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初めての異世界

 視界が段々と、明るくなる。次第に、周りから声のようなものも聴こえてくるようになった。

 神様が言っていた、異世界。そこで、俺は周りに自分のことを、忘れられないようにしないといけない。でも、自分のことを周りに認知させるって、具体的にどうしたらいいものなのか?今から、神様の所に戻って、聞くことができるわけでもないし……。まあ、見切り発進だけど頑張りますか。

 これからのことを決めていると、視界に街並みが写った。レンガで作られた建物。街にいる人たちの格好から、現代に比べると、まだ発展しきっていない。言うなれば、二世紀ほど前のヨーロッパと言ったところだろうか。

 

 とりあえず、マッチョでモヒカンの人を探さないと。今の俺の格好は、相当目立つだろうし。上下灰色のジャージ男なんて、目立つに決まってる。それに、周りの人との格好が違いすぎる……。

 いや、待てよ。目立つことって、存在を認知させることに繋がるのでは?でも、それはそれで、とても恥ずかしいことで……。とりあえず、最初の目的を果たさなければ。っと、その前に今いる場所を覚えて行こうか。迷った時に使えるかもしれない。


 *


 それから、しばらく道なりに歩き周りの人達に、視線を集められ続けた。視線というものは、とても怖いものだ。あの人は何を考えて、自分のことを見ているのだろうか。そんなことを考え始めてしまうと、恐怖に支配されてしまいそうになる。

 なるべく目立たないようにしようとすればするほど、その行動が裏目に出て、目立ってしまう。最終的にたどり着いたのは、路地裏だった。

 この場所に篭っていれば、誰からの視線にさらされることはない。街に着いた時に目立とうとしていた自分を殴ってやりたい。そもそも、家からほとんど出ていない俺にとって、人の視線というものは、とても新鮮なのだ。それが、こんなにも怖いとは思わなかった。


 *


 とりあえず、夜になってから行動しよう。このままでは、埒があかない。昼間は人通りが多すぎる。幸先から不安すぎる。こんなことで、俺生きていけるのか?

 まあ、俺自身が頑張れば、人の視線はなんとかなるのかもしれないが、今は無理だ。もう人の視線に恐怖しか感じない。

 路地裏でそんなことを考えながら、うずくまっていると男性の話し声が聞こえた。


「これなんですけど」


「いやーちょっとわからないな……」


「いえいえ。ありがとうございました」


「悪いね。力になれなくて」


 おお。凄いコミニュケーション能力だ。知らない人に、何かを尋ねるなんて。彼は相当やり手だな。と、ほんの少しの間彼を見ていたのだが、バッと彼が顔を上げた時に目が合った。

 やばい。目が合ってしまった。自分で視線が怖いとか思っておきながら、俺は何をしているんだ……。近づいてきてないか?

 恐る恐る頭を上げると、男は俺の目の前にいた。


「あの。大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫です……」


 や、やばい。どうすれば。とりあえず、目を合わせないようにすれば、なんとかできるだろう。というよりも、何が大丈夫なのだろうか。


「そうですか。てっきり体調が優れないのかと」


「……」


「ちょと伺いたいことがあるのですが、この場所を知っていますか?」


 俺の目の前に、地図を出してくる。何やら丸で囲ってある部分があるが、ここに行きたいのだろうか?しかし、俺はこの街の人間ではないためわかるはずもなく。


「わからないです」


「そうですか……。ありがとうございました。では」


 男性は光の当たる路地へと歩いて行った。


「あー。緊張した……。知らない人に話しかけられるなんて、中学生以来だ」


 思わず声が出てしまう。慣れないことはするもんじゃないな……。人の顔を見るのをやめようかな。人間誰でもやはり視線には敏感なようだ。今日それを再確認した。

 それから、夜になるまでその場に座り込んでいたのはいいのだが、朝から何も口に入れていないこともあり、とてもお腹が減った。なるべく早くモヒカンに会わないと。

 

 裏路地から出ると、街並みは昼とは別世界のようであった。光る街灯に照らされている部分は明るいが、先ほど居た路地裏などは、真っ暗で不気味な雰囲気を放っている。さらに、予想よりもはるかに人が少ない。少ないというよりも、出歩いていないのか、全くいない。別世界のように見えた原因は、これだ。

 これでは、モヒカンどころか人を探すにも苦労しそうだ。とりあえず、昼間一番人がいたところに向かうか。

 

 俺はこの世界に来た時に、一番最初に見た噴水を目指して歩いていた。目印探しといて良かった……。一番他人に視線を集められた場所。そこに行けば人の一人や二人いるはずだ。

 そう思って、歩き始めたのだが、すぐにその歩みを止める。

 待て、人に会って俺はどうするつもりなのか?昼間に相手側から、話しかけてもらったのに、まともに話すことすらできなかったのに、自分から行動を起こすことなんてできるのだろうか?

そう考え始めると、どんどん弱気になり始め、その場から動けなくなってしまう。また今まで通りの行動をする。前に進もうとせず、嫌なことからは出来るだけ遠ざかり、逃げようとする。

 

「今まで通りの生活をすれば、君は消えるよ」


 神様の言葉が、脳裏をよぎる。消えたくはない。でもそれはただの我儘だ。人との関わりを断てば消えるのは明白だ。なのに消えたくないなんて、都合が良すぎる。

 俺はまだ子供だけど、これぐらいはわかる。消えないためには、人と関わらないといけない。自分の価値を相手に分からせないといけない。

 そのために今とる行動は一つだ。


 重い足を動かし、やっとの思いで噴水広場まで来ると、黒い影が噴水の端にポツンと立っていた。黒い影は、ゆらゆらと噴水の水に反射し、不気味な雰囲気を醸し出している。

 近づいてみると、頭にはトサカが生えており、その肉体は鋼のようだ。おそらく人間なのだが、彼のその容姿から人間とは、また違った生物にも見える。その眼光には、殺気の色が写っている。


「おい。そこの坊主」


「は、はい」


 やっぱり来るんじゃなかった……。すごく怖い人に出会ってしまった。ものすごくマッチョだな。それに頭にはモヒカン。危ない人だよ……。

 ん……?マッチョでモヒカン。


「あーーーーっ!!」


「ギャァーーー!」


 俺の声に、モヒカンも反応して飛び跳ねた。

 だって、目的の人物が目の前にいるんだもん。それは、誰だって驚くだろう。


「あ、すいません」


「いや、問題ありません」


「あの……。神様から、何か伺ってませんか?」


「おお。貴方が。神のお告げにあったお方なのですね」


 やはりこの人のようだ。想像以上に体が大きくて、顔も怖いから、びっくりした。


「そう、ですね。俺が多分そうです」


「では、私の家までご案内します」


「いいんですか?」


「はい。神のお告げにも、貴方様とは友好関係にあったほうが良いとありましたので」


 

 *


 大男と俺は、街の中を歩いていき、街の中心からは少しだけ離れた彼の家にたどり着いた。


「さあ、どうぞ入ってください」


「お邪魔します」


 中に入ってみると、先ほどの路地裏とは打って変わって、温かい空気が流れ込んできた。


「多少散らかっていますが、どうぞおくつろぎ下さい」


「ありがとうございます」


 本当に優しい人だな。さっきは、大男とか呼んですいませんでした。やっぱり人は見かけで判断しては、いけないな。それが今一度わかった。


「どうぞ。お飲みください」


 そう言って、彼はホットミルクを差し出してくれる。


「ありがとうございます」


「いえいえ」


「あの、名前を伺っても?」


「ええ。私は、アドルフです。姓はありません」


「姓がない?」


「ええ。私たち平民には姓は与えられないのです。持っているのは、貴族または王族の人たちだけです」


「貴族ですか」


「はい。この街の中心には行かれましたか?」


「道が全くわからなかったので……。貴族は街の中心部に?」


「そうです。この街、モンターンは、外側の私たち平民が暮らす区域を平民区、内側の貴族が暮らす区域を貴族区と言っております」


 身分階級があるのか。それに、王族とか言ってたし。


「それで、貴方の名前は?」


「俺は、仁藤伊吹と言います」


「ニトウ様ですね。もしや、貴族のお方?」


「いえ。そんな大層なものじゃないですよ。俺のいた世界……。いや、国には誰でも姓をもらえるんです」


「それは、またいい国ですね」


 いい国か。今となっては、そう思えるかもしれない。平和で、貴族とか平民とかそんな階級が存在しない。でも、俺は消された。その国から、いや世界から。もう戻ることはできない。


「そうだったのかもしれません。でも、俺には居心地が悪くて出てきちゃいました」


 そのことについて、アドルフさんは、深く追求しなかった。それから、アドルフさんの仕事が、宿屋であることを聞いて、当分の間そこに住まわせてもらえるようになった。行くあてがなかった俺には、とてもありがたかった。

 その後、アドルフさんの奥さんが、夕食を作ってくれた。めちゃくちゃ美味かった。それに美人だったし。

 こうして、俺の異世界一日目は、幕を閉じた。

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