【07】空の死闘
雲の上まで突き抜けると、頭上には満点の星空が広がっていた。西の空には煌々と月も輝いている。
「2つ?」
大きな丸い月の陰に、もう一つ赤みを帯びた星が佇んでいた。
真下を見ると、黒い雲海にぽっかりと穴が開いている。今しがた凪早ハレヤが突き抜けてきたあたりだ。
「あははは、寒っ! 一気に雲の上まで来ちゃったよ! こんなことって、MMORPGでもあり得無いね!」
急激に冷え込む外気に気づいて、慌てて手足をばたつかせると、上昇していた身体が徐々に速度を落とし始める。
下の方から「ズドーーーン」と酷い音が轟いた瞬間、ファンファーレとともに凪早ハレヤの周囲で花火が打ち上がった。
「おろろ?」
ファンファーレや花火とともに、左手の甲が何度も何度も青白い光を上げる。
見ると、『1』だった数字が『2』になり『3』になり、『5』に変わったところでファンファーレと花火が鳴り止んだ。
「やったぁ〜、レベルアップしたぞ〜〜♪」
小躍りしながら喜びの声を上げた時だった。
「フオオオオオオオォォォォォォォ……」
下の方から狼の遠吠えのような音が響いてきた。
そして次の瞬間!
雲を突き抜けて「ヒュウン!」と真っ赤なレーザー光線が飛んできた!
「うひゃああああああああああ、な、なんすかあああああああああああ?」
雲海にぽっかり開いた大きな穴。それは先ほど凪早ハレヤが開けた穴とは、比較にならないほどの大きさだ。
雲海に出来た穴は見る見るうちに広がって、その周囲を分厚い雲がゆっくりと回転し始めた。
「あ、あた、当たんなくってラッキィ……」
さすがの凪早ハレヤも、度肝を抜かれて唖然とするしか無かった。
雲海にぽっかり開いた大穴の向こう、森の真ん中に少し開けた場所があって、城らしき建物が見えた。その中にある、一際高く聳える尖塔。
その尖塔の先端に、何かがいた。
「なんだ、あれ???」
雲間から射す月明かりに照らされて、ゴツイ竜のような顔と鉤爪のついた大きな翼が見て取れた。肌は赤黒く、口からはボフゥと炎の吐息を吐き出している。
鋭くギラギラと光る6つのエメラルド色の瞳。
遠く離れた小さな凪早ハレヤを、しっかりと見据えているかのように思えた。
冷たい風がフュウと凪早ハレヤに吹き付けて、宙に浮いた身体を揺り動かす。
「まさかアイツが……?」
と、頭の中で「ピロリロリン♪」と軽やかな音が響いた。
見ると、左手甲の紋様が、緑色に点滅している。
「なんだろ?」
不思議に思いつつ、ポンと左手の甲をタップする。透明のステータススクリーンが立ち上がり、その画面下部にメッセージが表示されていた。
「『マスター:凪早くん、大丈夫?』」
「もしかして、蔦壁? 蔦壁こそ、大丈夫かい?」
しばらくすると、再び軽やかな音がして、メッセージが更新された。どうやらボイスチャットが自動的にテキスト変換されているらしい。
「『マスター:今、周りの腐乱屍人を片付けたところ。さっきは助けてくれてありがとう』」
「いやあ、偶然というか、俺の中のヒーロー属性大爆発ってやつ? ははっ、才能って怖いよね」
「『マスター:……そうかもね』」
「なんだかよくわかんないけど、雲の上まで来ちゃったよ~。ていうか寒くてさ~」
「『マスター:今、レッドガーゴイルのレーザー光線あったよね?』」
「レッドガーゴイルのレーザー光線? ああ、さっきのね。今もなんか、ソイツに睨まれちゃってるよ、てへへ」
「『マスター:上空はレッドガーゴイルの領域だから危険なの。今、ミュリエルの居城に向かってるから、凪早くんはそこから動かないで』」
「そのミュリエルさんなら、レッドガーゴイルを止められる?」
「『マスター:うん。もしも万が一、レッドガーゴイルに見つかったら────』」
蔦壁ロココからのメッセージを読んでいる最中だった。
「フオオオオオオオォォォォォォォォォォ……」
再び、遠吠えが響き渡る。見ると、レッドガーゴイルが大口を開いて吠えていた。
吠えながら、グルンと首を捻るたび、その眼前で赤い火の玉が膨らんでいく。
「嫌なヨッカーーーーーン!!」
慌てて蔦壁ロココからのメッセージを確認する!
「『マスター:もしも万が一、レッドガーゴイルに見つかったら────
────「 初 心 者 専 用 ・ 超 ラ ッ キ ー 」って叫んでね』」
「プオオオオオオウウウウ!!!」
甲高い雄叫びとともに、レッドガーゴイルが首を横に薙ぐ! 同時に赤いレーザー光線が放射状に放たれた!!
「うそおおおおおおおおおおおおおおおん!」
放たれた光線が雲海を切り裂く!
「天よ地よ! 俺の声に耳を貸せ! 初心者専用!超!ラッキーーーーーー☆」
叫びつつ、右目でウインクしつつ横向きピースをする凪早ハレヤ! するとキランと青い光が瞬いた!
瞬間、「ブオオオオオ!」と強風が吹き付けて、凪早ハレヤの身体を吹き飛ばす! そのあとを真っ赤なレーザー光線がヒュウンと駆け抜けた!
「うっひゃああああああ、助かったああああああああ!」
切り裂かれた雲海は音もなく霧散して、眼下一杯に暗い針葉樹の森が広がった。
尖塔に取り付いているレッドガーゴイルは、ひとつ大きな咆哮を上げると、大きな翼を広げてはためかせ始める。凪早ハレヤに向かって飛び立つ気だ!
「ひょええええええええええええ! やっばあああああああい!!」
風に流されながら、ステータススクリーンに目をやる凪早ハレヤ。
レベルアップしたとはいえ、スキルは『初心者専用・超アタック』『初心者専用・超ガード』『初心者専用・超ラッキー』の3つに変わりがない。
「使えるスキルこれだけかよおおおおおお! どうすんだああああああああ?」
そうこうしているうちにも、レッドガーゴイルが凪早ハレヤ目掛けて突進してくる! とても泳いで逃げることなど出来そうもない!
レッドガーゴイルは右腕をいっぱいに振りかぶって、凪早ハレヤ目掛けて鉤爪を繰り出してきた!
「グフォオオオオオオオオオウウゥゥゥゥ!」
「あんなのガードしたって意味なくない!? やっぱこれしかねえええええええ! 初心者専用!超ラッキー☆」
再びキランと青い光が瞬いて、凪早ハレヤの顎スレスレを、レッドガーゴイルの大きな鉤爪がかすめた!
「うわっとおおおおっ!!」
鉤爪を交わした瞬間、レッドガーゴイルの翼の付け根に凪早ハレヤの右手が掛かった。
「うっひょお、ラッキー♪ 背中取ったら安全じゃん♪」
凪早ハレヤの姿を見失ったレッドガーゴイルが旋回する。しかし、どこかその飛翔がぎこちない。
「さっぶ! 風が寒すぎる!」
このままずっと取り付いているわけにも行かなそうだ。
しかも悪いことに、レッドガーゴイルの6つの目が、翼の付け根に取り付いている凪早ハレヤに気が付いた。
凪早ハレヤを振り落とそうと、身体を揺さぶりながら、上昇したり急降下したりし始める。
「くっそこのやろ!」
不意に凪早ハレヤの心の奥で、何かが渦巻き始める。アンデットオーガに組み付いたあの時と同じ感覚だ。
凪早ハレヤのバグ玉の力にレッドガーゴイルが翻弄されて、飛翔体制が明らかに崩れている。
「もっと上まで行ったところで……?」
この冷気に凪早ハレヤがやられそうだ。
「グゲッ! グゲゲッ!」
気味の悪い呻き声を上げて、レッドガーゴイルが身を捩る。凪早ハレヤは振り落とされまいと、右の翼の付け根にしがみつく。
「こうなったらイチかバチか、伸るか反るかだ!!」
やれる手段が限られているこの状況、凪早ハレヤは心を決めた!
「初心者専用!超アタック!!! うおりゃああああああああああああ!!!」
青い光がキランと閃いた瞬間、凪早ハレヤはレッドガーゴイルの翼の根元を足の裏で蹴りつけた!
「グアオウウウゥゥ!」
翼の根元に一撃を喰らったレッドガーゴイルが吠え声を上げる! そしてギュンと急停止すると、背負投げでもするかのように身体を捻った!
「アァァンドォォォ! 初心者専用!超ラッキー!!」
再び青い光が煌めくと、レッドガーゴイルの翼の根元に大きな亀裂が走った!
レッドガーゴイルの身を捻ったタイミングとドンピシャリ! その勢いで、メキメキと音を立てて亀裂が一気に広がっていく!
「ここで! 急・浮・上ォォォゥ!!!!!!!!!」
凪早ハレヤの全身に熱いものが駆け巡る! 取り付いた右の翼を根元から引き千切り、さらに上空へと急上昇し始めた!
「ギョエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」
痛々しい咆哮とともに、レッドガーゴイルが錐揉みしながら落ちていく。右の翼を失って、飛翔力を失ったのだ!!
「よおぉぉぉぉぉしっ!!!!」
レッドガーゴイルの翼を抱きかかえたまま、凪早ハレヤがガッツポーズをする。
やがて森の木々を薙ぎ倒し、「ズドーーーン」と地響きのような音が響き渡った。
そして頭の中に響いてくるファンファーレと、打ち上がる花火。
「いやっほぉぉう、いっちょあがり〜」
高校の制服を突き抜けてくる冷気に凍えながら、凪早ハレヤはビッと親指を立てる。
レベルアップを告げるファンファーレと花火は、左手の甲の数字が『25』になるまで続いた。
ラッキーすぎるやろ~w
次回、愛しのミュリエルさん登場です。