10. ソテダウス学園
目が覚めたら、見慣れない天井が見えた。
「………?」
辺りを見渡しても覚えがない。なんで?目覚めたばかりで働かない頭の記憶を辿る。
(あぁ、そうだった)
セレナさんの薬を飲んだら、気を失ったんだっけ。なら、ここはどこだろう?
「目が覚めたようね」
「………セレナさん」
ドアの開く音がして、目を向けるとそこにはセレナさんがいた。
「気分はどう?あの薬に副作用はないと思うけど」
「大丈夫です」
起きたばかりですこし頭がぼーっとするだけだ。あれ、今なにげに副作用とか言わなかったかな?背筋になにか冷たいものが通るような思いをしたが、ふと気づいた。
「セレナさん、髪が」
「……ああ、切る必要があったの」
セレナさんの艶のある長い黒髪が、肩を撫でるくらいにまで短くなっていた。
(もったいないなぁ、綺麗だったのに。……そういえば、私の髪も)
近くにあった鏡に映った自分の姿はやはり、セレナさんと同じくらい短かった。そしてきれいに切りそろえられていた。……ありがたかったのだが、彼女がやってくれたのだろうか。現場にいなくてよかったような。
「ここは、私の屋敷よ。あなた、3日も寝ていたの。……よかったわね、目が覚めて」
え?
今さらりと恐ろしいこと言いませんでした?3日も寝てた?それってやっぱり薬の副作用ではないですか!?私、目が覚めてよかったね!今、鳥肌立った……!!
「食事を運ばせるわ。少し休んでいなさい」
セレナさんは、部屋を出た。私は彼女が退出した後も、ドアを眺めていたのだがぼすんっと体をベットへ沈めた。うわーふかふかだぁ。……じゃなくて。
私、本当に魔王さまの屋敷から脱出できたんだ。
喜ばしいことだと思う。医者への一歩を進める。もしかしたら光の国へも帰れるかもしれない。でも、同時に後ろめたかった。鷹ともきっと会えない。陛下のお手紙も……。屋敷のみなさんはどうしているのかなぁ。
たびたび会いに来てくれた鷹。私が寂しいのに気づいてくれていたのかもしれない。
陛下のお手紙。忙しいはずなのに、まめに筆をとってくださった。光の王宮内の話を面白おかしく書かれたその手紙に、どれだけ元気づけられたか。さりげなく私の身を案じてくださっていた。
屋敷のみなさんも一歩ひいたような姿勢は変わらなかったけれど、いつも私が屋敷で過ごしやすいように心遣いをしてくれた。私は……敵国の人間のはずなのに。
できない後悔をしそうになる。私がいなくなった今、どうなるのだろう?
(鷹は?陛下や光の国は?…屋敷は大騒ぎだろうなぁ)
今屋敷にいる私は人形だ。動くはずがない。光の国と闇の国の外交問題を避けるために、私は魔王の許へ嫁いでいった。私が一生目覚めなければ?
……そして
(魔王さまは一体何がしたかったのだろう)
一度としてお会いすることはなかった。もしかしたら大問題になるかもしれない危険を冒してまで、私を花嫁にしたのはなぜだろう。どんなお方だったのかな?
いくつもの考えや不安が頭をよぎっては消える。さっきまで寝ていたはずなのに、瞼は重くなっていった——
「………起きなさい!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
突然セレナに起こされた。び、びっくりしたぁ。
「食事を持ってきたわよ。…この状況でまだ寝るなんて、信じられないわね」
うっ。……ごめんなさい。後ろで控えているメイドさんが、食事ができる用意をしてくれた。
食事が済むと、セレナさんはあるものを出してくれた。あ、ごはん美味しかったです。ごちそうさまでした。闇の国のコックさんたちは、料理が上手です。
「ソテダウス学園の制服よ。」
ソテダウス学園の制服は、黒を基調とし、ダークブルーのリボンがついたシンプルなつくりだった。か、かっこいい……!!これを着るだけで、頭がよさそうに見える服だった。
「それと……これよ」
ふぁさっ
「!!!」
いきなり目に飛び込んできた黒に、私は飛び退った。な、ななな、な!!
「そんなに驚かなくてもいいじゃない。これは私の髪で作ったウィッグよ。あなたの金髪じゃ目立ちすぎるから使いなさい。………わたしが魔法をかけておいたから、よほどのことがない限り外れないわ」
セレナさんのご厚意に感謝しなければならないところだと思う。でもちょっと怖かった。……これ、つけてたら急に首絞めたりとかしないよね?
「目が覚めたから、明日から転入してもらうわ。入学時期とは少し外れているけど、留年とかは勘弁してね。……退学させるわよ」
そうだ。医学校に入れるのはいいけど、勉強についていけるか不安だ。一応薬学の知識はあるけど。留年だけは、絶対にいやだ。
「まぁ、精々頑張ることね」
セレナさんは気だるげに言った。
翌日。
荷物を馬車に運んでもらって、セレナさんの屋敷から出発する時間がきた。
「セレナさん、ありがとうございました」
何から何まで。本当に感謝してもし足りない。
「別にたいしたことはしてないわ。……私はあなたが邪魔だっただけよ。もし頷かなかったら、別の方法であなたを遠ざけていただけだわ」
……えぇ、そうでしたね。提案をのんでよかった。何されるかわかったことじゃない。
「最後に忠告をしておくわ。……一つ、むやみに人を信用しないこと。二つ、不用意に隙を見せないこと。三つ、他人からもらったものをなんの疑いもなく口にしないこと」
あれ?なんかものすごく身に覚えがあるのですが。
「気を付けなさいよね」
セレナさんは不敵に笑った。それを最後に、馬車がゆっくり走り出し、屋敷が遠くなっていった──
「今日は太陽の光が当たりやすい日なので、急いで学園内に入りましょう」
馬車が到着して早々、学園を見ている暇もなく建物内に案内された。
「ようこそ、ソテダウス学園へ。今からあなたが学ぶ教室へ案内をします。……オルベン地方を統括している魔王様のご紹介ということでしたから、期待していますよ」
そういうのじゃないんです!先生が思っているようなことじゃ絶対ないと言い切れる。過度な期待はやめてください。胃が痛くなりそう。色んな意味でドキドキしていると、教室に着いた。
「みなさん、席についていますね。──今から転校生を紹介します。リリアさんです」
「よろしくお願いします」
なにも問題なかったと思う。だけど、教室にいる生徒たちの中に鋭い目で見てきた生徒がいた。まるで……敵を見るような目だ。
(どうして!?初っ端から光の国の人間だってばれたの!?)
私はとりあえずごまかそうと思っていにっこり笑ってみる。さらに視線が強くなった。なんで!?先生が教室を出ていった後、その理由を知ることになる。
「ねぇ、あなたどんなコネでこの学園に入ったの?」
「この学園は厳しい入学試験をパスした人しか入れないはずよ。転入生なんて認められていないわ」
「それとも、よほど実力があるってこと?……私たちに見せてよ」
机を囲まれる。他の生徒たちも、そっとこちらをうかがっていた。
あぁ、本当にどうしよう!セレナさん大変です。転校初日から問題が起きそうな予感がします。




