表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王さまは薬屋さんに夢中  作者: 真咲 透子
仮面舞踏会編
23/28

23. 薬屋のあの子※光の国 陛下視点

「…………は?」


 あたたかな春の日差しが差し込む城の一角にて。手紙に書いてあったことは、下手したら膠着こうちゃく状態だったこの国とかの国の外交問題に発展するような大スキャンダルだった。


「光の国の娘を魔王の花嫁として差し出せ、なんて────君、正気なの?」


 気が狂っているとしか思えない要求に、僕は疑いのまなざしを向けた。


「…………」

「黙りこくらないでよ。もう僕と君しかいないんだから、その姿でいなくてもいいでしょ?……魔王・・様?」


 目の前の鷹に声をかけると大きな風が吹いたとともに、一人の青年が現れた。青年は無愛想ながらも整った顔立ちをしていた。美丈夫で尊大な印象を与える彼だが、ダークブルーの瞳は気まずそうに伏せられていた。


「まずは、何が起こったか説明してくれない?」



 僕はエセルバート・ルーサー、光の国を治めている王だ。こう言ったらたいそうな感じがするけれど、主にやっていることは部屋の一室で大量のサインをするか、数人の老が……失礼、宰相以下国の素晴らしい官僚たちと『オハナシアイ』をしているだけだ。理由があって、国民の前に出たことが一度もない。城で働いてる者すら僕が王だなんて気づかないこともある。


 まぁ、僕の話は置いといて。


 今僕の目の前にいる青年は、光の国と敵対している『闇の国』の魔王の一人である。闇の国は各領地ごとに治める者を魔王と呼んでいるらしいのだが、この魔王様は闇の国で1、2を争うほど広大な土地と魔力を持った、『敵の中の敵』と言わざるを得ない存在だった。え?じゃあ何でここに魔王がいるのかだって?



 光の国の王である僕と闇の国の魔王である彼とは『親友』だからだ。


 魔王とは幼いころからの知り合いだ。なぜ光の国の王族と闇の国の魔王が出会ったのかは今度話すとするが、魔王は光の国の城から出られない僕をたずねに、時々鷹の姿で会いに来る。いつもは部屋に入った瞬間、鷹の姿を解くのに黙って手紙を差し出したことに疑問を持っていたのだが……なるほどねぇ。


 たどたどしい魔王の話を要約すると、不穏な噂を耳にした魔王は、鷹の姿でこっそり偵察をしていたのだが、アクシデントが起こり怪我を負ってしまった。彷徨さまよってきてしまった光の国で、出会った少女に手当てをしてもらい、さらには好きになってしまったと────。


「そう言われてもね?君は光の国に女の子が何人いるのか分かってるのかな」

「マリソル山周辺に薬草を採りにこれる距離の町娘。薬屋の孫で回復魔法を使えないと言っていた」

「…………」


 ずいぶん都から遠い山の名前が出てきたものだな。都から離れた場所では医者が不足している。だから医者に代わる薬屋は町にとって貴重な存在で、数も少ない。さらに特徴があるのなら、特定はできなくもない。


「名前は?」

「『リリア』、だ」

「──────」


 僕は彼が少女の名前を告げたとき、息を飲んだ。その名前には心当たりがあったからだ。快活で勝気な瞳を思い出す。魔王に驚きを悟られないように息を吐いた。


(薬屋の孫、リリア)


 なんの因果だろうか。きっと彼女は光の国で平和に暮らし、平凡な人生を歩むだろうと思われていたのに──。何にも関わることなく生きてほしい、それが『あの人』の願いだった。


(かわいそうに。よりにもよってコイツに目をつけられるなんて)


 この魔王、物事に頓着とんちゃくすることがほぼない。だが、執着したらとことん離さない。さらに図体ばかりでかい臆病者であるので、変な方向に突っ走ることもしばしば。きっとリリアも逃げられないだろう。根はいいやつなんだけど。



「────いいよ。協力してあげる」


 友人の、初めての恋を応援してあげようではないか。それにあの人の娘だ、きっと魔王に捕まる前にあっと驚くようなことをしてくれるに違いない。


(きっと彼女がこの世界の鍵となる。それならば、僕はどんな手でも使おうじゃないか)



 初めて会ったリリアは目を伏せていたが、意志の強そうなエメラルドグリーンが見え隠れしていた。……これは一筋縄ではいかないだろうな。頑張れ、魔王。そんな彼女から、初めての手紙が届いた。届けてくれたのは、もちろん魔王だ。


「ありがとう、楽しみにしてたんだよね。どれどれ…………ぶはっっっっ!!!!」


 リリアの手紙を読んでいくうちに、こらえきれずに吹き出してしまった。それは僕が手紙で相談した話から始まっていた。


『受け取ったお手紙に書かれていたことですが、陛下よりもお年を召された方でしたら、そのまま時が経てば解決するのではないかと思います。下手に何かをすると足元をすくわれかねないと思うので……』


「彼女、何かあったの?さらっとひどいこと書いてるよね?」

「…………」


『陛下のお心遣い、感謝いたします。魔王さまの屋敷にいる方々もとても親切にしてくれます。ですが、一つだけ疑問があります。私を花嫁に、とおっしゃった魔王さまに一度もお会いしていないことです』


「え、まだ君リリアちゃんと会っていないの?」

「……あぁ」

「なんで?まさか嫌われてるから怖い、とか?君、本当に魔王?」

「うるさい」

「気持ちはわかるけどさ、現状を変えないと。今のままだったらただの軟禁じゃないか。さっさと口説きにいきなよ」

「……」


 それから度々来るリリアちゃんの手紙により、僕の腹筋はおおいに鍛えられた。『メイド服をこっそり手に入れてメイドに成りすましたけどばれてしまった』や『薬の調合を間違って爆発してしまい、執事さんに怒られた』だとか。でも、手紙の中では明るく振舞っているが心細さや不安がふとした文から伝わる。これはいい加減魔王に何とかしてもらわないといけない。そう思っていた矢先だった。



「リリアちゃんが眠りから目を覚まさない……?」

「……」


 衝撃的なことを魔王の口から聞いた。


「どうして?」

「原因不明だ」

「嘘だろ」

「……」


 魔王は僕の問いに答えない。でも僕には分かる。


「本当は分かっているんでしょ?それが『身代わり』なんじゃないかって。──リリアちゃんが逃げたと」

「……」


 まぁ、いつかはこうなる日が来るってわかっていたんだけどね。手紙でなかなか過激的な発言をする彼女がおとなしく魔王の屋敷にいるはずがない。


「どこにいるかはつかんだの?」

「……ソテダウス学園」

「うわぁ、それはまた」


 ソテダウス学園は闇の国の医学校だ。リリアちゃんは薬屋の孫だから、医学校を目指していたそうだ。だから、ということか。


「君の屋敷に内通者がいるってことじゃない」


 医学校なんて光の国でもそうだが、闇の国でも簡単に入れるものではない。身分の高い者が裏で手を回したということになる。


「誰がやったかは分かっているしそいつのことはよく知っているから大丈夫だ。だが……。今年は別の地方の魔王関係者が2人入学した。さらに上の学年にバエリシア地方の次期魔王がいる」

「それはもうアウトでしょ」


 よりにもよって魔王関係者がいるとは。魔王関係者は魔力が桁違いに強い。彼女が光の国の者だと分かってしまうおそれがある。


「それで?そこまで分かっていてどうして連れ戻さないの。もしかして迷ってる?そのままリリアちゃんの夢を叶えさせたいとか」

「……」

「変な温情は逆に彼女を傷つけるだけだよ」 


 沈黙で肯定を示す魔王に呆れて溜息をついた。


「……よりにもよってこの時期にね」


 今、闇の国のある地方で不透明な動きがあると報告があった。その偵察で魔王も怪我をしたというのに。このままでは彼女も巻き込まれかねないではないか。


「私が守る」

「鷹の姿で?普段の魔王の仕事とその調査もあるのに、そんな時間どこにあるの」


 魔王がリリアちゃんに会えなかった理由は、奴が臆病だったというだけではない。彼にはすべき仕事がたくさんあり、忙殺されていたからだ。魔王は僕を強い瞳で見返す。……もう決めたってわけか。


「もう僕の話なんか聞かなさそうだから、何も言わないけどさ……ちゃんとリリアちゃんを守ってね」

「勿論だ」


 こういうのはスパッと返事するのにねぇ。さっさと会えばいいのに、本当にめんどくさい奴だ。


「長居した。そろそろ闇の国に帰る」

「そうしなよ。屋敷の人たちきっと阿鼻叫喚だよ」


 鷹の姿になった魔王を見送ると、僕は椅子に深く腰掛けた。



(リリアちゃん──)


 光の国の町娘だった彼女には、彼女すら知らない秘密がある。一生告げることがないと思っていた秘密を、彼女に明かすとき。



(光の国、そして闇の国さえも────彼女が命運を握るに違いない) 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ