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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

こんにちは、非日常。

作者: 明日花



いつも通りの曇り空だった。




空を見上げてただ寝転ぶだけの俺は、いわゆる不良というやつだ。誰ともつるまず、一人でうろうろしては売られた喧嘩を買う、ということを繰り返していたらいつの間にか一匹狼と呼ばれるようになっていた。はじめてその呼び名を聞いた時には思わず顔をしかめたが、今となっては好都合だと放っている。

この学園は少しおかしい。女のような顔をしたチビがたくさんいて、まるで自分たちが一番偉いとでもいうような態度でいる。それに対して教師たちは何もせず、ただビクビクとしながら様子を伺っている。授業に出ない俺が言えたことではないが、この学園にはマトモな奴はいない。誰ともつるまない方が、かえって気が楽だ。


そんなことを延々と考えていたが、ふとどうでもよくなって背伸びをする。

すると、普段聞き慣れない他の誰かの足音がした。


一匹狼と呼ばれる自分が頻繁にいると知られている屋上は今となっては不良でもなかなか近づかない。

にもかかわらず、確かに扉が開く音もした。自分は確かに少し高いところにいるため下から直接は見えないだろうが、それでも好き好んでこの場に来る者はそういないと言うのに一体誰なのか。少し気になって下を見ると、そこには一人の男がいた。


スラリとした体躯に、ひどく整った顔。平凡な黒髪だというのに、それはむしろその男の魅力を引き立てているように感じた。


そいつはスタスタと屋上の端まで歩くと、手すりに肘をついて眺めるような姿勢になった。

しばらく観察していたがこれと言った変化はなく、男はただ屋上から周りを眺めるばかりだった。その男の横顔はどこまでも無表情で、興味を失った俺は目を閉じるといつも通り寝ることにした。





それからも、俺が屋上にいるときにその男は時々現れた。チビ共が話してる声が聞こえたが、どうやら奴はこの学園の生徒会長“だった”男らしい。あくまで過去形なのは、この男が仕事をしていないということでリコールをされたかららしい。俺自身にとってはどうでもいい話だが。


男はいつもやって来てはただ周りを眺め、そしていつの間にかいなくなっている。うるさい奴ならぶっ潰してやろうと思っていたが、男は一言も喋ることはなかった。俺も自分に害がないなら、と何もしなかった。

男は相変わらず無表情だった。誰に言わせても綺麗と称すであろうその顔に感情が乗らないだけでこうも威圧感を与えるものなのか。そう、男はまるで人形のようだった。自分の意志を持たず、ただ操られるままの。





「あー!やっぱこんな所にいたのか!」


静かなはずの屋上に響きわたる騒音に俺は思わず目を覚ました。頭の奥にキンキン響くような声に思わず眉間に皺を寄せる。


「俺、生徒会長になったんだ!」

「ええ、この子が生徒会長になってくれたおかげで私達も大変助かっています。貴方のように仕事をサボったりは決してしない、いい子ですよ」

「ねえ会長、あ!ごめんね~元会長だった~」


次々と喋り倒す奴らに対して、男は見向きもせず言葉を発することもなかった。その目はただ屋上からの景色を見つめるばかりで、まるでそこには奴以外の誰もいないかのような雰囲気だった。


「悔しいでしょう?今まで頂点にいた貴方が蹴落とされたんですから」


心底馬鹿にしたような口調でそいつは話しかけたが、やはり男が反応することはなかった。


「おい、無視するなんていけないぞ!」

「ちゃんと……喋る……」

「元会長様は口無しになっちゃったのかな~?」


しばらくガヤガヤ騒いでいたが、視線すらよこさない男に飽きたのか、じきに帰っていった。もう少し居座るようであれば強制的に黙らせようと思っていたが、正直あの面倒そうな五月蝿いガキの前に姿を現したくなかったのも本音だった。

再び静かになった屋上で目を閉じる。


風はどことなく生温く、湿気を含んでいた。





「会長様!あの噂は嘘なのですよね?私達は信じております!」


前とは違う声があの男に呼びかける。パンを食いながら下の様子を見ると、小さい奴が三人ほど並んで立ち、男の背に向かって話しかけているようだった。


「会長様、だからどうか、かつての会長様に」

「黙れ!」


なおも言い募ろうとした男を遮って黙らせたのは、大きな音でドアを開けて入ってきた、凛とした空気を放つ背の小さな男だった。


「隊長!どうして止めるんですか!」

「お前達の姿が見えないと隊員から報告が入って慌てて探したが、やはりここだったか」


どうやらその男はこの"元"会長の親衛隊長であるようだ。親衛隊には悪い印象しかない。"親衛"とは果たして何なのだろうか。俺には全く理解できなかった。

対象をあらゆる障害から切り離し、囲い込む事のどこが相手を守ることなのか。俺はそんな奴等に嫌悪感しか湧いてこなかった。

しかも隊員は皆媚びてくる者ばかりで、その隊長ともなると異様にプライドの高い者が多いと聞いていたが、どうやらこの男は違うようだった。


「お前に彼の何が分かるというのだ。この期に及んで彼に媚びを売るつもりだったのだろう?」

「ば、馬鹿にしないでよ!僕達は会長様に元気になっていただきたくて!」


顔を赤くして怒り出したそいつらを見る男の目はひどく冷たく、そして奥底に怒りの炎を燃やしていた。


「お前には、彼を理解することは一生できないだろう」


そう言って悲しそうに目を伏せた男は、いまだ黙り続けたまま空を眺める男に小さく詫びを入れると、そいつらを引っ張って帰っていった。


「……俺にも、な」

最後の言葉のあとに男がそう唇を動かしたのを、誰でもない俺だけが見ていた。


暗く澱んだ空は鈍く灰色に染まり、どこまでも重々しかった。





「いつまでそうしているつもりだ」


またある日に屋上へと現れたのは、薄茶色の髪の隙間からシルバーのピアスを覗かせた大柄な男だった。一度喧嘩のあとに注意を受けたことがあったため、そいつが風紀委員長だということは知っていた。今ここでサボっているのが見つかったら何か言われそうだと思い、俺は顔を出さないまま声だけを聞くことにした。


「正直、今のこの学園にお前の居場所はない」


そいつは男の反応を待つかのように暫く黙っていたが、やはり男が喋ることはなかった。

風一つない屋上には静寂が広がっていた。その空気を壊すかのように、もう一度そいつは口を開いた。


「だが、ここだけがお前の世界でもないだろう」


そう言って用は済んだのか、どうやらそいつは帰っていったようだった。改めて下を見てみると、男は相も変わらず手すりに肘をついてただ空を見つめていた。

風紀委員長と会長は仲が良かったのか、それとも悪かったのか。そんなことをふと考えようとしたが、分かりっこないだろうとすぐにどうでもよくなって、もう一度寝転んで空を見上げた。


今にも雨が降り出しそうな空模様だった。





ザー…………

俺は校内を移動しながら少し濡れてしまった肩に触れて溜息をついた。

いつも通り屋上にいたところ、雫が落ちてきたと思ったら突然勢いを増して雨が降ってきたのだった。慌てて起き上がって屋内へと入ったが、少しばかり濡れてしまったようだ。

すぐには止みそうにない雨に生徒達は一人残らず屋内へと入ったようだった。少しすれば乾くだろうと思い、俺は旧校舎に行って時間を潰すことにした。最近はあまり行っていなかったから、自分以外の誰かがいるかもしれない。そうなると面倒だなどと考えながら目的地へと足を向ける。

渡り廊下を歩いている時、ふと上を見上げた。視線の先には、先程までいた屋上。そして、そこにはあの男もいた。

雨ですぶ濡れになりながらも男は前を見つめていた。その表情は遠く離れたここからでは確認できなかった。

馬鹿だ、と俺は思わず呆れた目をした。馬鹿は風邪をひかないんだったか、などと考えながら俺は再び旧校舎へと向かう足を動かし始めた。


雨は今まで溜め込んだものが溢れ出したように止まることなく降り続けた。





「さよならだ」


男はそう言葉を発した。これが最初で最後の俺が聞いたそいつの声だった。

雨の降った日から数日後、男はいつもと同じようにやって来た。だがしかし、その肩には少し大きめのショルダーバッグがかけられていた。

男は晴れやかな表情で屋上から周りを見渡した。そして先の言葉を放った後、振り返ることなく屋上から出ていったのだ。


さらに数日後のこと。学園内は一つの話題でもちきりだった。元生徒会長の転校、それはおおいに生徒たちの興味をひいた。ある者は面白おかしく脚色し、ある者はひどく悲しみ、そしてある者は正しい選択にかすかに笑った。そのどれでもない俺が最後の言葉を聞いたのだと思うと、なんだか笑えてしまって思わず口端をあげる。


学園では今日も特に変化なく時間が進んでいく。あくびをして授業をサボる俺も、新たな未来に向かって歩み出した者も、皆ちっぽけな存在に過ぎない。皆、ただの人間なのだ。たとえ誰かが欠けようと、滞りなく時は流れる。


静かな屋上。扉が開く音も、誰かが歩く音もない。

俺は気のせいかいつもよりも広く感じる屋上に寝転がって空を眺める。


「じゃあな、」


俺の非日常。




雲一つない快晴だった。




Fin.


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