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プロローグ

 俺には、何もなかった。いや、何もなかった。と言うよりも、何もしなかったから、何も得られなかった。と言った方が正しい。

 今まで生きてきた十六年間、何もしなかった。十六年間という年月は、他の人からしたら短いと思うかもしれない。だが、俺にはその時間はとても長かった。何のために学校に通っているのかも考えず、何のために勉強しているのかも考えずに、定期テストだけ乗り切れれば学校なんてどうでもよかった。

 次第に学校には行かなくなり、家にこもるようになった。親からは、イジメにあったのか、それとも今の生活が不満なのかなど、色々な事を聞かれたが、俺の口からは、めんどくさい。行く意味がわからない。とそれだけしか出てこなかった。

 一度や二度無理やり学校まで引きずられながら、行かされたが、途中で抜け出して、帰宅をした。


 自分で言うのも何だが、俺のような人間をクズと呼ぶのだろう。と、自分の今までの人生を振り返って見たが、本当に酷いものである。完膚なきまでに……。

 なぜ、俺が自分の人生を振り返っているか、と聞かれると、神様に懺悔をしているからである。俺も自分自身がおかしいことは知っているが、まさかここまでおかしかったとは思いもしなかった。見えないものが見えるというのは相当怖いものだと、今日初めてわかった。


 だって神様が目の前にいるんだから。


 事の発端は数分前に遡る。


  *


 いつもどうりの生活だった。部屋に閉じこもり、持っているスマホの画面と、にらめっこをしていた。

 ただ淡々と時間だけが過ぎていくはずだった。しかし、なんの前触れもなく、体に浮遊感が襲いかかった。突然のことで、何が起きたのかも理解できなかったが、目の前の光景を見てわかったことが、一つだけあった。先程まで自分がいた部屋ではないのだ。先程まで寝転がっていたベッドはなく、ただただ白い地面。上には屋根などなく、白い空間が広がっていた。ここはどこなのか?そう疑問を持つよりも早く、次の出来事は起こった。


仁藤にとう伊吹いぶき君」


 そう、俺の名前を呼ばれ振り向くと、目の前にいたのは、金色の髪を持ち、カラーコンタクトをつけているのか、淡い緑色の目の男が立っていた。こ、これは間違いなくヤンキーだ。金をカツアゲするに違いない。あまり外に出歩かない俺にとって、髪染め、カラコンと言ったら、ヤンキーもとい不良しか思いつかなかった。


「あってるよね?仁藤君で?」


「は、はぃ……」


「あ、ごめんね。僕こんな格好してるけど、一応神様です。よろしくー」


「あ、はい。よろしくお願いします……」

 

 あまりの急展開に、話についていけたかどうか怪しいが、どうやらこの人はヤンキーなどではなく、神様らしい……。ん?


「神様ぁー!?」


「はい。どうも神です」


「あ、どうも。いやいや、どうもではなく。え?なんで神様?」


「なんで?と言われても、元々神やってたし」


「そうですよね……」


「あ、でも君をここに呼び出したのには、理由があってだね」


「はい。それが聞きたいです」


 そうだ。なんで俺がここに呼び出されたのかが、今の一番の問題なのだ。むしろ神様なんて、どうでもいい。いや、よくないか。

 むしろなんで神様が、俺をこんなところに呼び出したのかが、一番の問題ではないか。というよりも、神様って俺みたいな、凡人が話をしていいのか?もう全くわけがわからん。


「仁藤君。君は、人生を放棄しすぎた」


「は?ど、どういうことですか?」


「簡単に言うと、君は親や親戚の人以外からの記憶に残っていない。つまり、ほかの人間から、認知されなくなってしまった」


「え?な、何を言って……」


「自分でももうわかってるんじゃないのか?」


「わかるわけないです」


「ふむ。では、少し話をしよう。人間というのはね、誰かに認知されて初めて生きることができるんだ。君のように、君の存在を知る人が薄れていき、他人の記憶から消えてしまったとき、君は死ぬんだ」


「死ぬって、そんな肉体が消滅するわけでもないのに」


「そうだね。肉体は残るだろう。今の君のように」


「……」


 お前は死んでいる。そう宣告された。この場に先程までの空気はなく、緊張感だけが漂っている。逃げ出したい。そう思えるほどに。


「今の君は、いわば仮死状態だ。まだ死んではいない。できれば、帰してあげたいところなんだが、今の外界には君を認知できる者がもういないんだ」


「え……?親は?」


「もう、認知していない。君の両親の子供は、昔からいない。そういうことになっているよ」


「な……」


 神が言っていることが、納得できなかった。親が認知していない。そう言ったのだ。それでは、先ほどの言葉と、矛盾しているではないか。この人のことを、本当に信用してもいいのだろうか?


「僕のことが信用できなくなったか?」


「い、いや。そんなことは……」


「そうか。信用を失うのは、こちらとしても、よろしくない。そうだ、僕が本当に神ということを、示せば君の信用は取り戻せるのかな?」


「まあ、できるのであれば、ですが」


「わかった」


 そう言うと、彼は右手を前に伸ばすと、手のひらを上に向けた。すると、何もないところから、トンッと彼の手のひらに、水晶のような球体の物体が現れた。確かに凄いことかもしれないが、これは、マジックなのでは?これが自分を神と証明する彼なりの行動なのだろうか?


「まあ、待ってくれ。これで終わったら、現実にいるマジシャンとやっていることは変わらないからね。ここからだ」


 そう言うと、彼は俺に手招きをして、水晶に近づくように要求してきた。少し警戒しながら水晶を覗くと、何やら物が積み重なって置いてある部屋が写っていた。物置部屋だろうか?これを見せて、彼は何をしたかったのだろうか。と疑問を抱くとその本人から、すぐに返答が帰ってきた。


「これは今現在の君の部屋の状況だよ」


「は?何を言っているんですか?俺の部屋とは、全く違うじゃないですか。机もなければ、ベッドもない」


「言っただろう。君の存在は、もう下界にはないと。これが現実だ。これでも信用できないというのであれば、次はこれを見せてあげよう」


 そう言って、神が見せてきたものは、両親だった。俺が居なくなったことで、別段取り乱すこともなく、普段通りに生活をしている。しかし、普段から部屋を出ずに学校にも行かない俺が居なくなったところで、別に騒ぐことはないのかもしれない。そう考えれば何も不思議に思うことはないのだ。思うことはないのだが……。


「では、次にこれだ」


 そう追い打ちをかけるように見せてきたのは、家の表札。いつも通りならば、そこには親と俺の名前が載っているのだが、書いてあるのは、両親の名前のみ。


「これでもまだ、足りないか?」


「い、いえ。もう十分です」


「そうか。じゃあ、君が僕を神と認めたところで懺悔の時間に行こうじゃないか」


「は?」


 *


 と、俺自身もよくわかりきっていない状況の中、懺悔が終わった。


「はい。よく出来ました」


「あ、はい」


「じゃあ、これから君はどうするかと言うとだね」


「はい」


 そう。これからの話が一番重要なのだ。今まで生きてきた世界では俺の存在は消えてしまった。では、今ここにいる俺の存在は同じように消えるのか?それとも……。


「君は、今の状態では現世どころか、この世界にすら存在を残すことすら、ギリギリの状態だ。だから、君を今まで生きていた下界とは、違う下界に移す。現代の言葉で表すならば、異世界ってやつだ」


「異世界?」


「まあ、行って見ればわかると思うけど、君のいた世界とは勝手が全く違う。ちなみに、君はいま学生だから、その世界でも、学校に通ってもらうよ」


「は、はい」


「でも、一つだけ注意して欲しいことがある」


「存在の認知ですか?」


「わかってきたね。つまり、君が今までのような生活を続けてしまうと、君は消える。わかるね」


「はい。わかってます」


「流石に、二回目に消えてしまった場合、いくら神といえど、助けることはできない。それだけは、覚えておいて欲しい」


「分かりました」


 異世界。そう言われても、驚かない自分がいた。まあ、実際神様が目の前に現れた後に何が来ても驚かないか。

 神様は、頷くと自分の目の前に向かって指で円を書いた。すると、その円が広がっていき、俺の身長ほどの大きさになった。


「その中に入ったら、君は異世界に到着する。そしたら、モヒカンのマッチョを探してくれ」


「モヒカンのマッチョですか?」


「そう。その男は僕の信者だから。君に異世界のことを教えてくれるから」


「分かりました」


 俺は、円の中に足を踏み入れた。


「仁藤伊吹君。君に私たち神の祝福を」

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