12. 森の支配者
「クラオト草なんて見つかりっこないわ。──せいぜい怖い目みればいいのよ」
ローザは冷たい声で呟いた。
「暗いな……」
北の森は、やっとあたりの様子が分かるくらいの明るさだった。草木が鬱蒼と生い茂っており、歩くのもやっとだった。
長時間ここにいるのは危険だ。そう判断した私は、地面を隈なく探した。早く、見つかるように。
(クラオト草は水辺や水をよく含んだ地面に生えやすい。……灯りをもってくるべきだったな)
クラオト草の生態と地面の湿り具合など確かめながら進んでいく。しかし、逸る(はやる)気持ちとは反対に周りはどんどん暗くなった。足を止める。
これ以上闇雲に探すよりは、一度戻ったほうがいいのではないのか
一つの考えが頭をよぎった。だが私は自分でその考えに首を振った。
(クラオト草が見つからなかったら、どうなるかわからない……)
謝ったって教科書を返してはくれないだろう。もとから私のことを目の敵としていた。何を要求されるか分かったものじゃない。それに、
(私は間違ったことはしていない)
例え今以上に風当りが強くなったって、あの状況を静観してなどいられなかった。思わず口からでた言葉がきっかけとなってしまったが、黙ってはいられなかっただろう。
本人にすら疎んじられたしまっても
(……あれ)
耳を澄ますと、微かに水の音がする。私は風と水の魔法が使えるので、風と水については敏感だ。
(……行ってみよう)
目を閉じて感覚を研ぎ澄ます。──茂みの先に感じる。木々をかき分け、さらに道なき道を行く。苦労しながら歩くとそこには
「……!」
冷たい日光にあたり、きらきら光る湖と。
「──何者だ」
それはそれは、美しい竜が、いた。
なんで竜が……?私は驚きすぎて、声すら出なかった。
それもそのはず。竜は光の国にしか生息しない。神聖な生き物として祀り上げられ、竜のいる地域は聖域として神官とそれに準するものしか入れない。闇の国に竜がいるなんて聞いたことなかった。
「人間。ここは貴様などが立ち入ってよい場所ではない。去ね」
竜が厳かな声で言った。威圧感で私はしばらく動けなかった。しかし私は気づいてしまった。
「怪我をしている……?」
竜は下腹あたりに、傷を負っていた。血は止まっているが肉が少し見えていた。私の呟きを竜は嘲笑した。
「何を言っている?この傷は、貴様らのせいでついたものだ。白々しい」
闇の国の人は竜に何かしたのだろうか。とりあえず手当てをしなければならない。私は決心をして竜に近づいた。
「我の言葉が聞こえていないのか、人間」
竜の威圧感が強くなった。足が震える。でも、竜の許へ行かなくてはならない。竜の真正面へ立った。敵意が私に突き刺さる。
「喰いちぎってやろうか。貴様一人、いなくなったところで支障ない」
「……傷を見せてください。手当てをします」
「手当て、だと?」
竜が目を細めた。
「貴様、我が何者か分かっていての物言いか」
「……私はいつか医者になる者です。傷を治すのが仕事です」
怖い。もしかしたらここで死んでしまうかもしれない。でも、これだけは言わなければならない。
「傷を負っているのが何者かなんて関係ない。敵も味方も……竜も」
竜の目を真っ直ぐ見る。何故かそうしなければいけない気がした。
『傷を負っている者は等しく平等だ。医学を修めている者が区別などしてはいけない』
これができないのなら、医学の道など進むな───。
あまり言葉で語らないおじいちゃんが、一つだけ何度も繰り返し言っていた教えだった。
竜の蒼い目と私の目が交差する。それは、一瞬のようにも、随分長い時間のようにも感じられた。
竜が目を伏せた。
(ゆるされたのだろうか)
私は静かに竜に近寄り、治療をはじめた。
(これ、今日作った煎じ薬……。明日授業で使うけどまぁいっか、非常事態だし)
いつも持ち歩いているポーチには、包帯と授業で作った傷薬があった。床にぶちまけてしまったと言おう。……先生から絶対小言をもらうだろうが。
「──そなたの手、この国の者の手ではないな」
手が止まってしまった。どうして分かってしまったのだろう。
「何故闇の国へ?」
「……諸事情がありまして」
闇の国の魔王さまに求婚されてひょんなことから学園へ通えることになりましたとか、説明に困る。言えない。
「あなたもどうしてここへ?」
「──どうしても闇の国へ行く必要があった。しかし、闇の者へ攻撃され深く傷ついてしまった」
この国は光がほとんど当らない。だから傷口もなかなか癒えず、飛ぶこともままならない、と。竜と光は切っても切れない関係にある。だからこの少しでも日の当たる湖にいたのだろう。
「悪意持って近づく者は皆、葬ってきた。──飛べずとも、遅れをとる我ではない」
あれ?これ、一歩間違えば私もそうなっていたのでは……?改めて考えると相当危ない状況だったんだなぁ。
「そなたは何の為この森へ入ってきた?」
「クラオト草を探すためです……あ!クラオト草!!」
傷の手当ですっかり忘れていた。
「どこにあるかご存じですか?」
「我には分からぬ」
「そうですか………」
水辺付近にいるのだ。きっとどこかに生えているに違いない。竜の傷の手当を終えると、クラオト草探しにすぐとりかかった。竜はそんな私をじっと見ていた。
湖周辺は広い。必死になって探していると、やがてひとつだけひっそりと生えているクラオト草を見つけた。
「あった……!!」
やった、これで教科書が手元に返ってくる!諦めなければ見つかるものなんだね!!急いで帰らなければ。その前に、
「傷の経過を見に、また来ます。毎日は来れないけれど、必ず行きますから」
「………」
竜は感情の読めない目で私を見ていた。そしてぽつりと言った。
「そなたは───変わっている」
「……はぁ」
竜の目にはもう敵意はなく、凪いだ目をしていた。
「クラオト草よ。教科書を返してちょうだい」
「うそ……」
学園に戻った後、ローザたちを見つけ出してクラオト草をみせた。彼女たちは何故か顔を真っ青にしていた。
「北の森は陽があたるわ」
確かに、ところどころあたっていた。……私は光の国出身なので関係なかったが。
「竜もいるはず……」
ええ、いましたね。ちょっとおっかなかったです。
「そもそも北の森は立ち入り禁止…」
なんですと!?ちょっと待って。今聞き捨てならないことおっしゃいましたよね?立ち入り禁止の森に私を行かせた、と。ほーう。突然ローザが大声をあげようとした。
「大変よ!リリアが北の森へ──」
え、ちょっと何!!行けっていったの君たちだよね!?私は慌てて彼女たちの口をふさごうとしたとき、
「そこまでにしなさい」
現れたのは───レイラだった。
「もし他の人に知られたら、あなたたちだって無事では済まない。何も知らないリリアを危険だと分かって北の森へ向かわせたのだから」
淡々とした口調でレイラが言う。
「それとも、先生に告げてみる?」
「な、なによ……!」
ローザはわなわなと震えている。顔が真っ赤だ。
「教科書を返せばいいのでしょう!?いらないわ、こんなもの!!」
「わっ!」
私に向かって教科書を投げつけられた。……なんて返し方だ。暴力的すぎる。
ローザは大股でずんずんと去っていった。取り巻きの彼女たちも慌ててその後を追う。しばらく呆然とその姿を見ていたが、レイラの方を向いた。
(───もしかして、助けてくれた?)
「あの、ありがとう。加勢してくれて」
「別に」
レイラがそっぽを向いた。
「私が原因でこんなことになったんでしょう。礼なんて必要ない」
「これはあなたのせいなんかじゃない。私が勝手に口はさんだだけだし」
「……余計なことしたから、こんなことになった。意味ないじゃない」
あのとき、『余計なことしないで』っていったのは、面倒事に巻き込まないため────?
今だって、見ないふりだってできたはずだ。あのときのみんなみたいに。でも、こうやって助けてくれた。
(ちゃんと、届いていた)
あのとき差し伸べた手は。
「ありがとう」
私は小さく微笑みながら言った。レイラは一瞬目を見開いた。
「……あなた変わっているわ」
彼女の目元は少し赤かった。




