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『高得点を取るにはどうするべきだったのか?』


「今日の議題はこれよ!」


 伊藤詩織が無邪気な笑みで、ホワイトボードに右手を叩きつけた。

 ドン!という鈍い音が響き渡る。


『高得点を取るにはどうするべきだったのか?』


 ホワイトボードには、そう書かれていた。

 武内瑞樹は辻中愛をよしよし、と頭をなでて慰めている。


「だって、だって、抜き打ちで実力診断テストなんて、できるわけないじゃん!」


 辻中愛は駄々をこねる子ども(いや幼女か)のように文句を言う。

 今日は抜き打ちテストがあった。それも午前の授業時間をまるまる使ってしまうような。

 もちろん、午前の授業を取り潰して抜き打ちテストを行うのだから、先生たちはほのめかすようなことを言ったり、生徒も生徒で言葉の裏を読んでいた。


 担任曰く、

「明日は午後の授業の準備だけでいいぞ」

 とか、ある一人の生徒曰く、

「明日の準備は万端だぜ!」

 とか、ある一人の大和撫子曰く、

「愛ちゃん、明日がんばりましょうね」

 とか、ある一人の仮病人曰く、

「一夜漬けで十分だわ」

 とか。

 辻中愛以外の人間全員は、『明日はテストがある……!』と直感だが、確かな嗅覚をもって確信していた。


 だが辻中愛だけは「なんだか皆おかしかったなー」とベッドの中で考えるだけだった。

 頭幼女である。

 疑わないのを美徳とするか、愚かとするか……判断は読者に任せたい。

 まあ疑わなかった結果、テストは散々なんですけどね。


 だが辻中愛にはチャンスがまだあったはずだ。

 教室に入ったときの静かな雰囲気を感じ取ることができれば、まだ挽回できるチャンスはあったはずなのだ。

 だがそこは、さすが頭幼女と言うべきか、新入生の勧誘で気を張ってるのかなー、とまだ眠りたいと反抗する幼女脳は明後日方向の勘違いをしてしまった。

 そして、そのまま眠ってしまった。残念無念、南無。


 そしてただいま絶賛後悔中というわけだ。

 武内瑞樹を羨ましそうに見ながら、伊藤詩織は神妙な表情で急に語りだした。


「言い訳とは、過去にくくりつけられた重りである」


 二人の動きがピタッと止まった。

 構わず続ける。


「反省とは、未来へとつながる投資だ」

「実行とは、今と未来をつなげる鎖だ」

「ならば私たちは何をするべきか?」

「実行、反省、実行、反省、ただ私は繰り返すだけだ」


 部室がシンと静まりかえった。

 伊藤詩織の口から偉人の名言ぽいのが飛び出したからだろうか。

 武内瑞樹と辻中愛は石になったように動かない。

 …………。

 ……武内瑞樹が静寂を破った。


「その場でよく考え付きますよね」

「えへへ、そうかしら!今回は自信作だわ!」


 伊藤詩織の癖である。その場で『それらしい』ことを言うのは。

 意外と本当に『それらしい』ことも言うので、頭ごなしに否定できない。

 今回は意外なケースだったようだ。


「うん……確かに言い訳しちゃ前に進めないよね。よし、ボクがんばるよ!」


 辻中愛はうじうじせずに反省することを選んだようだ。

 覚悟を決めた表情で両手を固く握りしめている。ぞい、とか聞こえてきそうだ。


「それじゃ、議論を始めるわよ!」

「おー!」

「頑張りましょうね」


 ディベートが、ようやく始まる。




「まずは事実の確認ね。愛ちゃん、テストは散々な結果だったのよね?」

「う、うん。あんまりよくなかったよ」


 微妙に言い換えたのは恥ずかしいからか。


「そうなった原因は何にあるか思いつくかしら?」

「そんなの、抜き打ちテストで準備なんかできなかったからだよ!」


 ピクッと伊藤詩織と武内瑞樹が片眉が反応した。

 二人は耳打ちでなにやらを話し始める。


「え、え、何?ボク変なこと言った?」


 二人は頭幼女の反応で確信する。

 この幼女、言葉の裏が読み取れない……!


 担任はやさしい人だった。

 明日が抜き打ちテストだと、ちらちらと言動に表れるようにしていた。

 例えば、定期テストの日程を確認していたり、「新入生はテスト大変だろうな―」とか言ったり、シャーペンの替え芯のストックは大丈夫か、と確認したり、とにかくテストに関する話ばかりしていた。


 それなのに、それなのに……!


「なぜ気づかなかったの!?」

「え、えー!?そんなに強く言われるようなこと!?」

「強く言わなきゃいけないことよ!」

「そうですよ」


 思わぬところで武内瑞樹の援護が飛び出し、辻中愛は「えー」と小声でつぶやく。「そんなの気づかないよ……」


「ああ、ごめんなさい!アタシたちが悪いところもあったわ!だから泣かないで!」

「な、泣いてないもん。反省するって決めたんだもん……ぐすっ」


 辻中愛は半泣き状態だ!


「よーしよーし。泣かないで。大丈夫ですよー」


 武内瑞樹は頭をなでなでする。

 実際、一年以上過ごしてきて辻中愛が頭幼女であることを見抜けなかった二人にも責任はある……のか?

 とりあえず、これで具体的な方針は決まった。


「愛ちゃん、訓練するわよ」

「ぐすっ、訓練?」

「そう、相手の言葉の裏を読み取る訓練を!」


 辻中愛は目尻の水滴を手でぬぐう。そして泣きそうな表情で、覚悟を決めた表情で言った。


「うん、がんばる」




=====




「ここは京都です。あなたは風来坊のように旅をしていて、辺りはもう暗くなっていました。周囲を見渡せば民家が三つあります。あなたはそのうちの一つの民家に泊めてもらえないかと頼むことにしました。」


『ごめんくださーい』

『はいはい、なんでございましょうか』

『すいませんが泊めてもらうことってできませんか?』

『おやまぁ、あなたも大変ね。どうぞ泊っておいき。ところでぶぶ漬けでもどうかえ?』


「愛ちゃん、あなたはどうしますか?」

「えっと、ぶぶ漬け?食べさせてもらって、泊めてもらうけど……」


 おーけーおーけー、と二人は目線を交わす。これは風習的なものだ、知らなくても仕方ない。

 と、目で語り合った。


「愛ちゃんは東京の大学に進学しました。大学のサークルに入り友人関係をつくることにも成功しました。そして、そこの友人にこんなことを言われました」


『愛ちゃんってどこ出身なの?』

『ボクは○○県出身だよ!』

『あー、あそこね。空気がおいしそう(笑)』


「愛ちゃん、あなたはどう思った?」

「ん?褒めてもらって嬉しいって思うよ」


 おーけーおーけー、と二人は視線を交わらせる。本心で褒めたと判断しても仕方ない。愛ちゃんは純粋だからね。

 と、以心伝心の心で語り合った。


「次は……」


 問題を考えているうちに伊藤詩織はふと思った。

 あら?愛ちゃんは純粋なままでいいんじゃないかしら、と。


 純粋じゃない愛ちゃんは愛ちゃんと言えるのだろうか。否、言えない。

 愛ちゃんは純粋で、純粋さの化身が愛ちゃんで、その聖域にアタシたちが土足で踏み入っていいのだろうか。

 ダメだ、愛ちゃんを穢してはいけない。


 伊藤詩織は武内瑞樹と緊急会議をすることにした。


 部室のすみっこに移動した二人を、辻中愛は不思議そうに首をかしげるが気にしないことにした。


(ボクのためにしてくれてるんだから文句言っちゃダメだよね)


 健気である。一方二人は


「ねえ、愛ちゃんを穢すのはもうやめないかしら」

「そうですね、私もなんだか違うような気がしまして。あと一人演技は恥ずかしいです」

「やっぱり愛ちゃんは純粋なままが一番よね」

「その通りです。穢れは私たちが引き受けましょう。これで皆ハッピーです」


 ここに新たに『愛ちゃん守り隊』が結成されることになった!

 おめでとう、愛ちゃん!

 君は愛玩動物のようにかわいがられる運命だ!


 伊藤詩織が振り向いてターゲットを補足する。

 その表情はだらしなく、にへらーとギャップありまくりな笑顔を浮かべていた。

 電光石火で伊藤詩織が愛玩動物に駆け寄り、そして確保。

 この間わずかコンマ三秒である。


「もう、愛ちゃんはかわいいんだからー!」

「うわぁ、え、なにー!?」

「抜け駆け禁止ですー」


 武内瑞樹も愛玩動物に駆け寄り、一緒にわしゃわしゃする。

 もみくちゃにされる愛玩動物は楽しそうだ。


「結論!愛ちゃんはそのままで!」

「えー!困るんだけど!」

「ちゃんと私たちがフォローしますよ」


 「覚悟決めたのにー!」と愛玩動物は嘆く、だが表情にしまりがない。

 愛玩動物を愛撫していると、伊藤詩織と武内瑞樹は一つの真理を理解した。


「尊いものは尊いままで!」


 疑うことは確かに社会を生き抜く中で必須のスキルといえるだろう。

 だけど、せめて愛ちゃんはそのままで。

 そう願う二人であった。


 疑わないのを美徳とするか、愚かとするか……判断は読者に任せたい。

 まあテストは散々なんですけどね。

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