【78】突撃、そして!
「皇都最終防衛シールド、解除!!!」
ミュリエルが扇子をサッと横に払うと同時、皇都最終防衛シールドの青い壁がスッと消え失せる。
「撃てえ!!!!」
午羅雲の掛け声とともに、蒼竿銃の銃声が一斉に轟いた!
「────マグマティック・スネア・クインテット!!」
「────破魔!猪突貫通槍!!」
「────剛砕!猪突破岩撃!!」
蔦壁ロココの精霊魔術を合図に、サンリッドとスクワイアーが一斉に襲いかかる! あちこちで炎のシールドが切り裂かれ、天空城の社と甲板が露わになった!
「うおおおおおお、今度こそ! 行っけええええええええ!!」
『気怠い午後の公爵夫人』を構えて凪早ハレヤが真っ逆さまに天空城へ突撃する!
甲板では、雨巫女髻華羽たちに襲いかかった双頭黒妖犬たちが、その防護シールドに鋭い牙を突き立てている!
そして雨巫女髻華羽たちの背後、皇子空風円の横に回り込んだ皇空理布が、炎の剣を振りかざし、今まさに、皇子空風円目掛けて振り下ろさんとしていた!
蒼白な表情で蒼竿銃の引き金を引く皇子空風円だが、「カチッ、カチッ」と虚しい音が木霊している! すでに弾丸が尽きたのだ!
「────彌吼雷九方撃!」
青い光が鏃に集まると同時、弓を解き放つ! 九つの雷鳴が轟いて、2頭の双頭黒妖犬を撃ち抜いた!
双頭黒妖犬は電撃にのたうち回ると、「キャイン、キャイン」と悲痛な鳴き声をあげて、黒い靄となって霧散する。
その雷鳴に一瞬、視線を上に向けた皇空理布! しかし、すぐに皇子空風円に視線を戻すと、炎を纏う剣を振り下ろす!
皇子空風円は咄嗟に、これを受け止めんとして蒼竿銃を水平に構えた!
ガキィンッ!
金属音が弾けると、蒼竿銃は真っ二つに叩き斬られていた! 衝撃で、皇子空風円が体勢を崩して後退る。次に剣戟がくれば、守る術は無いだろう!
「皇子!」
「空風円さま!」
真茱鈴と雨巫女髻華羽が同時に振り返る! しかし二人とも、防護シールドに牙を立てる双頭黒妖犬を相手にするのに精一杯だ!
「己が弱さに嘆くがいい!!!」
皇空理布の真っ赤に燃える瞳が煌めいて、炎の剣を『霞』の構えで皇子空理布に切っ先を向けた!
「お逃げください、皇子!!」
「グワオゥッ!」
「髻華羽お姉さま、危ないなの!!」
防護シールドを引き裂いて、双頭黒妖犬が雨巫女髻華羽に襲いかかる!
流那鈴の悲鳴と同時、双頭黒妖犬が雨巫女髻華羽を押し倒した! 「ズグリ!」と鈍い音を立てて、その肩口に齧り付く!
「あぐうっ……!!」
「髻華羽どのおおおおおおおおお!!!」
痛みに悶絶する雨巫女髻華羽の姿に、胤泥螺の持つ『彌吼雷の刀』がブルンと震えた。
「────架け橋となれ! マグマティック・スネア!!」
蔦壁ロココの声が響き、防衛ライン城壁と天空城甲板の間に大きな掌が伸びてくる!
岩の橋が掛かると同時、『彌吼雷の刀』を手に構えた胤泥螺が猛然と駆け出した! まだ熱いはずの岩の橋を物ともせず、一直線に突っ切って行く!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「なんという速さよ! 雷を超えたか!」
突進してくる胤泥螺に、天空城天頂の黒い靄が金切り声を上げる! すると胤泥螺の進路を阻むようにして、再び炎の防護シールドがブワッと広がった!
「てりゃああああああっ!!」
気合もろとも、『彌吼雷の刀』を一閃する! 迸る電撃が炎を蹴散らし、胤泥螺は天空城甲板に躍り出た!
その時!
皇子空風円に襲いかかる皇空理布が「ダンッ」と大きく踏み込むと、真一文字に剣を突き出した!!
「すああァッ!」
「空風円さぁぁぁぁぁぁん!!!!」
天空城天頂から突っ込んで来た凪早ハレヤが間一髪、「ドン!」と音を立てて皇子空風円を突き飛ばす!
が、しかし────!
ザグッ!
「げぇぼぶふっっ!」
────鈍い音を立てて皇空理布の炎の剣が、凪早ハレヤの胸を貫いた!!
肋骨を砕き、肺を突き抜け、背中の肌まで焼き焦がす! 凪早ハレヤの頭を、鈍器で殴られたような重い痛みが突き抜けた!
そして全身から体温が奪い去られたように、強烈な寒気が凪早ハレヤに襲い来る!
「ロココ、マスター権限!!!」
凪早ハレヤの肩から羽ばたくと同時、グスタフが絶叫する!
それを最後に、凪早ハレヤの視界が暗転した────。
◆
「……あれれ?」
気が付くと、凪早ハレヤは白い世界にいた。それは、いつか見た景色だ。
周囲を見渡すと、どうやら薄黄緑色の光が、凪早ハレヤを包み込んでいるようだった。その外側には、あの薄い青色の膜。
そして、その周囲には、無数の白い人影が浮かんでいた。
「あの時と一緒……じゃないな? あれれ?」
違う点があるとすると、凪早ハレヤの周囲に鉄格子が無いことと、白い人影が皆、凪早ハレヤと同じく薄黄緑色の光に球体状に覆われていることだった。
そしてもう一つ。
「空理布さんの横に……紅梨沙理さんがいないや。なんでだろ?」
首を傾げているうち、目の前を、赤い玉石────紅瞳玉石が横切った。ほぼ同時に、青い膜が光を放って霧散する。
「おおおっと! ボヤッとしてる場合じゃないや! アイツを捕まえないと!!」
両腕をグンと広げると、『鬼蜻蜒』のスキルですぐに飛び立った。
「待て待て待てえ〜〜〜い!」
高速に白い人影の間を動き回る紅瞳玉石の後ろを、ものの見事に追従していく。
「いやっほ〜〜〜う! 捕まえちゃうぜ〜〜〜!」
縦横無尽に向きを変える紅瞳玉石だが、凪早ハレヤの速度と方向転換能力が優っていた。みるみるうちにその距離を詰めていく。
そして、凪早ハレヤの肩幅ほどあるその紅瞳玉石を、両腕でガシッとばかりに抱き止めた。
「つっかま〜えたっと♪」
明るい声を上げる凪早ハレヤだが、すぐにギョッとなる。紅瞳玉石を抱き止めた両腕とその胸が、みるみるうちに真っ赤に染まっていくのだ。
「うっへえええええええ! どういうこと!?」
さらに悪いことに、紅瞳玉石がブルブルと激しく振動し始める。まるで、凪早ハレヤから逃れようとするかのように。
「ちょっと大人しくしてろよ!!!」
抱きしめる両腕に力を込めると、凪早ハレヤは白い人影の間を掻い潜り、外へ外へと加速した。
「ええっと、たしか、念芯からコイツを抜き出せばいいんだよね!?」
ミュリエルの言葉を思い出しながら、ともかく人の群れの外を目指して飛ばしていく。やがて人の群れから抜け出すと、白い光が周囲を流れるように動いているのが目に映った。
「あれが外壁なのかな!?」
よくわからないまま、凪早ハレヤはその流れの中へと突進した!
「うわっとおお!!!」
ゆったりと流れていると見えた白い光の流れは、突っ込んでみると思わぬ激流だった。抱きしめる紅瞳玉石ごと、凪早ハレヤの身体は一気に流されていく。
「うわっぷ! ぷへっ! ぷぷっ!」
川に溺れているかのような感覚だ。しかも胸の中で紅瞳玉石が暴れて逃げ出そうとする。
「くそっ! このっ!!」
突き進むのは無理だと感じて、凪早ハレヤは流れの中から飛び出した。
「こんなの無理だよ! どこか、流れの緩いところとかあるのかな!?」
そんなに長い時間は、霊魂状態でいられないはずだ。焦る気持ちを押さえこみ、両腕にグッと力を込めると、凪早ハレヤは流れに沿って飛び始めた。
「出口出口〜出口はどこよ〜〜〜???」
気がつけば、紅瞳玉石の影響か、凪早ハレヤの首元から腰まで真っ赤に染まっていた。ドクンドクンと鼓動が耳の奥まで鳴り響き、やがて、聞き覚えのあるねっとりとした耳障りな声が響いてきた。
「────何をそんなに藻掻く必要があろうか────」
「うっひゃあああ! まーたお前か!」
「────ワレとともにすべてを手に入れようではないか────」
「だーから! もうそんな誘惑に引っかからないんだって!」
「────そなたの望みはアレか? それともコレか?────」
凪早ハレヤの視界に、雨巫女髻華羽や真茱鈴や流那鈴の姿が、走馬灯のように駆け巡る。
「ちーがうって! そんなんじゃないの!」
「────すべては思うがまま、そなたこそ、唯一にして無二なるこの世の皇たる器よ────」
突然、凪早ハレヤは紅瞳玉石をガシっと両手で掴むと、斜め上に掲げるようにして、グンと両腕を突き上げた。
「いいか、よく聞け! 俺は蔦壁ロココの従者なの! 杜乃榎と蔦壁のためにお手伝いするのが俺の役目!」
紅瞳玉石は、凪早ハレヤの両手の中で、憎々しげにブルブルと震えている。
「わからず屋の魔人め! こうしてやる!!!!」
不意に、凪早ハレヤの脳裏で『鬼蜻蜒』のスキルが煌めいた。青い光がフワンと凪早ハレヤを包み込むと、クワッとばかりに大口を開けた。
その口は、まるで鬼蜻蜒の大顎のような凶悪な形を成していた!
「────鬼蜻蜒の大顎噛み砕き!!!」
ガリっと音を立てて紅瞳玉石の端っこに齧りつく!
「────ぎええええええええっ!!!!────」
耳を塞ぎたくなるような絶叫が上がり、紅瞳玉石の一部を噛み千切る!
そのまま、凪早ハレヤは「ゴリッゴリッ」と鈍い音を立てて、噛みちぎった紅瞳玉石の一部を飲み込んだ。
その瞬間、凪早ハレヤの頭上に黒い渦が現れて、甲高い悲鳴を上げた。
「うへっ……こ、壊しちゃった!!!」
顎の形にクッキリと噛み千切られた紅瞳玉石に目を丸くする。一瞬、自分が何をしたのか理解できなかったようだ。頭上の黒い渦にも気づいていない。
「ブオオオ」とどこからか風が吹き付けて、凪早ハレヤの髪の毛を掻き上げた。
「……あれれ? 穴が開いてるぞ?」
強風の吹き付けてくる方に視線を向けると、白い流れに淀みが生じたか、黒い穴がポッカリと開いていた。急に大人しくなった紅瞳玉石を、ギュッと胸に抱きしめる。
「よぉーーーし! あそこから飛び出すぞ!!!」
頭上の混沌が狂喜の声を上げ、凪早ハレヤの身体が一気に加速した。
「いっけえええええええええええええ!!!」
遮るものは何もなかった。
ポッカリ開いた黒い穴から、白い世界を飛び出していく。
「うっひょおおおお、真っ暗だああああああああ!!!」
「ヒイィィィィハアァァァァァァァァ!!!」
絶叫する凪早ハレヤと頭上の混沌。
その胸の中で、紅瞳玉石が情けない声とともに炎に変わる。そしてフイッと、暗闇の中に掻き消えた。
「あれれ?」
首を傾げる凪早ハレヤの耳の奥で、紅瞳玉石の呻き声が、どこか遠くへと遠ざかっていった────。
いったい何が起こってるんだってばよ……?




