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ななかまどの木  作者: mitsuru
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ケイちゃん

 5年生にあがってから、周りのみんなは何だか少しずつ変わってきた。1年前までは、毎日プーマのジャージを上下で揃えて、泥んこになってもお構いなしって位にグラウンドを駆けずり回っていた章君が、膝のあたりに雑な切込みが入ったダメージ・ジーンズしか履かなくなった。昼休みのたびに落書き帳を開いては、オリジナル漫画の続きを書くのに没頭していた美香ちゃんも、急に落書き帳をティーン雑誌に持ち替えて、お友達ときゃあきゃあ言いながらモデルさんのファッションについて語り合っている。わたしはそんな小さな変化を見つけるたびに、他の子たちの反応を伺って、「ねえ、何だか最近みんな変じゃない?」なんて共感してくれる人がいないかソワソワしていた。その期待も虚しく、章君のジーンズに疑問を持つそぶりを見せる人は現れなかった。何ともないようにすんなり受け入れているクラスメイトたちの姿にさえ、わたしは違和感を覚えた。それでも谷口せんせいは、黒板に向かって左側、ちょうどみんなの様子が伺えるベストポジションで、優しく見守るように、大きな机に肘を載せてニコニコしている。

 みんなが変わっていくことが怖くて、一度谷口せんせいに、「せんせい、わたしって、みんなから見たら、時代遅れで恥ずかしいのかな。」と聞いてみたことがある。せんせいは少し唇をへの字に曲げておどけた顔を見せたあと、いつもの優しいまなざしで、「そんなこと言ったら、せんせいなんて、ずーっと時代遅れだよ。今でもドラえもんが大好きだし、漫画だってたくさん読むし、みんなとサッカーだってしたい。あ、大人なのに、変なの。って思ったでしょう。でも僕は、そういう人。」答えにならないような答えを聞かせてくれたけど、私はこれを聞いてほっとしていた。今、好きでいられるものは、大人になっても好きでいられる。それなら、大好きな外遊びや、お絵かきなんか、急に捨ててしまわなくたって、いいんじゃないのかなあ。…それでも相変わらず、章君はおニューのジーンズを自慢げに披露するし、とうとう美香ちゃんは、「わたし、6年生になったら読者モデルに応募する。」なんて言い出した。 


 校庭に並ぶナナカマドの木々が、太陽の光をうんと吸い込んで葉っぱに閉じ込めた。毎年この曇りのない本物の緑を見るたびに、夏が近づいていることを実感し、いてもたってもいられない、じれったい気持ちになっていた。でも今年は違った。その深々とした緑が、深すぎて、少し暗く、濁ったように目に映った。もしかしたら、今日の昼休みに、わたしのクラスでうごめく不穏な影を垣間見たせいかもしれなかった。 

「ケイちゃんってさ、おうち、貧乏なんでしょう。」

 給食のあとのお昼休み、みんなで机をくっつけて筆箱の見せ合いっこをしていたら、ひかりちゃんが不意にこう言った。みんな目をきょとんとさせたあと、沈黙が3秒ほど続いた。きっとそれぞれの頭の中で、ケイちゃんちに遊びに行ったことや、ケイちゃんの家族について、回想が巡っていんだと思う。

 ケイちゃんとは、もう3年続けて同じクラスになっている。平均より少し低めの身長で、いつもベージュのコットンパンツと、藍色と白のしましまのトレーナーを着ているイメージがある。冬に食べるみかんを想像させるような横長の楕円形の頭を、つやつやしたおかっぱの中にすっぽり隠している。ケイちゃんが輝くのは、決まって図画工作の時間である。彼女がつくる作品は、いつも銀色のキラキラした空気に包まれているみたいに見えて、毎回完成を見るのが楽しみだった。自分の作品そっちのけで、ケイちゃんが段ボールを軽快に切り抜くところ、カット版に薄く伸ばしたボンドにビーズを散りばめて、上手に剥がしてオリジナルの飾りを作っているところ、拾って来たまつぼっくりのひらひらを一枚ずつはがして、作品の側面に魚のウロコをいとも簡単に描いているところを、じっと見つめていた。あんまりじっと観察するうちに、ケイちゃんの作品たちを包むキラキラは、彼女の瞳から発せられていることがわかった。虹色の脳みそ。キラキラの瞳。くるくる回る指先。魔法使いみたいなケイちゃんをみて、いつかわたしもこんな風になれるかな、と憧れていた。そんなケイちゃんが今、「貧乏」という話題の主人公にされている。

 確かにケイちゃんちは少しぼろくて、隙間風がふくような寒さを常にまとっていたけれど、そこに疑問を抱くことはなかった。汚くちらかった床も平気で踏みつけていたし、むしろその汚さが自由でいいな、なんて思っていたくらいだ。それを伝えようとして「でも、」と私がくちをあけた瞬間、横から良子ちゃんがすばやく

「確かに!ずっと思ってた。家だっておんぼろだし、お母さんもいつも同じ服ばっかり。髪もぼさぼさだよね。」

とひかりちゃんに賛同した。嫌味な言い方に私はびっくりしたが、ひかりちゃんはそれを待ってましたと言わんばかりに目を輝かせて良子ちゃんに続いた。

「ね、そうだよね。ケイちゃんって、ちょっとへん。このあいだ、男子も言ってたもん。『ケイちゃんは他の女子と違って、近寄りがたい。』って。やっぱり皆からみても、ケイちゃんって変な子なのよ。」 

 わたしは意を突かれた。少し前まではみんな輪になって同じように遊んでいたのに、急にケイちゃんだけが、遠心力に耐えられず弾き飛ばされたようだった。ケイちゃんは他の子と違う。ケイちゃんは変。わたしはそれが正しいかどうかなんて、正直どうでもよくなっていた。クラスの皆がのった大きな円盤。くるくると弧を描き、仲良さげに音を奏でる。これに、私も乗り続けなければ。不協和音にはなってはいけない。額に汗がじわりと滲むのを感じた。わたしはそれを一気に蒸発させるように言い切った。

「そう言われると、本当そう。貧乏で、ぼろぼろで、へんなの!」

 もう元には戻れない。せっかくの初夏の香りが、握りしめたえんぴつの鉛の臭いと混じり、私の鼻を混乱させた。 



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