【80】戦火に轟く新たな雷鳴
「ミュリエルさま、私たちが手を下すべきかと……」
杜乃榎の惨状に、サンリッドが兜の奥で声を潜めて問いかける。
「……お待ちなさい」
ミュリエルはツンと顎を上げると、胤泥螺を見据えた。
「あの者は、まだやる気のようですわ。あなたたちは、異世界ウォーカーの従者らしく、補佐に徹しなさい」
「はっ!」
「御意に」
◆
全身をブルブルと震わせた胤泥螺が、いきなり自分の袖口に歯を立てた。そして勢い良く「ビリリッ」と引き千切る。
引きちぎった布で手早く額の傷口を右目ごと覆うと、ギュッとばかりに後ろ手に結んだ。
「────武士道とは、死することと見つけたり!」
言い放つと同時、ギンと眼光鋭く魔人を睨めつける。
「我、ようやくにしてその道に、今こそ立たん!!!」
ギラギラと怒りに燃えるその瞳には、あの赤い光は微塵も無い。魔人が「チッ」と舌打ちする。
スックと立ち上がる胤泥螺の手の中で、『彌吼雷の刀』がブルンと震え、その刀身に電撃が迸った。
ダンと大きく足を踏み鳴らし、『彌吼雷の刀』を中段に堂々と構えると、迸る電撃が大きな刀身を成して輝いた!
「おおおお!」
魔人の攻撃に及び腰になっていた将たちからも声が上がる。
「なんと! あれこそ『真・彌吼雷斬魔刀』じゃ! 皇空理布に肩を並べたか、胤泥螺よ!」
「あれが伝え聞く、彌吼雷の真なる力か……! 胤泥螺よ、この期に及んでさらなる高みに昇るとは!」
霧冷陽の驚きの声に、皇空理布の傍らで状況を見守っていた皇子空風円ですら、驚嘆の声を上げていた。
「……ほう……」
さも気に入らないとばかりに、魔人が胤泥螺に向き直る。頭上の混沌が「ヒフゥゥゥ……」とか細く尾を引く声を上げ、火球が魔人の周囲をクルリと回った。
「今一度、拙者が相手にござる!!」
「……片目を捨てる、愚か者よ……」
魔人は「フッ」と笑うと、烈火の速さで斬り込んできた!
「せいっ! はっ! やっ!」
矢継ぎ早に繰り出す魔人の剣撃を、胤泥螺が尽く跳ね返す。しかし今度は一方的ではない!
みるみるうちに形勢は逆転し、胤泥螺が上に下にと電撃の刃を繰り出していた!
そして!
「ハアアアアッッ!!」
下に打つと見せた胤泥螺が、一瞬にして身を翻し、『真・彌吼雷斬魔刀』を振り下ろした! 炎が散って、魔人の片目に亀裂が走る!
「……ムッ!……」
「これは先の返しでござる! 次に我が剣を受けるは、死、あるのみ!!」
怯んだ魔人に胤泥螺がギラギラと鋭い眼光で睨めつける。魔人の頭上の混沌が金切り声を上げると、右目の傷がみるみるうちに塞いでいく。
「まさか……胤泥螺どのは、わざと仕留めなかったと……?」
「さ、さようにござりまするな」
「今の剣、まったく見えなんだ……」
「なんたる剣技よ……」
将たちは息を飲み、二人の勝負に見入っていた。
「……たわけた真似を……」
怒りに形相を歪める魔人が両手の幅広剣を演武の如く、グルングルンと振り回す。その頭上で混沌が叫び声を上げ、拳大の火球が二つ三つと魔人の炎の中から飛び出してきた。
しかし胤泥螺は眼光鋭いまま、身動ぎもしない。
「フン……どうやら、本気を出したようですわね。ですが、それこそ諸刃の剣……」
ミュリエルの呟きに、サンリッドとスクワイアーは油断なく、雨巫女髻華羽のそばににじり寄った。
「雨巫女髻華羽さん、万が一に備えて魔術の準備を」
「はい、おまかせくださりませ」
雨巫女髻華羽は神楽鈴『御譜音』ギュッと握りしめ、キリッとした視線を胤泥螺と魔人に向けた。肩から血を流しながらも気丈に頷く雨巫女髻華羽に、真茱鈴と流那鈴も大きな耳をピンと立て、表情を引き締めた。
やがて魔人が、二振りの幅広剣を上下段にピタリと構え、制止する。混沌が「ヒィィィフフフゥゥゥ」と鳴き、その周囲を四つの火球がヒュンヒュンと円を描いて飛び回る。
「……有限なる生命の子よ……ワレに仇なす愚かさを知るがいい……」
「我、死地に在り。なれど、死線を超える覚悟有り!」
お互いを射抜かんばかりに睨み合う。ソロリと胤泥螺が左に踏み込むと、魔人も同じく左へと動いた。徐々に魔人は、将たちに背を向ける格好になっていく。
「……終わり、ですわね」
ミュリエルが呟いた瞬間、胤泥螺が動いた!
「……殲滅!……」
魔人の周囲の火球から、胤泥螺目掛けて熱光ビームが放たれる! それを目にも留まらぬ速さで跳ね除けて、胤泥螺が雷の如く、魔人の懐に飛び込んだ!
「でやああああああ!!!」
「ブン!」と風を切り裂き、胤泥螺が『真・彌吼雷斬魔刀』を薙ぐ!
魔人は左の幅広剣でそれを受け止めざまに、クルリと身を翻す! そして、烈火の速さで上段から右の幅広剣を振り下ろした!
さらに混沌が金切り声を上げ、四つの火球が斜め上から胤泥螺目掛けて熱光ビームを撃ち放つ!
「見切った!!!」
素早く後ろへ飛び退き、剣戟と熱光ビームを交わした胤泥螺が、一気に四つの火球を斬り払う!
さらに左の幅広剣で突きを繰り出してきた魔人の一撃を、クルリと反転して避けると、斜め上に魔人の幅広剣を跳ね上げた!
左の幅広剣を失った魔人はしかし、怯むこと無く、流れるような動きで右の幅広剣を斜め下から斬り上げた!
上体を仰け反らせて後ろに一歩避ける胤泥螺の首もとを炎が走り、わずかに肌を焦がす!
「……ヌウ!!?……」
「成敗!!!!」
クルリと身を翻し、胤泥螺が『真・彌吼雷斬魔刀』を水平に構えると、そのまま一気に突きを繰り出した!
「ズグッ!!!」と炎を掻き分け、『真・彌吼雷斬魔刀』が魔人の身体を貫いた! 魔人の全身に大蛇のごとく電撃が迸り、魔人の身体がガクガクと激しく震える!
魔人の混沌が金切り声を上げると同時、邪に染むる炎が『真・彌吼雷斬魔刀』を伝って胤泥螺に襲いかかる!
「なんと!?」
瞬時に『真・彌吼雷斬魔刀』から手を離し、胤泥螺は後ろに大きく飛び退った!
「……罠にかかったバカモノめ……フオオオオゥッ!……」
全身を震わせる魔人の雄叫びに、頭上の混沌が金切り声で応える! 魔人を包む炎が「ボン」と四方に弾けると、その身体を貫く『彌吼雷の刀』が吹き飛んだ!
カランカランと音を立てて、『彌吼雷の刀』が甲板の端へと転がっていく。
「……消し炭となるがいい!……」
魔人が手にする幅広剣の邪火が、勢いを増して轟々と燃え上がる! 火の粉を飛ばし、幅広剣を再び上下段に構えると、頭上の混沌が狂喜に満ちた金切り声を上げた!
「胤泥螺、これを使うのじゃ!!!」
霧冷陽が胤泥螺に向かって『彌吼雷の鉾』を投げ上げる!
「おう!」
素早く『彌吼雷の鉾』を手にすると、胤泥螺はブンと大きく振り回し、即座に後ろ下段に構えた!
「────天網恢恢、疎にして漏らさず!
天を仰ぎ、祖に学び、愛を知りて、仁に通ず!
我が生命果てるまで、その道を進むものなり────!!」
「ダン!」と足を踏み鳴らすと、胤泥螺の手にした『彌吼雷の鉾』がブルンと戦慄いて、電撃がズンとばかりに十字の形に刀身を成す! さらに胤泥螺の身体に電撃が纏わり付いて、フヒュウと風が、つむじを巻いた!
「あれは『真・彌吼雷十字槍』に『彌吼雷羽衣』!」
「異世界ウォーカーの助力無しでこれほどまでの精霊力!」
「なんと、我らをも超えたか! 彼の者こそ────真の戦士よ!」
「やりおるわ、胤泥螺! それでこそ、皇も認めた杜乃榎一の剣士じゃ!」
胤泥螺の変貌に、誰もが息を呑む!
「失笑を禁じえませんわ。あれこそ、天をも貫く超絶岩脳筋ですわね……」
城壁で見守るミュリエルが嘲笑う。背中のクマのぬいぐるみもどこか楽しげだ。
大きく肩を揺らしながら、苦々しげに邪火をあげる魔人が、グンとばかりに腰を落とした。
「……滅砕!……」
瞬間、魔人が烈火の如く、突っ込んでくる!
「せやああああああっ!!!!」
気合一閃! 雷光が煌めいて、胤泥螺が『真・彌吼雷十字槍』を横に薙ぐ!
「……業・破弾火槍!……」
魔人は見切っていたかの如く宙を飛び、ドリルのように回転しながら胤泥螺目掛けて突進した!
「ズダァン!」と激しい音が響いて甲板に炎が広がる!
「胤泥螺!!」
雨巫女髻華羽の悲鳴が響く中、胤泥螺が炎の中心で電撃を迸らせていた! 右目に巻いた布が解け去り、その目は紺碧色に爛々と輝いている!
「うおおおおおおおおおおおお!」
「……何!?……」
剣戟を受け止められた魔人が、驚愕に目を見開く!
紺碧の瞳から電撃を迸らせて、胤泥螺が「ドン!」とばかりにその身体を押し返す! 床に降り立ち、よろめく魔人の目の前で、クルリと『真・彌吼雷十字槍』を持ち替えた!
「────天・誅・斬!!!」
「ドシャアアァァァァンッ!!!」と雷鳴を轟かせ、胤泥螺が『真・彌吼雷十字槍』を跳ね上げる!
魔人の首が宙に飛び、混沌が喉元を締めあげられたかのような絶叫を上げた!
「撃てえっ!!」
サンリッドの号令に、一斉に蒼竿銃の銃声が轟いた!
首を失った魔人の身体を、蒼竿銃の弾丸が次々と貫いていく! 振り上げた幅広剣がこぼれ落ち、混沌の絶叫に業火の炎が邪火を上げる!
「雨巫女よ、清霊祓魔の雨じゃ!!」
霧冷陽の声に、雨巫女髻華羽が神楽鈴『御譜音』を振るう!
「真茱鈴も参りますなのです!」
「流那鈴も最強共鳴なの……」
真茱鈴と流那鈴も同調し、三人の声が青い光を呼び寄せた。
「除! 厄! 清! 災! ────清霊祓魔の雨よ!」
「シャーン」と鈴音が鳴り響き、青い光が周囲を染める。
「ズバアアン!」と大水が魔人の身体を押し倒し、業火を尽く飲み込んだ!
ゴボゴボと激しく煮立つ雨巫女の清水が、やがて徐々に勢いを無くしていく。
そしてゆっくりと、水蒸気となって立ち昇る……。
すべての邪火が消えたあと、甲板には、黒い人骨がうつ伏せに横たわっていた。
紺碧の瞳を光らせて、電撃を纏う胤泥螺が、油断なく黒い人骨に歩み寄る。そして、ブンと『真・彌吼雷十字槍』を横に薙ぐと、フヒュウと音を立ててつむじ風が舞い上がった。
やがて黒い人骨は音もなく黒い靄となり、つむじ風に巻かれて霧散した────。
溶岩の手に固定されていた天空城が、「ギギギギ……」と軋み音を立て始める。
「天空城が、浮き始めていますなのです!」
流那鈴と抱き合う真茱鈴の声に、誰もが感嘆の声を漏らした。
「────魔人討伐は、果たされましたわ!」
防衛ラインの城壁で、ミュリエルが高らかに宣言する。
雨巫女髻華羽が胤泥螺に駆け寄って、潤んだ瞳でその目を見つめる。胤泥螺はしっかりとした表情で、黙ってひとつ頷いた。
安堵と喜びに溢れる天空城に、防衛ラインに控える連合軍から、口々に叫ぶ声が聞こえてきた。
「十痣鬼だった王が、目覚めましてございます!!!」
「友よ、悪魔の呪いより目覚めたか!」
「おおおお、十痣が! 十痣が消えている!!!」
あちこちから勝どきの声があがり、誰もが「魔人討伐、為る」に湧き立った。
そんな歓喜が広がる中────。
蔦壁ロココは、ピクリとも動かない凪早ハレヤの頭を抱きかかえたまま、その名を呟くように呼び続けていた。小刻みに震えるその肩に、グスタフがそっと舞い降りる。
その傍らで、皇空理布が弱々しく身動ぎした。
「許せよ……彌吼雷……」
いつもの澄んだ表情を取り戻した夜映が、遠い空で、静かにこれを見守っていた────。
ようやくにして魔人討伐……! でも凪早ハレヤは……?
あともうちょっとだけ続くんじゃ。




