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異形人外恋愛系

アントもかんとも



 現代地球と非常に酷似した文明や歴史を持つ惑星ペランには、ひと昔前、まるで流行り病のように悪の組織が乱立した時代があった。

 さればこそ、多くの正義が行使され、執拗に殲滅活動が繰り返された結果、その存在は、もはや書に伝え聞くだけの過去のものとなってしまっている。

 そんな時代の遺物、悪しき組織に造り出された数多(あまた)の怪人たちについて、悪意がなく罪を犯していない者、また、大きな罪もなく心を入れかえた者らは、寛容にも赦され、受け入れられ、時に人間と恋に落ち子孫を残していった。

 人工怪人の血を引く特殊な見目や能力を持つ子孫らは、いまや新たな人種として世界に広く受け入れられている。


 そういった背景で、現在を生きる高校二年生の蟻型怪人、在仁(アリヒト)は、見目だけは可愛らしい幼馴染の聡香(サトカ)に振り回される日々を送っていた。


 彼の顔面はほぼ蟻そのもので、全身は黒く硬質、同色の複眼は視力が低く専用の眼鏡が手放せない。

 牙は鋭く岩すら砕き、二対四本の腕はその細さに反して常人の倍以上の力を発揮する。

 また、怪人側の特性として再生能力が備わっており、脳や心臓等の重要器官を除いた部位欠損であれば、数時間もあれば快癒した。

 ただし、生態は通常の人間とほぼ変わらない。

 単性生殖でもなければ、女王を仰ぐこともなく、家系が多産であったりという事実もない。

 彼と同じ蟻型怪人である母と人間の父の間に生まれてきた、ごく一般的な核家族の男児である。

 皮膚は固いが外骨格ではなく、赤色も認識でき、腹の端からフェロモンも出せず、嗜好もそれぞれで在仁は甘いものが苦手だった。


 聡香というのは、彼の向かいの家に住む同い年の人間の女の子だ。

 彼女には四つ年上の兄がいて、在仁は聡香ともども彼によく遊んでもらっていた。

 彼が親元を離れ有名な国立大学へ行ってしまった二年前からは、あまり向かいを訪ねることもしなくなったが、同じ公立高校に通う幼馴染には相も変わらず構われ続けている。

 性格はともかく容姿は上の下といったところの聡香であるので、彼女の兄に代わり変態などが寄り付かないよう在仁はこっそり気遣ってやってもいた。

 そこに一方通行の淡い想いが混じっていないかと言えば、無きにしも非ずといった風情である。


 だからといって、二人の間に甘酸っぱい雰囲気が醸し出されることなどは皆無であったが……。


「聡香、終ったぞ」

「はいはい。今日は早かったね」

「そりゃ、中間試験前だからな」


 いつものように書道部部室へ姿を現した在仁を横目に、手元の写経セットを片付けていく聡香。

 彼女の両親に頼まれて、彼は自身の陸上部活動が終った後、彼女と共に帰宅するのが日課だった。

 書道部は緩く、文化祭で一点以上の作品さえ提出すれば、あとは最低週に一度程度顔を出すだけで在籍が認められる。

 時間も特に定められておらず、聡香は幼馴染を待つ暇つぶしの目的で部室に日参していた。

 下手に絡まれる可能性のある教室や図書室などで待っているより、気の知れた女生徒しか所属していないソコは、彼女にとって最も安全かつリラックスのできる空間なのだ。

 

「お待たせ、帰ろー」

「おう」


 高校二年という多感な年代ではあるが、連れ立って歩く二人が同級生たちから囃し立てられることはない。

 入学からしばらくはそのような動向もあったが、現状は、もっぱら憐憫か呆れの視線を向けられるのみである。


「はぁ……小腹すいた」

「いって!? おまっ、いい加減に人の触覚食うの止めろよ!?」

「えー。いいじゃん、減るもんじゃなし」

「いいわけあるかバカ!

 だったら聞くが、俺がどうせ生えるだろってお前の髪一本引っこ抜いて食べ出したらどう思うんだよ!」

「げぇっ……ド変態がいる……」

「こらぁぁドン引きしてんじゃあねぇーーーッ!

 そっくりそのまま、お前がやってることだろうが!?」

「乙女の髪と珍味を一緒にしないで」

「誰の触覚が酒の肴だ!

 人体の一部を平気で食えるってどういう神経してんだよ、サイコパスか貴様は!」

「やめなよ、プロのサイコの人に失礼でしょ」

「お前は何を言ってるんだ」


 顔は良いが言動がちょっとアレな聡香を、幼馴染というだけで長年面倒を見続けているのが在仁だ。

 彼女の本性が広まるにつれ、二人が仲の良い恋人関係などという勘違いは正されていった。

 今では、在仁は生徒のみならず教員にまでも、彼女に対する一種の防波堤として扱われている。

 まぁ、当人同士の認識はまた少し違ったものであったようだが……。


「ときに」

「なんだ」

「私たち、そろそろ正式にお付き合いとやらを始めてもいい頃だと思うの」

「あ?」


 帰路にて、雑談の流れそのままにケロっとそんなことを言い出す聡香。

 色々と彼女に振り回されている在仁は、むしろ怪訝な様子で幼馴染へ視線を向けた。


「だからぁ、いい加減に恋人同士として……」

「おい、待て待て待て、色々おかしい。

 そもそも、お前、俺のこと好きだったのかよ?」


 続くセリフに、聡香の言葉が譜面通りの意味であったことを理解して、彼は焦る感情そのままに一本だけ残った触角を忙しなく動かしていた。

 思いも寄らぬ蟻型怪人の問いに、今度は彼女が目を見開いて驚きを露わにする。


「えっ、気付いてなかったわけ!? にぶっ! にっぶ!

 っていうか、いくら私でも好きでもない男の触覚食べるような無節操な真似しないからね!?」

「気付けるか阿呆っ、普通の女はまず人の触覚をボリボリ食わねぇんだよっ!」


 在仁の叫びは至極真っ当なものだったが、そのような常識が幼馴染に通用しないのは分かりきった事実である。


「ちょっと、普通なんて曖昧な定義で私を量らないでちょうだい」

「量れねぇから毎回アタマ痛めてんだろうが」


 案の定、主張内容を無視して理解不能な憤りを見せる聡香に、彼は複眼を手で覆って深くため息を吐いた。


「とにかくっ!

 アンタ、私のこと好きでしょ? ねっ!」


 何故か在仁の恋情を確信しているらしい彼女は、彼の制服を掴んで無遠慮に引っ張りだす。

 それがしつこくも五度目に達しようとした時、在仁は幼馴染の手を引き剥がしてから、気まずげに呟いた。


「…………そりゃあ、どうでもいい女に何度も触覚食わせたりしねぇけどよ」

「ほぉら」

「チッ。勝ち誇った顔しやがってテメェ……」


 ドヤ顔で腕を組み胸を反らす聡香と、悔しそうに歯軋りする在仁。

 仮にも両想いが発覚した年頃の男女が浮かべる表情ではない。

 しかし、素直に喜びを表すには、彼は苦い思いをさせられすぎていたし、彼女の思考回路は良識から外れすぎていた。


「……正直、正式な付き合いとか、今以上の心労負わされそうで恐ろしさしか感じねぇわ」


 両腕で後頭部を抱えて、在仁が憂鬱そうに溢す。


「恋しい女を前にして、どういう言い草よ」

「掛け値なしの本音だ、本音。

 お前みたいなクレイジー女の面倒を更に見てやんなきゃいけなくなるんだろ。

 誰だって怖じ気付くわ」

「このチキン野郎、チン○ンついてんのかっ!」

「そういうとこだよバカ! (おおやけ)の場で何を叫んでんだお前は!?」


 力強く両の拳を握り、顔面を怒りで皺くちゃにして好いた男を相手に平気で罵倒をぶつける聡香。

 当然ながら、在仁の制止などどこ吹く風といった様子である。


「ピチピチの女体を好きに出来るというヤりたい盛りの男子高校生にはたまらん立場をやろうというのに、無駄にグダグダ言ってるアンタが悪いんでしょ!?」

「フザケんな! テメェ俺を何だと思ってんだよ!

 だいたい、親に養われてる分際で、ンな軽率なコトするかっつーの!

 そういうのは最低限、まともに給料貰うようになってからに決まってんだろうが!」

「真面目か!!」

「うるせぇ、惚れた女ぁ大事にしたいと思って何が悪い!」

「それで一人よがりになってりゃ世話ないでしょうが!

 精神的にはグッときたけど、肉体的な欲求不満ナメないでよね!?」

「盛ってんのお前じゃねぇかぁああッ!!」


 売り言葉に買い言葉でヒートアップしていく二人。

 中々に恥ずかしい本音が炸裂しているという事実に、怒りに我を失っているらしい彼らは気が付かない。

 いや、後々思い出したところで、羞恥に悶えるのはおそらく一方だけであろうが……。


「あぁもーっ! いいから黙って付き合いなさいよおおお!

 ねぇねぇねぇ、ねぇったら! ねぇーー!」


 そうこうしている内に会話での説得を諦めた聡香が在仁の胸倉を掴んで力任せに揺さぶりだす。

 さしもの蟻型怪人もその激しさに耐え切れなかったらしく、早々にギブアップの声を上げた。


「だああ止めろ揺らすな酔う止めろ!

 わかった、わかったから、もうソレでいいから、とにかく止めろ! あと黙れ!

 何度も言うようだが、ここは公共の場なんだよっ!」

「ヒューッ! 言質(げんち)とったどーーっ!

 わーたしぃーとアーンタぁーはアーッチーッチぃー!」

「妙な調子で歌うな! 同級生を囃し立てる小学生か何かか!」


 両腕を天に掲げ足を交互に跳ねさせながら全身で有頂天状態を表現する彼女の姿はまさに狂人の如し。

 抵抗空しく敗者となった彼は、ガックリと地面に膝を付いて途方に暮れた表情で呟いた。


「くっそぉ……なんで俺、こんな頭おかしい女なんかに惚れちまったんだ……人生お先真っ暗だ……」

「アンタも大概失礼よね」


 初々しい初恋同士のカップル誕生である。

 いやー、青春青春。


 気を落ち着かせるためか、しばらく近場の公園のベンチに腰掛け蹲っていた在仁。

 五分程度の沈黙の後に、彼はふと顔を上げ、隣で携帯ゲームに興じている恋人になったばかりの女に向かい口を開いた。


「っつーか、何で今更になって付き合うだの言い出したんだよ」

「ん? なんでって……来年は高校三年だよ? 受験じゃん。

 今までなぁなぁで来たけどさ、本気で付き合う気があるなら、ここが最初で最後のチャンスだと思っただけ」


 ゲームから目を離さないまま、聡香が淡々と答えを返す。

 在仁は彼女の言い分に理解が及ばず、首に該当する頭部と胸部の接続部を傾げた。


「それなら受験終ってからで良かったんじゃねーの。

 気が散るだろ、勉強の」

「バカ。アンタ栄養学部志望でしょうが。で、私は生物学部志望」

「なんで当たり前みたいに知ってんだよ、人の志望を。

 教えてねぇぞ」

「細かいことはいいじゃん」


 胡乱気な視線を向けてくる蟻型怪人をしれっと流しつつ、聡香は携帯を胸ポケットに入れて腕と足を組む。


「お互いがすんなり希望の大学に入れたとして、理系同士じゃあカリキュラムぎっちぎちでしょ?

 まともに会うことさえ難しくなりそうな状況で関係を発展させようなんて無謀もいいところじゃない」

「そうなのか?」

「そうなのよ。気ままな大学生活は主に文系だけの特権なんだから。

 知ってる? 理系にとって、夏休みって幻想なの。

 普通の講義こそ止まるけど、他の特別講義が入ることも珍しくないんだよ。

 レポートだとか、他に課題も沢山出されるだろうしね。

 一年二年は講義をこなすのに精一杯、三年四年は実験や実習も増えるし加えて卒業論文と就職活動に手一杯。

 卒業して社会人にでもなったら、更に都合がつかないこと請け合いだし。

 高校時代に抱えてた甘酸っぱい感情なんか、その間にいくらでも思い出に変わるわ。

 だから、未来を見据えて恋人として絆を深めておこうと思ったら、今の内しかないの。

 それでも不安はゼロじゃないけど、まぁ、アンタは律儀な性格だし、フリーならまだしも、付き合ってる女がいる状態で他の誰かにうつつを抜かすタイプじゃないでしょ?」


 公園に集う鳩たちを何の気なく眺めながら、彼女は未来を語った。

 自らが志望する学部の有り方すら曖昧な噂程度の情報しか持たぬ在仁は、その具体性に舌を巻く。


「…………なんつーか、返す言葉もねぇわ」

「妙な理想だけあったって、きちんとリアルを知らなきゃ実現はままならないのよ」

「あぁ、うん。お前もマトモにしてりゃマトモなのになぁ」

「ちょっと、どういう意味よ!」


 しみじみ呟く幼馴染に、一気に怒髪天を衝いたらしい聡香が立ち上がった。


「だいたい私の方でここまで考えなきゃいけなかったのも、アンタが不甲斐ないせいでしょうが!

 ビビッてないで告白ぐらいさっさとしときなさいよ、ハートまでアリンコか!

 キィーっ、食べなきゃやってらんないわ!」

「いでッ! さっき生えてきたばっかの触覚をまたお前っ!

 毟るならせめて反対側にしろ!」


 彼の発言も大概ズレていたが、彼女の非常識に慣らされすぎた蟻型怪人にその自覚があるわけもない。


「か、勘違いしないでよね! 新しい方が渋みが少なくて美味しいだけなんだから!」

「ツンデレ風にクソみてぇな本音ブチまけてんじゃねぇ!」


 懲りもせずギャーギャーと姦しくやり取りする二人は、正真正銘、十年を超える長い片想いがようやく成就したばかりの恋人同士である。

 在仁と聡香がこの日常を越えてカップルらしい雰囲気を醸し出せるようになるのか、それはもう少し先の未来、彼らの血を継ぐ一人息子のみが知る。


「このアリンコ並みの狭量男!

 食人してでもアンタとひとつになりたいっていう、いじらしい乙女心の表れじゃないの!」

「気付け! ソレは乙女心じゃねぇ、ただのヤバイ特殊性癖だぁーーーッ!」



 いやー、青春青春。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 眼鏡をかけたリアル蟻型怪人……ありだと思います(ゝω・) [気になる点] 先に書いてあった感想を読んだ瞬間、某天体○○の独特な絵柄でイメージが固まってしまいました。(あの漫画好きだったなぁ…
[良い点] コレは某○○戦士サン赤さんの絵で再生されるべき。 本当に風呂シャイムですありがとうございます(笑) [気になる点] 恋人から家族に進化したら逆オレサマオマエマルカジリな愛情表現が待っている…
[一言] 外見→人外×人 中身→人×人外 だったじゃないか! 外見想像しなければ完全に彼女がカニバっ娘!
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