プロローグ
真っ白な空間で死んだはずの僕に何かが声をかけた。
「ボクと契約をしないかい?」
帰りのLHRを終え、帰りの準備をする。
今日も授業に頭を抱え、気がつくと眠りにつき怒られるといういつも通りの時間を過ごした。
「ハルクは今日も爆睡だったな。」
「ハルクは真面目に授業受けてるから頭がオーバーヒート起こして寝ちゃうんだよ。バカなんだからノートに落書きでもして時間過ごせばいいのに。」
友人はいつものように僕をバカだと弄ってくる。
確かに僕はバカなので返す言葉もないし、いつものことなので軽いノリとして受け流すだけ。
ただ、一ついつものことではあるのだが受け流したくないことが。
「バカは事実だからいいけど、ハルクって呼ぶのはいい加減やめてよ。僕には晴久って名前があるんだから、アメコミの超人みたいに呼ばないで!」
僕は決してムキムキじゃないし、ましてや肌が緑色なわけじゃない。
晴久という名前が違う読み方をするとハルクと読めるいう理由で超人的なあだ名がついてしまった。
ハルク自体が嫌いなわけではないが自分とかけ離れすぎているのでとても抵抗を感じてしまう。
「鍛えて超人ハルクみたいになればいいじゃん。そうすれば彼女だってしっかり守れるぞ。」
「そうそう。飛んでる弾道ミサイルを素手でキャッチできる男が彼氏なら彼女も安心だろ。」
また受け流せない冗談が飛んでくる。この二人は僕を弄りすぎだと思う。
「そんな彼氏は彼女もドン引きだよ。それにいつも言ってるけど優希は彼女じゃないよ。優希は幼なじみ。」
「ハルー!そろそろ帰らない?まだ友達と話してるなら待ってるけど?」
話をすれば何とやら。あまり好ましくないタイミングで当人がきてしまった。
「話をすれば彼女がやってきたぞ。」
「彼女じゃないって!」
「あぁ、嫁か。」
「嫁はもっとありえない!」
この二人は僕以上にバカだ。何度も言ってるのにわかってくれない。それどころか今回はレベルアップしてきた。
優希は僕とは釣り合わない。
そう思ってしまうほどに優希は才色兼備という言葉がよく似合う。
「ハル!帰るなら帰ろうよ!私という嫁が待ってるんだぞー!」
「優希まで悪ノリしないでよ!今行くから!」
それじゃあまた明日、と友人二人に声をかけて足早に優希の元へ向かう。
優希のいる廊下に出て、自分の持っている鞄を彼女に預ける。
僕がいなくなった教室からクラスメートの声が漏れて聞こえてくる。
「優希さんってやっぱり可愛いよな!スタイルもいいし!」
「だよな。明るいし、ノリもいいしな!」
「しかもこの学力底辺高校にいるのがもったいない頭の良さ!」
「最高だよな!服の上からであのスタイル!想像しただけでヤバい!」
「あんな可愛い顔から罵倒の言葉出てきたら最高だよな!罵られたい!」
やはり優希は男子人気が高いな、そう思った時。
「でも、脚があれだとな。」
その言葉が聞こえてきた瞬間教室のそばを足早に立ち去る。
優希が座る車椅子を押して足早に。
学校を出ても歩みを緩めない僕に優希が声をかける。
「は、ハル?ゆっくり帰ろうよ。」
優希の言葉を聞いてようやく気持ちが落ち着いた。
クラスメート達は決して罵倒していたわけではなかったし、的外れなことを言っていたわけではない。
ただ、ああいう直接的な言葉が飛ぶ場の近くに優希を居させたくなかったのだ。事実だとしても、そこに居させたくなかったのだ。
「ハル、大丈夫だよ?」
知っている。優希は強い。
「そりゃ、まったく気にしてないわけじゃないけど私にはハルがいるから大丈夫だよ?」
俺は関係ない。優希が強いのだ。
「脚がこれだからさ、彼女にするとかってのは否定的になるもんだよ。」
そういいながら優希は動かない自分の脚をペシペシと叩く。
「こんな面倒くさいやつに何年も付き合ってくれるやつなんてハルくらいだよ。」
優希は続ける。
「逆に言えば、ハルがいないとダメってことなんだけどね。ハルには迷惑ばっかりかけてるね。」
「そんなことないよ。僕は優希といると楽しいし癒されるから好き好んで一緒にいるだけ。」
優希は幼い頃に両親を事故で亡くした。
いつも笑顔の絶えなかった優希からその笑顔が消えた。
遠い親戚しかいなかった優希は引き取ってくれる人がおらず、隣人で親身にしていた僕の両親はそんな優希を放ってはおけず、優希の世話を買って出た。
ずっと俯いてばかりだった優希は僕たちと過ごしているうちに少しずつ明るさを取り戻していき、両親の死から一年も経つころには事故前の笑顔を見せていった。
だが、ようやく立ち直り始めた優希をまたしても悲劇が襲った。
優希自身が交通事故にあった。
ひと月程意識を取り戻さず、目が覚めたときには僕たちは安堵で涙を流した。
でも、優希は違った。
目を覚まして、絶望が襲った。
優希の脚が動かなくなっていた。
笑顔を再び失った優希だったが、そこからも立ち直ったのだ。
二度の絶望から立ち直った。
優希は強い。
今も僕に大丈夫だからと笑いかける優希を見ていると守りたくなる。
「ねぇ、聞いてる?そんな暗い顔されたらつまんないんだけど。」
「ご、ごめん。」
少し昔のことを思い出していたらどうやら神妙な顔をしてしまっていたらしい。
「もう、仕方がないな。そんなハルには私のご自慢ボディ触らせてあげようか?元気でるよ?」
「ば、馬鹿じゃないの!?もう大丈夫だから!」
下からほれほれと挑発的な表情でおちょくってくる優希。ふざけた話題は僕をいつもの空気へと呼び戻す。
明るい雰囲気が一番だ。笑顔が一番だ。
「夕飯の買い物でもして帰ろうか。」
「そっか。今日おばさん帰り遅いんだったね。」
「お父さんも外で食べてくるみたいだし好きなもの作って食べようか!」
「仕方がないなぁ。私がハルの好きな餃子を作ってあげよう!」
「僕が好きだってのもあるけど優希が得意な料理が楽なだけでしょ。」
軽快な会話を繰り広げ、すっかりいつもの雰囲気に戻った。
「うるさいなぁ!餃子って決まったの!そうと決まればスーパーにダッシュだ!」
元気よく優希が前を指差す。
もし足が動いたなら子供みたいに足をバタバタさせてそうなテンションだ。
「走るの僕なんだから少しは気を使ってよね!」
僕は文句を言いながらも優希を乗せた車椅子を押して走り始めた。
頑張れ頑張れと楽しそうにする優希を乗せて僕は汗をかきながらスーパーを目指す。
今日は久しぶりの優希の餃子だ。
子供の頃からの優希の得意料理。表には出さないが僕もテンションが上がっている。
「頑張るねー!ゴーゴー!……ってストップストッ」
スーパーに向かう途中、T字路から猛スピードで車が飛び出してくる。
僕も全力で走っているため止まれない。
どうしようもない。わかってはいる。嫌に冷静なのだ。
だからこそ、何か浮かぶかもしれないと頭をフルスピードで回転させる。
優希だけでも助かる方法はないか。
家族も、足も失った彼女からこれ以上何を奪おうというのだ。ふざけるなと。
優希だけが不幸せすぎる。こんなのおかしい。なんでなんでなんでなんで。
もう助かる方法なんて浮かばない。
この運命の不条理を呪うしかできない。
優希を助けろと望むしかできない。
そうして何も出来ないまま、わけもわからぬ衝撃が意識を吹き飛ばした。
ふと気づくとと言えばいいのか、目を覚ますとと言えばいいのか、とにかく僕は真っ白な空間にいた。
死んだのではないのか。
優希はどこにいるのか。
ここはどこなのか。
何もわからず混乱していると、何かが僕に声をかけた。
「ボクと契約しないかい?」
プロローグを最後まで読んでいただきありがとうございます。まだ更新ペースを決めてはいませんが、なるべく早く更新していきたいと思っています。
次の話で契約、その次の話で異世界生活の始まりとなります。どうか引き続き話を楽しみにしていただければ幸いです。