22. 夢のおわりに
呆然としながら隅の方で踊る人々を眺めていた。最後に言われた言葉は何だったのだろう?謎は深まるばかりだ。心ここにあらず、という状態だったが
「リリア」
レイラとレオナルドが来たことで我に返った。
「レイラ。さっきぶり」
「えぇ。……レオナルドが挙動不審だったから、何かあったのかと思った」
「きょ、挙動不審ってなんだ!」
「……」
レオナルドは言い返したが、私と目は一度も合わない。この数週間でけっこう仲良くなれたと思ったんだけどなぁ。それともケンカの売ってる?
「それより、あなたさっき踊ってたわよね。……知り合い?」
「え?」
どうしたんだろう?こんなに真剣に話すレイラなんて初めて見た。いつもは口を開くのも億劫そうなのに。いつもより饒舌な気がする。
「ううん。知り合いではないかな。突然ダンスに誘われただけ」
「そう……」
私が答えるとレイラは考え込んでしまった。どうしたんだろう?
「レイラは知ってる?あの仮面の人」
「……そうね」
レイラは口を濁してそれ以上は話そうとしなかった。重たい空気が3人の間に流れる。耐えられなくなった私は明るい声を出した。
「せっかくの舞踏会なんだから、楽しもう!言うのが遅くなったけど、そのドレス、レイラにすごく似合ってる。とても素敵ね」
レイラは淡い紫色のドレスを身にまとっていた。すっきりしたシルエットの中にさりげなくフリルやリボンを使われており、大人っぽいデザインだったのだけれど彼女が着ると可愛さがまさっていた。彼女は無表情に「ありがとう」と言うと、そっぽを向いた。……あ、照れてる。レイラは照れるとそっぽを向いたり視線を合わせようとしなくなるので分かり易い。
「そういえば、レイラのパートナーはどうしたの?」
「気にしなくていいわ」
気にしなくていい、ってそれはどういうことなのだろうか?聞いても教えてくれそうになかったので「そうなんだ……」と聞き流すことにした。ウェイターからもらった飲み物を飲みながらおしゃべりをしたり料理を食べたりしていたのだが、だんだん体がほてってきた。飲み物はアルコールではないと言っていたので場酔いか何かだろうか。
「私、ちょっとテラスで外の空気を吸ってきてもいいかな?」
「具合が悪くなったのか?」
「ううん、そうじゃないけど。ちょっと暑いなーって。ちょっと行ってくるね」
2人に一言断ってテラスに向かった。
そっと扉を開け外に出る。夜風の冷たさが今は心地よい。今日は満月だった。
「ふぅ……」
テラスからは北の森が見える。改めて上から見ると、とても広い森だった。以前は何も考えずに森に入ったけれど、迷子にならなくてよかった。けっこう無茶をしたな、私。一歩間違えれば危なかったかもしれないと今更ながらに思った。
(そういえば夜は鷹とおしゃべりしていたな……)
そっと目を閉じる。目まぐるしく変わってゆく環境の元、早く慣れなければならないと必死だったので思い返す余裕もなかった。魔王様の屋敷にいた頃はだいたい夜に鷹が遊びに来ていた。時々陛下の手紙を持って。
(あぁ、そうそうこんなバサバサって音をさせて…………バサバサ?)
近くで不自然な羽音がした。
「え?」
驚きで目を開ける。すると、透き通ったダークブルーと目が合った。まさか────。
「鷹……」
ここにいるはずのない私の友達がいた。さっきまで懐かしく思っていたのに、会えて嬉しい気持ちよりも困惑がまさった。
「どうして、ここが」
私がソテダウス学園にいることは、ただ一人を除いて知らないはずだ。王様はかつて言っていた、『鷹は魔王の所有物』だと。もしかして、
私が学園にいることが、魔王さまに知られた……?
「────!」
一つの可能性に気づいたとき、私はいっきに青ざめた。指先から体がどんどん冷えてゆき心臓が嫌な音を立てて大きく鳴った。私は魔王さまの花嫁になるべく闇の国に来たのだ。それがばれた今、光の国は?──学園への入学を手配してくださったセレナさんは?
動けない私をじっと見つめながら鷹はくちばしに銜えている手紙を差し出した。私は震える指でそれを受け取る。手紙はなぜか2つあり、そのうちの1つの封を切る。
「陛下……」
いつもの陛下の手紙だった。
『リリアちゃんへ。闇の国の魔王から、きみが眠り込んだまま目を覚まさないという手紙を受け取りました。原因は不明で何か強い魔法がかかっているとしか分からない、と。魔王から手紙を受け取ったとき、僕の判断が正しかったのか改めて考えました。光の国の為とはいえ、リリアちゃんにとってはとばっちりでしかないということは分かっています。今、僕が書いている手紙は目覚めたリリアちゃんが見ているのかな?それとも──。もし、僕にできることがあったら言ってください。この手紙は僕とリリアちゃん以外は見ることができないように、魔法がかけられているのですから……』
手紙を読んだとき、陛下も薄々私が別の場所にいるかもしれないと思われていることが分かった。第三者の陛下がそう推測しているのであれば魔王さまは……言わずもがなだ。
もう一つの手紙はなんなのだろう?
不思議に思いながらも封を切る。いつも見ている陛下の筆跡ではない。手紙には、たった一文書かれているのみだった。しかし私はその一文で誰が書いたかが分かってしまった。
『其方の望むものは何か』
私の望むもの────それはもう、心に決めている。その手紙を握る手に力が籠った。
「返事を書かなきゃ……!」
私は居ても立っても居られなくなった。鷹に私の部屋の場所を教えて、急いでテラスから、舞踏会場から、離れて自室に戻る。途中で誰かに呼び止められたような気がしたけれど構わず走った。
(私は貴方に伝えたいことがある。────魔王さま)




