21. 仮面舞踏会(下)
「────私と踊ってくれませんか、レディ」
私の目の前には、仮面をつけた青年がいた。彼は優雅に礼をした後、ひざまづき手を差し伸べた。
「え、えぇ!?」
誰なのこの人!?心当たりはなかった。べランジエ様を見つめていて全然気づかなかったのだけど、いつのまに私の前にきたのだろう。うろたえる私。どうすればいいのか分からなかった。
曲がいったん止み、新たな音楽が奏でられる。
「行きましょう」
青年はそう言うと、おどおどしていた私の手をとった。とても大きな力強い手。丁寧な中に強引さを感じ、断ることもできなかった。そして、ダンスの輪の中にあっという間に入ってしまった。改めて青年の目の前に立つと、彼の背がとても高いことに気づいた。がっしりとした美丈夫だった。
曲に合わせて踊ってゆく。
青年のリードはとても上手で、何がなんだかわかっていない私でもすんなり踊ることができた。私はそっと見上げてみた。上半分の仮面なので顔のかたちはだいたい分かり、仮面をつけていても端正な顔立ちが想像できた。踊るたびに彼の後ろでくくった長い髪がなびいていく。
(この人、誰なんだろう?)
不思議そうに見つめていたからだろうか、青年がふと私のほうを見る。しばらく見つめ合っていたら、彼の口元に小さな微笑みがうかんだ。
(どうして『なつかしい』、なんて)
脳裏に浮かんだのはそんな感情。そんなこと、思うはずないのに。
この青年の正体について、私は頭が一杯になった。しかし、考えても考えても検討がつかない。それは永遠にも思えた短い時間だった。音楽は終わりに近づいていく。
「あ……」
曲が鳴りやんだ。周りは挨拶で一礼をしている。私も慌てて青年に一礼した。彼も一礼した後、私の手を取った。もう1曲踊るつもりなのだろうか?
「あ、あの……っ」
何かを言わなければならない。でも何を?
どうして私をワルツに誘ったのか、私のことを知っているのか──貴方は誰なのか。聞きたいことがありすぎてうまくまとまらなかった。
すくわれた私の手は、その薄い唇にあてがわれた。
「────!?」
驚きと衝撃で、指のひとつも動かせなくなった。顔に熱が集まる。見なくても私の顔が真っ赤なことは分かった。青年は低めのテノールで流れるようにささやいた。
「いつか必ず────其方の傍に」
彼はそう告げると、大勢の人の波の中にまぎれこんでしまった。もう青年の後ろ姿を見つけることはできない。
「なんで…………」
私はその場で立ち尽くしていた。しばらくした後はっとして、慌ててダンスの輪の中を抜ける。
青年の素顔も思いもすべては謎に包まれたまま。だって今日は────仮面舞踏会なのだ。
すべては一夜のまぼろし────




