11. 孤独と試練
何と言っていいのか分からず、どうしようと思っていたところで鐘の音が鳴った。始業の合図だ。
「ふん、まぁお手並み拝見ってところね」
そう言うと彼女たちは去っていった。
(怖かったぁ。…まぁ、仕方ないよね)
コネ入学は事実だし。入学試験すらせずすんなり入れた。
(セレナさんの紹介でってさっき先生が言ってたから、私がちゃんとできないとセレナさんに迷惑がかかるかもしれない)
由々しき問題だ。しっかり勉学に励もう。私は気合を入れなおした。転校初日ということもあったのだろう。私の実力を見るためか、どの授業もよく当たった。
「リリアさん、この薬草の効能について答えてください」
「はい、この薬草は主に目の痛みに役立ち——」
幸い、どれも答えられるような質問だった為ほっとした。伊達に薬屋の孫はしていない。さっき突っかかってきた少女たちはどこか悔しそうな顔をしていた。
「よくお勉強できていますね」
「……いえ」
ある授業では先生に褒められたが、集まる視線が怖かった。
「次はレイラさん、このときの処置を答えてください」
「はい」
私と同じくらいかそれ以上に先生に質問される少女がいた。とても小柄で、理知的な紫の瞳をしている。彼女はどんな質問にも淀みなく答えていた。
(子リスみたいでかわいい)
彼女をじっと見ていたら目が合ってしまった。しかしその目は無関心を示しており、すぐに逸らされた。
(いつか、仲良くなれたらいいな)
「はぁ~つかれたー」
授業が終わり、寮へと案内された。案内してくれた人がいなくなった途端、与えられた部屋のベットへ疲れた体を沈めた。
(やっていけるかな)
最初の少女たちの一件のせいか、私に話かけてくれる人は一人もいなかった。分からないことがあってこちらから質問しても、機械的に答えるだけだった。
(4年間、ずっと一人だったらどうしよう…)
医学校は4年制だ。必ず受けなくてはならない必修科目を1年生、医学か薬学かあるいは両方か道を決めて科目を選ぶのが2年生、その決めた道を深く学ぶのが3年生、4年生となっている。道はまだまだ長い。
(明日の予習しなきゃ…)
今日受けた授業の様子からなんとかついていける感じはする。しかし、遅れている部分も確かにあるのだ。
起きなければいけない。
しかし疲れた身体は私の意思とは裏腹に指先すらピクリと動かない。気付けば眠りの世界へと誘われていた──
授業で先生の質問攻撃もようやく落ち着いてきた頃。相変わらず一人ぼっちだったが、学園の生活で気付いたことがある。
(闇の国の人たちって静かな人ばかりなのかな)
授業中はもちろん、食堂や休み時間など自由なときでさえ誰一人声をあげて笑ったりしない。小さな声でさざめきのようにしか聞こえない。ほとんど無表情だった。
そして
私に最初話しかけてきた少女──ローザがこの1年生の中心にいるみたいだった。耳に入ってくる話によると、彼女はエスティウス地方という土地を統括している魔王様の娘らしい。
この学園ではあからさまにはされてないが、身分によって待遇が少し変わるようだった。普通1年生は4人で大部屋ひとつを寝床とする。しかし彼女のように有力者の娘や息子は個室がもらえるらしかった。
かくいう私もオルベン地方の魔王様の紹介ということで個室をもらっていた。
正直これはありがたかった。……共同生活だといつかボロがでそうだったし。
もう一人注目を浴びている少女がいる。
授業中よく当てられていた小柄な彼女──レイラだ。入学試験を首席でパスした、学園始まって以来の秀才だそうだ。しかも
次期魔王候補であるらしい。
彼女の魔力はとても強いそうだ。しかしこの学園は魔法を使うことを禁止されている。ひそやかに、そして確かに噂になっていた。しかしローザはそれが気に食わないらしい。何かと彼女に突っかかっていた。
「あらごめんなさい。────小さくて見えなかったわ」
移動教室の為、廊下を歩いていたときにそれは起こった。ローザとレイラはぶつかった。しかしどう見てもわざとにしか見えなかった。レイラが倒れるとともに、教科書や筆記用具が散らばる。
「このくらいで倒れるなんて、普段勉強しかしてないからではなくて?」
「ふふふ、いい運動になるわね」
起き上がって道具を拾うだけなのに何が運動になるものか。このあからさまなやり取りに対して、誰も何も言わない。そっと成り行きを見ているだけだ。
「悔しかったらやり返してみたらどう?……お得意の魔法でね」
要はそういうことだろう。
怒らせて魔法を使わせて大問題にさせるか、噂に反して大したことないと嘲笑したいのだろう。彼女たちの悪意ある笑い声が広がる。
「………陰湿」
しまった、と思うには遅すぎた。私の心の声はなんと口に出ていた。静かだった廊下に私の声が妙に響いた。
「────なんですって?」
ローザとその取り巻きがすごい形相でこちらを睨んでいる。
もう穏便に済ますのは無理だ。そう思った私は決して括ってはいけない腹を括ってしまった。
「聞こえなかった?やり過ぎだと言ったのよ」
「あなたには関係ないじゃない」
「コネ入学者は黙っていなさいよ」
「目に余るから言ったのよ。──3人で1人に突っかかるなんて卑怯よ」
一言いえばもう止まらなかった。
「生意気よ、あなた!私を誰だと思っているの!!」
カッとなったローザが手を上げようとしたが、そのとき丁度先生が通りかかった。
「何をしているのです、もうすぐ授業が始まりますよ。急ぎなさい」
このやり取りを見ていた生徒たちも多少慌てながら移動教室へ向かっていった。ローザたちとすれ違うときに「覚えていなさい」とか何とか言ってたような気がするけど、私は聞こえなかったふりをした。うん。聞いてない、聞いてない。
廊下には私とレイラだけになっていた。レイラはあらかた道具を集め終わっていたので、私は彼女に手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「………」
彼女はぱちくりと瞬きをしたが、無表情に戻り私の手を借りずに立ち上がった。
「………」
どうしよう、これ私恥ずかしくない?変に見当違いのことを考えていると、授業中よく聞く涼しげな声で彼女は言った。
「余計なことしないで」
そう言うと、彼女もまた足早に廊下を歩いていった。私はその背中を眺めていた。
「………私も行かなきゃ」
独りになった廊下でぽつりと呟いた。
その後何事もなく済むなんて誰が思うだろうか、いや思わない。でも私は思いたかった!
「……ない!!」
薬学の教科書がない。机に入れたはずだ。しかしどこを探しても見当たらない。
(これは困る)
この教科書がなければ出された課題ができない。しかも授業を担当しているテラドレット先生は教科の中でも一番怖くて恐ろしい先生だった。
「探しているのはこれのことかしら?」
ローザと取り巻きがにやにやしながら近づいてくる。まぁ、正直に言うと分かっていたけどね!君たちなんだろうなって!!
「返して。それは私のものよ」
「あら、不用意に机の中に物を入れる方が悪いんじゃない」
それはどういうことなんだろうか。引き出しとは、何かを入れるために存在するものではないのか?
「……意味が分からないんだけど」
「そんなことも分からないの?さすがコネ入学ね」
コネ入学コネ入学ってうるさいな。……事実だけどね!!彼女たちはバカにするように笑うだけで何も教えてくれなかった。
「そうね、でも私は優しいからチャンスをあげるわ」
ローザが優しい?彼女が優しいのなら、この世に悪人などいない。声高にそう言いたかったのだが、教科書を人質に取られていたため何も言わなかった。
「学園の北の森に生えているクラオト草と交換してあげるわ」
クラオト草は頭痛薬になる普通の薬草だ。
「北の森?」
「そうよ。………早く行ったら?日が暮れてしまうわよ」
日が暮れた後の森はとても危ない。その危険を私はよく知っている。なぜなら私はかつてよく森へ薬草を取りに行っていたからだ。……腹に背はかえられない。
「行ってくるわ。その代わり必ず教科書を返して」
「えぇ、いいわよ」
急いで採ってくればいい。そう思い、私は教室を後にした。
「ローザ様、大丈夫でしょうか」
「何を今更。心配しているの?」
「北の森は立ち入り禁止です」
「そうね。あの子は転入したばかりだから知らないでしょうけど」
取り巻きの少女たちは少し不安になっていた。もしものことがあったら。しかしローザは淡々としていた。
「日射しもあると聞きます」
「少しくらいなら大丈夫でしょう」
「それにあの森には………」
そう。
北の森にはアレがいるのだ。しかし彼女は些細なことのように言って退けたのだ。
「竜がいるってだけでしょう?大したことじゃないわ」
主人公ピンチですね。




