18. 前夜
レオナルドと口喧嘩になる回数はだんだん減っていった。それに反比例するかのように、ダンスもうまくいくようになっていった。
「だいぶ上手になりましたね。あなたがたの仮面舞踏会の参加をどうしようかと悩んでいたのですが、大丈夫そうですね」
うわぁぁ。参加も危ぶまれていたのか。私たち。どれだけひどかったんだか。一番身をもって知っているけどね!!
「なんとかさまになってきたわよね」
「そうだな」
レオナルドとは一種の仲間意識みたいなものが芽生えていた。……テラドレット先生の居残り授業を一緒に経験したからね。私たちは一蓮托生だってことをあらためて思い知った。
ダンスが楽しくなると、どうでもいいと思っていた仮面舞踏会も楽しみになる。そしてもう一つ……。
(べランジエ様にお会いできるかな)
あのときのダンスが忘れられない。夢のように楽しい時間だった。以前お会いした場所に足を運んだが、そのお姿を見かけたことはなかった。話せなくてもいい。一目でいいからもう一度、会いたい。
「あれ……?」
胸が高鳴る。それと同時に締め付けられるような気持ちにもなる。べランジエ様のことを考えると、いつもこうだった。どうしてだろう。
(まさか……)
恋に落ちた、とか?
いやいや、身の程知らずにもほどがあるよ!相手は次期魔王様だよ!?そういえば私、現魔王さまの花嫁に迎えられた!色々あってすっかり忘れてたけど!!
(まぁ、憧れるだけなら……いいよ、ね?)
私はそうごまかす。この感情に名前をつけるのは、今ではない気がした。
私は浮かれていた。だからだろうか。大きな問題を忘れていたのだ。
仮面舞踏会の日にちが近づいてくるにつれ、女の子たちが楽しそうに話す声が聞こえてくる。「何色がいいかしら?」「今の流行はこのデザインらしいわよ」「どっちが私に似合う?」……など。
最初は何のことか分からなかった。でも、レイラと一緒にいたときに話しかけられたとき、気づいてしまったのだ。
「レイラ様とリリアはもう決めているの?」
「え……?」
決めるって何をだろう。
「レイラ様は深い色の方がお似合いかもしれないわ。そう、青とか」
「あら、レイラ様には紫色よ」
「リリアは明るい色の方がいいかもね」
楽しく話している彼女たちにおいてけぼり状態の私だった。何の話をしているのかさっぱり分からなかったので、彼女たちに聞いてみた。
「なんの話をしているの?」
「あらやだ、リリア」
「もう仮面舞踏会も近いんだから、話題は一つよ」
彼女たちはあきれた顔で私を見たが、私の頭には、はてなマークが浮かぶだけだ。そしてこう答えた。
「舞踏会に着ていくドレスのことに決まっているじゃない」
ドレス…………?
ダンスが壊滅的だったためにそんなところに気をまわすヒマなどなかった。よくよく考えると、確かに必要だ。
「ねぇ、リリアはどうするの?」
「はは、は……。当日までの秘密、かな?」
「もうっ教えてくれたっていいじゃない~」
内心ヒヤヒヤで、茶化しながら言った。「私、ドレス持ってない」なんて言える空気ではなかった。
休み時間が終わり、授業がはじまった。私は授業をよそに、頭を占めるものはドレスの問題だった。
どうしよう、ドレス。今から縫うかな?……間に合うとか以前に刺繍もしたことないから、出来ばえなんて想像できる。仮にできたとして。
「あーら、貧相なドレスだこと。いえ、本当にドレスかしら?ただの布きれじゃない(笑)」なんてローザの高笑いがオプションで再生される。彼女だったら言う。絶対言う。
(困った……!)
私は久々に頭を抱えた。
時間は刻々と迫ってくる。解決策は何も見いだせないまま。
「けっこう息があってきたな」
ダンスの授業のとき、途中でレオナルドがそう言った。……お願い、そんな爽やかな笑顔で言わないで。もし「ドレスがないから私、参加できないかも」って言ったらどうなるだろうか。
「最初は憂鬱だったけど、仮面舞踏会楽しみだな」
……うん、言えないわこれ。彼の笑顔を壊すようなことは、私にはできなかったよ!!
「本当にどうしよう!!」
授業が終わり、寮の部屋でベッドを叩きながら考える。一刻も争う問題だ。
(そうだ!!)
レイラに相談してみよう!彼女ならなにかいい案を考えてくれるかもしれない。何で早く思いつかなかったんだろう。
私は決心して自室を出ようとしたとき、窓をコツコツ叩く音がした。
(この音は)
もしかして、鷹?いや、そんなはずはない。だってここはソテダウス学園だ。魔王さまの屋敷ではないのだ。
(でも……)
緊張とどきどきが止まらない。震える手でカーテンと窓を開けた。そこにいたのは──
「え、」
鷹ではなかった。窓から入ってきたのは、
「鷲……?」
とても大きな鷲だった。驚きで声がでない。鷲はなにか大きな包みを持っており、私の腕の中に落とした。
「……開けろってこと?」
鷲は机の上で翼を休ませると、私のことをじっと見ていた。促しているようにも見える。おそるおそる包みを開く。──なんだろう?
「わぁ……!」
現れたのはそれはそれは、見事なドレスだった。ドレスと一緒に扇子などの小物も入っている。包みの中に入っているものを一つずつ見ていくと、手紙が入っていることに気づいた。
「これって、」
急いで封を切ると、手紙の主は──セレナさんだった。
「セレナさん……」
彼女が書いてくれた手紙を読み進める。手紙には数行しか書かれていなかった。
『リリア。元気にしているかしら?この時期は学園で仮面舞踏会があるのですってね。仕方ないからドレスを送るわ』
ありがとうございます!!さすがセレナさん!
彼女には本当にいろいろお世話になっている。手紙には続きがあった。
『あと、あなたの噂は聞いているわ。まぁ、せいぜい連れ戻されないようにしなさい』
噂!?どれだ?
ダンスのこと?ローザと言い争い起こしたこと?居残りを2回もさせられたこと?……うわぁぁぁ、心あたりがありすぎてどれかわかんないよ!!
『私があなたの『髪』を持っていることを忘れないように……忠告よ』
怖い!!絶対セレナさん怒ってる!
私はドレスのことを感謝しながら、自分の行動に気を付けようと一層思った。
……このままだと呪い殺されそうだ。
「セレナさんに手紙を書かなきゃ」
鷲に待っていてもらって、お礼の手紙を書こう。不用意に連絡なんて取れなかったので、いい機会だ。学園であった出来事を伝えてみよう。……知っていると思うけど。
「……いたっ。お願いもうちょっとだけ待って!」
文が長くなっていくごとに鷲が早くよこせ、と私の手をつついたり手紙を引っ張ったりする。あぁぁぁ!字がずれちゃったじゃない!!
「はぁ、できたわ。──お願いね」
鷲との攻防(?)の末、何とか書き終わった手紙を渡す。鷲はご機嫌ななめだったが、受け取ってくれた。
「気を付けて」
鷲はすばらしい速さで飛んでゆく。私はその姿が点になるまで見送る。見送ったあとに夜空を眺めたら、雲のすき間から星々が輝いているのが見えた。穏やかな夜だった。




