5. どこも大変なのは下の者である
馬車の中で移り変わる景色をぼんやりとながめていた。晴れやかだった空は時間が経つとともに灰色に染まってしまった。馬車は一定の速度で進んでいく。私の心とは裏腹に──。
「着きましたね」
馬車が止まる。私が泣いていたときに静かにハンカチを差し出してくれた警護の方が呟いた。
「私たちはここまでしか同行することはできません。何を言ってもあなたに届かないことはわかっています。ですが……どうかお元気で」
警護の方はとてもつらそうな顔をしており、私は頷くことしかできなかった。
私は花嫁道具と一緒に光の国から乗っていた馬車を降り、国境付近で待機していた馬車に乗せられた。
そういえば、闇の国は一年のほとんどが冬らしいって誰かから聞いたっけ。馬車を降りるときの、外の風が冷たい。光の国では今の季節にこんな寒さはありえなかった。
本当に来てしまったのか、闇の国へと。目まぐるしく変わっていく環境に頭はパンク寸前だった。
「こちらが我らが魔王様の屋敷でございます、リリア様」
無表情で出迎えてくれた魔王さまの執事が言った。
仰々しい門をくぐると、寒々しい木々が向かい合った先に厳めしい作りをした屋敷があった。植物はあるのに、広大な庭には緑なんてひとつもなかった。
「私は執事のセバスチャンと申します。……どうぞこちらへ」
案内されたのは古風な雰囲気の一室だった。先ほどまでの屋敷の雰囲気とは違い、可愛らしい家具などが置かれた若い女性が好みそうな部屋だった。
「こちらの部屋をお使いくださいリリア様。長旅でお疲れでしょう、お茶をお持ちいたします」
「……あのっ」
「なんでしょうか?」
「魔王さまにはいつお会いするのでしょうか?」
一礼して立ち去ろうとするセバスチャンに意を決して声を掛けた。突然連れてこられるはめになった魔王様の顔なんて正直見たくもないが、心構えはしたかった。
「それは……」
顔は相変わらず無表情だったが、一瞬だけ困惑の色が見えた。
「申し上げにくいのですが魔王様は現在多忙を極めていらっしゃるのです。お会いになるのは当分先になられるかと」
「そうですか」
しばらく顔を見なくて済みそうだ。喜んでいいのかよくわからなかったけど。
「ですから……」
セバスチャンが次の言葉を告げようとしたときだった。遠くから慌ただしい足音と緊張感溢れる声がしたのは。
「おい!魔王様がまたご逃亡されたぞ!」
「本当か!さっきまで執務室にいらっしゃったじゃないか!!」
「探せ!そう遠くにはお行きになっていないはずだ!!」
「………」
「………」
私とセバスチャンは互いに顔を見合わせた。お互い、思っていることは違うだろうけど。魔王さまが逃亡。……この国大丈夫なの?着いて早々不安になった。




