり好きではないが、下町の商店街のような柔らかで人好きのするこの雰囲気は嫌いじゃない。

「やぁまたあったね」

「こんにちはそしてさようなら」

「まってまって。なんだいその扱いは」

「今腹減ってるんだよ」

「貸しはどうしたんだい」

「うっ。それはそれこれはこれ…」

「何て言い草なんだ。まぁいいけど」

「今うどんが食べたい」

「またあそこに行くのか。好きだねきみも」

「お前だってよく行くだろう」

「まぁね」

商店街に並ぶ唯一の寂れた古書店。ここは山城のバイト先だ。エプロン姿の山城が退屈そうに口を開いた。

「今日は早いじゃないか?」

「何でかあの教授、話が短かった。もうネタが尽きてきたのかも知れないな」

「ほうよかったじゃないか。でも残念。彼のネタが尽きることはないぞ。尽きたら同じ話をするから」

 嫌な情報を得てしまった。俺が顔をしかめる時、山城はカメラを取り出し俺を撮った

「それやめろよ…」

「いやぁ。もう習慣だから」

「ドン引きするからなそれ」

「君は気にしてないじゃないか」

「まぁ」

俺はあんまり気にしない。そもそもあんまり自分の価値に頓着しない。写真を撮られても、足を踏まれても、頬っぺたを挟まれても、面白いことしてるなぐらいの感想しか抱かない。

だから山城が何故こんなに俺に構うのかよくわからなかった。



 うどん屋は、今日も今日とて大繁盛。並ぶ列が店の外に出て通りを塞いでいる。

 俺はいつものうどんを注文し席に着く。相変わらず美味しそうな麺である。

 箸を取り、割ったところでふと昨日の出来事を思い出す。出汁に映ったファンタジーな画。変な妄想だった。

 そういえば今朝の夢でも妙な声を聞いた気がする。

 もやもやと霞みがかった記憶の靄を少しずつ払う。確か、話しかけてきたあの女はうどんにいた人だろうか。そういえば、一番最初にこちらを見上げた女僧侶?がいたはずだ。

 …いやわからん。出汁の方はそれなりに記憶に張り付いてるが、夢は殆ど覚えてない。記憶も殆ど曖昧だ。

 俺は気持ちを切り替えると、腹を満たすべく麺を啜った。



 お腹いっぱいになった体を揺らし、午後の講義のため一度校舎へと戻る。

 昼休みの終わり際は時間調整能力のない頭空っぽ達がこぞって集まるため、とにかく混む。

 まぁ俺もなのだが。

 あまり広くない敷地をかき分け歩かねばならないし、階段エスカレーターはもう満員電車みたいな騒ぎだ。

 もっと広い敷地が欲しいなとたまに思う。別の国立に通う友達は校舎間を自転車で移動すると言っていた。どうせ面倒ならばそっちの方がストレスの少ないではないだろうか。

 取り留めのない思考を回している間に教室に着く。

 さぁ午後の講義だ。


 それなりに面白い講義だった。文化を切り取り解釈するのはやっぱり神話が一番の資料だ。神様は時に信仰として人の精神の支柱となり、規範となり人を導く。

 多神教における属性の解釈も興味深かった。

 レジュメではいくつか本も紹介されていた。取り敢えず後で図書館で借りておこう。

 俺はぱっとノートの隅に書名と著者名を書き込むと、それをしまいペンを片付け教室を後にする。



 図書館に人が流れ込む。出入りの激しいその様子に、一度間を置くことにした。講義の合間は皆移動に時間を取られるため、あんまり売店には人が入らない。俺はゆっくりとレジへ向かい、いつものブラックコーヒーを購入した。

 時間になると人は嘘のように消え、敷地には静寂が満ちる。俺はゆうゆうと大きめなベンチを選び取り腰を下ろした。

 コーヒーはいつもの味。中途半端な苦味に酸味が混じる。少しだけ目が覚めた。

 図書館は4階まである。縦に抜ける中央エントランスにはガラス張りのエレベーターが備え付けられている。一階は木製のタイルや色の明るい壁紙が張られている。

雰囲気のよいこの図書館には足が向いてしまう。大学でもとくにお気に入りの場所である。

 この図書館は上に行くにつれて印象は落ち着いてくる。

俺はエレベーターで最上階の4階まで上がる。ここの窓側の席は

ちょうど人文学系の本もこの辺りにある。それに、本を読むなら四階が1番静かだ。灰色の絨毯が敷かれ、壁も音を吸収するタイプのものだ。ただ紙のめくる音が聞こえる穏やかな空間。俺はこの場所がとても好きだ。


先ほど書き写した本の一覧をパソコンに打ち込み検索する。書かれた数字をメモし書架へ向かう。

目的の本を小脇に抱え書架を歩く。目が移る。並んでいる本を見るとどうしても手に取りたくなる。そんな誘惑を振り払い、俺は空いている机を見つけるとようやく息をつく。さぁ読書の時間だ。


気付けば日が落ちていた。この時期は日が落ちても温かいのはこの季節のいいところだろう。まぁ図書館にいれば外気温などお構いなしなのだが。

読み漁っていた本をまとめると、返本台に置く。あとは図書館員が持って行ってくれるだろう。

図書館を後にした。


その夜、夢を見た。

はっきりとした夢だ。

金の刺繍の入れられた白いローブを着ている女。それはどこかで見た法衣に似ていた。

「神さま。何故魔王へ神託を下されたのですか」

片膝をついた女が、こちらを不安げに見つめている。口調は丁寧であったが、明らかに畏怖があった。

「え?」

意味不明な展開に思わず声が出た。

跪いたままこちらを見上げる女へそっと視線を下ろす。

なんか見捨てられた子犬みたいだなと思った。

まるで状況が分からず、そんな間の抜けたことを考えた。

白い床にはっきりと存在する謎の中世風の女性。

昨日の夢か?

いや、それにしては、ここは気味が悪いくらい()()()だった。



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