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律霊士 ラオカ  作者: 白 仁十
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始まり

すこし話をしよう。

長くなるが、是非とも聞いてくれ。


俺の人生は平凡だった。平凡な学生時代、平凡な仕事、平凡な生活。

跳び上がるような喜びや成功はなかったが、うずくまるほどの悲しみや挫折もなかった。

これといった趣味もなく、休みの日は一日中寝転がって安物のタブレットをいじっているだけ。

それなりにも満たない、ぼんやりとした平坦な毎日。


そんな俺が転生ものの小説を読むようになったのは、単純な思考の表れだ。

変な楽しみ方と思われるかもしれないが、俺は、転生した先で右往左往する導入部だけ試し読みするような形で次々読み漁っていった。

こういう読み方をしても、まったく尽きることがない別世界がネット内にあふれていた。


そして、俺は読むたびに嫉妬する。

転生した主人公に? いや違う。小説を書く作者にだ。

すごく人気があるから? それもほんの少しある。

だが、何よりもその想像力にだ。

だってそうじゃないか。こんなすごい世界を頭の中で描けるだけで、人生に彩りがあるってもんだ。

俺が百回生まれ変わっても手に入れられないものだ。


この平凡すら贅沢だという意見は出るだろう。それにむきになって反論するほど、俺はガキじゃない。

だがな、もし酒の席とかで自分の人生を語るなら、そんな機会は一度もなかったが、俺の三十年は、二分で語り終える自信がある。


――ほら、二分だろ。



その日、特別羨ましいという気持ちがひと際大きかった。

読んだ小説が俺に合っていたと言えばいいのか。人気は下の上といったところだが、表現やテンポが妙にしっくりきて、初めて導入部から先を読み出した。


そこから記憶がない。

うっすらと目が覚めると、ソファに突っ伏して寝落ちしたらしい。

ベッドに移ろうとしたが、どうにも手足の感覚があやふやで起き上がれないまま、俺は眠気に勝てずまた眠りに落ちた。


次に目を覚さましたとき、身体がこわばっていたので、やっぱりベッドで寝ればよかったと後悔した。

なんとか寝返りをうったとき、かすんだ視界の一番手前に、手があった。えらく小さな親指だ。

寝ぼけていた俺は、タブレットの映像だと思って画面に触れようとしたとき、その小さな親指がぴょこっと動きやがった。


俺の慌てようと言ったらなかったね。

とんでもない悪夢を見た子どもが泣き叫ぶアレと変わらなかったんだ。悪夢は目が覚めたら終わるものだが、俺の場合は目が覚めた先が悪夢だった。

どこに逃げても俺の知らない世界で、どこに逃げても俺の知らない人間が追いかけてくる。

自分の身に小説と同じようなことが起こったことに、歓喜なんてこれっぽっちもなかった。だって、現実に起こりえないからこそ、どんな想像でも楽しめるんじゃないか。

このときの俺の精神状態はカオスそのものだ。


どうやらここは自分の知る世界じゃないらしい。そしてどうやら、俺は子供に転生してしまったらしい。などと、冷静な判断を下す主人公は、いつになっても俺の中に降りてこなかった。

ここで、誰かが頭の中に語りかけてきたり、見えてはいけない数値や能力が見えていたら、俺はきっと過呼吸で死んでいたに違いない。


見知らぬ町の見知らぬ人間たちの間ですごい騒動になってしまった。

我が子に悪霊が宿ったと両親らしき男女が、俺を抱きかかえて教会みたいな場所で清めてもらい、それでも足りないってんで、霊媒師に祓ってもらいもした。


教会の御大層な装飾や法衣は、読み漁った小説通りだったが、霊媒師の婆さんはかなりかけ離れていた。

薄汚れた魔道着でもなければ、カラフルな魔法具もない。儀式の魔法陣もなければ、動物の骨や血もなかった。

簡素な家に、素朴な服装。そして客にふるまうお茶の香り。想像とはまるで違う普通があったから、俺は落ち着きを取り戻せたと言ってもいい。


この後、婆さんにもう一度会いに行くことになるのだが、言い知れぬ眼力と威圧感をその時に感じたんだ。言葉にできない何かを頭でなく身体で実感できた。

これが、足がこの異世界の地についた最初の一歩だったんだと思う。



それからの経過は語りつくせないが、どうなったと思う?

婆さんに才能を見出されて、霊媒師になった?

いや、違う。逆に霊力がなさすぎて、未来が見えないと言われたくらいだ。

だから一念発起して、異世界の最強に登りつめた?

いや、それもない。努力したことはあったが、争い事には向いてなかった。技術はそこそこ良かったし、戦わざるをえない状況で剣や弓をとったこともあるけどな。


とすれば、冒険者って道が濃厚だ。

危険と神秘に満ちた世界。精霊がいて、亜人もいて、多分魔物もいる。異世界にしかない摂理があって、浮遊石とまでいかないが、現実にはありえない地形もあった。

だが答えはノーだ。行動に出たことはあるが、半月たらずで帰ってきちまった。思春期の家出みたいなもんさ。

で、気づいたんだ。ここが、長年暮らしたこの町が、すっかり故郷になっちまっていた。


そこからは平凡な町民だ。脱サラして町づくりに従事したってのが妥当表現だな。

だが、現実の平凡とは比べ物にならない生活だった。そりゃもう、何を例に話せばいいのか悩むくらい色々あった。


もう駄目だと思ったのが、隣国の戦争のせいで難民やらが流れてきた事件だ。

傭兵も盗賊も敵国の負傷兵まで流れてくると、価値観も習慣もごった煮状態で、差別に罵倒に奪い合いが絶えないのなんの。毎日、いや毎時混乱が起きていた。

信仰心こそ全ての救済の道、なんてうたっている神統教の神官どもはいつの間にか逃げ出しているし、派遣されたやる気のない下級騎士どもはクソの役にも立たない。


誰にも頼れないんなら、自分たちでなんとかするしかないだろ?

この時ほど、地道に積み重ねてきたものの大切さを感じたことはなかった。物資や食糧はもちろん、人とのつながりと信頼だ。

時間をかけてひとつずつ解決していき、ようやく事態を収拾できたとき、


――俺は町の代表者になっていた。


代表者というけれど、そんな偉そうなことをした記憶はない。よそ者で常識もない俺は、常に誰かに相談し、いつも頼っていた。

だからお前が相応しいんじゃないか、と言われたときの俺のみっともないうれし泣きは、相当ひでえ面だったみたいだ。

きびしく口止めしたはずが、翌日には町中に広がってやがった。ちくしょう。


ともかく、以前の平凡と今の平凡じゃあ、全く違うんだ。

しかし正直言って、何故違っているのかいまだにわからない。人の本質は変わらないとかよく聞くが、その通りだった。特に意識を根本から改善したわけでもないし、行動力もたいして変わらない、俺のまま。

強いて言うなら、降りかかってきたトラブルが現実離れしていたってだけだ。


そしてまた、新たなトラブルが俺の耳に入ってきた。

原因不明の奇病が近隣の村で発生しているらしい。もし伝染病ならば、町どころか社会を揺るがす一大事だ。

俺の浅い知識だと、病原菌の媒介は鼠とか水とかぐらいしかわからない。何にせよ早めに完全隔離が必要だろう。

そう決断して実行に移しかけた時、男が一人俺を訪ねてきて、|《律霊士》(りつりょうし)と名乗った。




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