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13. 歴史の授業

「教科書を机の中に入れていたあなたも悪い」

「……え」


 寮へ戻るため、一緒に廊下を歩いていたレイラから言われたのはそんな言葉だった。


「机の中に私物を入れるなんて自殺行為、普通はしない。取ってくださいと言っているようなものだわ」

「へ?よく意味が分からないのだけれど」


 レイラは溜息を一つついた。ローザもそんなこと言っていた気がするけど、机の中には何かあるの?


「……大抵は、これを使う」


 そう言って見せてくれたのは、布で作られた紫色の袋だった。これを使うってどうするつもりなのかな。教科書って数十冊あるんだよ?一冊ならまだしも、そう何冊も持ち運びできる訳……。


「え、ええええ!!」

「………」


 レイラは袋の中に手を突っ込むと、明らかに袋から容量外の教科書を出した。

なんなのこれ!?初めてみた!!……彼女の小さな腕には、重くないのだろうか。


「この袋の中に大事なものを入れている……普通の人は」

「………」


 普通の人じゃなくてすみません。


「この袋はあなたにあげる。二度と、私物を机の中に入れないように……盗られたくないなら」

「あ、ありがとう」


 レイラは懐から綺麗な緑色をしている別の袋を取り出した。彼女はふいっとそっぽを向きながら言った。


「べつに、また同じこと繰り返して騒動になっても騒がしいだけだから」


 

 それから、授業でペアを組むときや食事のときなど、レイラを見かけたら声を掛けるようになった。レイラは何か言いたそうだったけど、何も言わないのを良いことに彼女の傍にいる。他の生徒の視線を感じたが、もう気にしないことにした。

 

 ちなみに、レイラからいただいた袋は、大いに役立った。袋の口の部分を通る物だったら何でも入り、どんな重いものを入れても袋の重さしかなかった。


 そういえばと思い探してみたらセレナさんが用意してくれた荷物の中に、似たような袋が3つあった。何のために使うのだろうと放置していたのだが、この為だったのね。


 気づくの遅くて問題起こしました。セレナさん、ごめんなさい。





「……ということがあったんです」

「─────」



 北の森にて。

私は3、4日に一度こっそり竜の許へ訪れていた。傷の手当のためだ。

 傷を診ている間、最初のほうこそ無言であったが、その日の出来事や光の国でのこと、───以前お世話になっていた魔王さまの屋敷でのことを話した。


 光の国出身だということはばれている。会う回数を重ねるごとに、話さないでおくのも心苦しくなったのだ。


「つまり、其方はその者たちにそそのかされてこの森へ入ったと?……なんと不用心な」


 私もそう思います。返す言葉もございません。なんであのとき何も疑わずにこの森へ入ったのか。警戒心を持ってくれ、私。


 竜の方も、私が一方的に話しかけるうちに、反応を返してくれるようになった。


「闇の国の者には用心したほうが良い」

「………?」


 竜は静かに話しだした。


「闇の国の者は基本、他の者と馴れ合おうとはしない。皆、疑心暗鬼でお互いを信じておらぬ……いや、信じることができないのだ」

「どうしてですか?」

最早もはや文化といったところか。環境が違うと人も変わる。光の国と闇の国は、太陽の有無以外に国の名の通り光と闇も分けたのだろう」

「………」


 竜の言っていることは、正直私にはよく分からなかった。私のいた環境が正反対だったからかもしれない。でも、一つだけ言えることは、


「悲しいですね……」

「─────」


 手当てをしている手を止めて、竜に寄り添った。うろこのひんやりした感触が肌に伝わる。


 人と人が信じ合えない。


 どうやって生きていくのだろうか。人は独りでは生きていけないのいうのに。

そのぬくもりを、感じることができないなんて。



「……かつてこの話をした者で、其方と同じことを言った者がいた」

「その方は?」


 竜と話せる人なんて、どんな人なんだろうか?竜はそっと目を閉じた。



「其方と同じで変わり者だった。天真爛漫な─────もういない者だ」


 竜はそれ以上何も話そうとはしなかった。静寂が私たちを包む。なんとも言えない気持ちを、私はどうすることもできなかった。



 このソテダウス学園には、月に一度歴史の授業がある。


 歴史と言っても様々で、医学や薬学の歴史、はたまた文学の歴史など、普段の授業に関係ない歴史のときもあった。


 今日はこの国の歴史だった。

光の国では歴史はあまり学ばない。どのような成り立ちで国ができ、歩んできたのかを私は知らなかった。だからどんな話をされるのか、興味があった。


「今日は先月お話していた通り、この国の歴史について授業をしていきたいと思います」


 歴史の授業を担当しているのは、バルタザル先生だ。

いつもは物腰柔らかな態度を崩さないが、興奮すると髪を振り乱して話をする。熱意ある先生だった。


「みなさんはもうすでにご存じかと思いますが……かつて、光の国と闇の国は分かれてなどいなかった──」



 かつて、ある罪を犯した者たちがいた。それは、許しがたい罪だった。

その罪を知ったこの世界を作った創造主かみは、たいそうお怒りになったのだ。


 創造主は言った。


「罪人を差し出せ」


 人々は罪人を差し出した。しかし、一人だけだった。他の罪人は、人々によって匿われ、逃げたのであった──


創造主かみは一人の罪人に罰を与えた。光を拒む身体と、光の当たらない土地」


 それが、私たち闇の国の民──。



 衝撃が走った。


(そんな……!)


 これが、私の、私たち光の民が知らない歴史?



「奴らは!!!」


 バルタザル先生は、机を強い力で叩いた。大きな音が教室に響いた。


「逃げたのです。卑怯にも!我々の巨大な力を恐れて、排除しようとしたのです!!」


 熱のこもった声だった。拳が震えている。


「我々だけがこんな屈辱を味わったままでいいのか?否!!我々は、取り戻さなければなりません。かつての栄光を、威厳を、そして太陽を!!」


 バルタザル先生はぎょろりとした大きな目をさらに見開いて力説した。


「光の国の民に然るべき制裁を────」



 授業は終了したが、教室内はその話で持ちきりだった。バルタザル先生の熱がこちらにも移ったのだろうか、教室内は異様な雰囲気に包まれていた。


「許せないわよね、光の国」

「なんど歴史の話を聞いても、腹立たしいわ」

「俺たちの代で何としてでも太陽を取り戻したいな」

「だったら僕たちも、一層勉強に励まないと───」



「リリア?どうしたの?」


 顔色が真っ青だった私を気遣って、近くの女の子が話しかけてきてくれた。


「……いえ。あまりにも衝撃的で──」

「え!?なんで?歴史について知らなかったの?」


 まずい。思わず口にした言葉は、教室に別のざわめきをもたらした。


 何か、言わなければ───



「ふん、こんなことも知らないなんて。あなたって本当何も知らないのね」


 ローザが心底馬鹿にしたような目でみてきた。


「……外へ、出たことがなかったの。誰も、教えてくれなったから」


 これは事実だ。闇の国へ来てから一度も外出をしていない。


 しかし、光の国ではどうだっただろうか?自由に外に出られていたが、その世界がせまかったことに私は気づいてしまった。



「納得だわ。世間知らずだと常々思っていたのよ、私。……田舎者に教えてあげるわ」


 ローザがふんぞり返った。


「バルタザル先生が先ほど話していたことが、私たちの歴史。だから私たちは光の国を憎んでいるのよ、心底ね。普段は手を取り合ったり馴れ合ったりしないけれど、同じ目的のためなら」



「一団となって敵を排除するわ」



 それを繰り返してきたのが、私たち闇の国の民。


「……そう」


 私は何も言えなかった。


「初めて聞いたのなら、ショックが大きいのはわかるわ。……まだ顔色が悪いがよくないわね。医務室で休む?」


 さっき話しかけてきた女の子が心配そうに私を見つめる。


「………私が連れていく」


 黙って話を聞いていたレイラが申し出てくれた。


「大丈夫、一人でいけるから」

「……そう」


 私はゆっくり、教室を後にした。怖かった。あの教室には居づらかった。



 だって私は、光の国の民だから──。このときほど、それを痛感したことはなかった。



 気を使ってくれた女の子、そしてレイラにもし知られたら?

さっきとは打って変わって、彼女たちはきっと、私を排除しにくるに違いない。



 もし、この歴史が本当だとしたのなら。



 私は、どうすればいいのだろうか──。

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