27. 冬百合祭りと彼とのワルツ(下)
「べランジエ様……」
私はおもわず彼の名前を呟いた。目の前の黒水晶の瞳が揺れる。
「君はあのときの……リリアちゃん」
べランジエ様がそっと名前を呼んだ。それだけで私の胸は小さく跳ねる。
「一人?もしかして迷ったかな」
「いえ!友達とはぐれちゃったんです」
「もしかしてレイラ嬢と、かな?」
「!!」
友達と言っただけでレイラの名前が出たことに驚いた。べランジエ様はどうして彼女の名前を出したのだろう。
「君と僕が初めて会ったとき、彼女がリリアちゃんを探していたでしょう?だからもしかしたらって思って。それに、……あのレイラ嬢の傍にいるのは君くらいだし」
なるほど。レイラは次期魔王様候補だ。バエリシア地方の次期魔王であるべランジエ様が彼女の存在を気にかけていてもおかしくはない。
「もうすぐ広場でダンスが始まるからね。人が多くなってきたし、はぐれてちゃっても不思議ではないよ」
「広場でダンス……」
あぁ、だからみんな同じ方向に進んでいたんだ。お祭りだものね。光の国のお祭りでも、よくみんなで踊っていたな。この冬百合祭りでも同じようなものだろうか。
「そうだ。リリアちゃん、広場へ踊りに行こうよ」
「え!」
べランジエ様とダンス。突然のお誘いに私は戸惑った。恐れ多いけどとても素敵なお誘いだ。だけど……。
「レイラたちを探さなきゃ」
「それなら問題ないよ…………レイラ嬢を探してほしい。見つけたらこう伝えてくれ。あなたのご友人は広場の一番大きなもみの木の下にいるって」
「了解です」
べランジエ様は後ろに控えていた人々にそう伝えると、私の方へと向き直した。
「これで大丈夫だよ。優秀な人たちだからきっとレイラ嬢を見つけてくれる。それに、この人だかりの中で人を探すのは無謀だよ」
「でも……」
「僕のこと、信用できない?」
「いえ!そんなことは」
「せっかくの冬百合祭りなんだ、君と一緒に踊りたい。──お相手願えませんか?」
(あ………)
かつての記憶が蘇り、頬に熱が集まるのが分かった。惹きこまれそうな黒水晶の瞳の奥には私が映っていて……。私はゆっくりと差し伸べられた手を取った。
広場はさほど遠くない場所にあった。どこからか聞こえてくる音楽に合わせてみんな楽しそうに踊っていた。べランジエ様に連れられてきたけれど、私はあることに気づいた。
「私踊り方知らない……」
「大丈夫だよ。僕に任せて?」
べランジエ様はにっこり笑って私をくるりと一回転させた。それから導かれるようにすんなりと動くと、なんと踊れているではないか!
「──ほら、ね?」
そういえば、かつてワルツを踊ったときも自分で踊っているのかわからないくらいスムーズに踊れたっけ。彼は踊りがとても上手な人だった。
「仮面舞踏会で君を見つけた。ダンスに誘おうとしたけれど、別の人に誘われていてすごく悔しかったんだ」
「べランジエ様……」
「よかった、君ともう一度踊りたいと思っていたんだ」
べランジエ様はそう言って甘くほほ笑んだ。胸の鼓動が触れている指先から彼に伝わっていないだろうか。いつもより苦しいくらいにどきどきしているのに、その苦しさが嫌じゃなくて──。
「リリアちゃん」
彼の瞳が、その声が。私に甘く切ない感情に誘う。もうごまかしきれない。分かってしまった。私は、彼のことが──。
「ほら、レイラ嬢が来たよ」
ベランジエ様が耳元でささやいた。彼の示した先にはレイラとレオナルドがいた。
「今日はありがとう、リリアちゃん。──またね」
彼は自身の胸ポケットに挿していた百合の花を私の髪へと通した。流れるような一連の動作に思わず見とれていた私は、ベランジエ様がレイラたちに会釈をしてその場を後にするまで動けなかった。
「リリア!」
レイラとレオナルドがこちらへ駆け寄ってくる。
「突然いなくなったんだもの。驚いたわ」
「ごめんなさい。レイラ達とはぐれた後、ベランジエ様に偶然お会いしたの。お付きの方がレイラ達を探してくれるって言ってくださって」
「びっくりしたぜ。急に現れて『ご友人は広場にいます』って言われてさ。しかも聞くとベランジエ様からの伝言だっていうじゃないか」
「ごめんなさい」
この後2人からもし一人だったらとても危なかったということを切々と言われた。『お前はぼけっとしてるからいいカモにされる』ってレオナルドが真剣に言ったけど、カモにされかけた君が言っても説得力はないと思う。
「ていうか、お前その髪の花は」
「踊っているときにベランジエ様が挿してくださったの」
「……その意味知っているのか?」
「えっ?」
「…………」
まだ冬百合について何かあるのだろうか。『いや、まさかな……こいつがなんて』なんて深刻な顔でレオナルドがぶつぶつ呟いている。
「べランジエ様に深い意味はなかったかもしれないが。男から一方的に女に贈る冬百合は──」
コツコツ。
もうすぐ眠ろうと明かりを消そうとしたときに窓を叩く軽い音が聞こえて、私はカーテンを開けた。
「まぁ、鷹じゃない!」
私は窓を開けた。冷たい風が部屋の中へと入ってくる。私は鷹を部屋へと招き入れた。
「もうすぐ雪が降るみたいだから危ないわ。ねぇ、聞いているの、鷹。……あら」
鷹は私の小言をそっぽを向いて聞こえないふりをしていた。少しカチンときて何か言ってやろうかと思ったが、鷹が銜えているあるものに目がついた。
「それ冬百合じゃない。どうしたの。え、私にくれるの?」
鷹は私にぐいっと冬百合を押し付けた。
「もらっていいってことよね。ありがとう、鷹。ふふ、でも君。私じゃなくてガールフレンドとかに渡した方がいいんじゃない?」
私の言いぐさが気に食わなかったのか、鷹はどこかムッとした表情になった。
「ごめんなさい。冬百合を鷹からもらえてすごくうれしいよ。……鷹は冬百合を渡す意味を知ってる?」
冬百合は交換し合うとより仲が深まるという言い伝えがあるらしい。
『男から一方的に女に贈る冬百合は貴女に自身を捧げる、つまり告白と同じ意味──』
『冬百合は親しい人にも渡す。深い意味なんてないわ』
『いや、ちょっとそれ無理が……って、いたいやめろレイラ!!』
「……どういう意味で冬百合をくださったのかなぁ」
私は鷹の背を撫でながら、机に飾った冬百合を見つめた。相変わらず冬百合はものを言うことはない。凛とした姿で静かに咲いているままだった。
「……これはどういうことだ」
薄暗い部屋の中でその場にいた者たちは愕然とした。
「こんなこと初めてだ」
「今年は咲いた冬百合が一本多かった。そこからもうゆゆしき事態だっただろう」
「どうなるんだ、闇の国は」
「────静まれ」
ざわざわとした場を制したのはいかつい声だった。
「このことを他言することを禁ずる。民へはあたりさわりのない予言を告げる」
「ですが魔王様」
「こんな選定の結果を民へ告げるなど、余計な混乱を引き起こすだけだ。3輪の冬百合が枯れたなど」
過去、現在、未来を表す3輪の冬百合は、選定途中で枯れてしまった。それだけでも大事件だったが、今年はそれだけではなかった。
「黒い百合が白い百合に変わるなんて……!」
3輪の冬百合の隣に咲いていた黒い冬百合。この百合が選定後に白く変わってしまったのだ。本来なら咲いてはいけない百合。しかも普通の百合ではなく黒百合。
「……何が起ころうとしているんだ、この国は。いや────世界は」




