【75】魔人召喚ノ書
「『空風円さんが言ってたでしょ? 今回、魔人召喚の儀式を行ったのは紅梨沙理さんだ、って。紅梨沙理さんの精霊力が必要だから、狭紆弩さんと空理布さんは彼女を引き入れたの』」
「んああ、そうだったね」
皇都へ急ぎ飛翔しながら、凪早ハレヤが頷く。
「『ということは、きっと、その召喚は精霊魔術で行われたんじゃないか、って』」
「『だとしたら、あたくしたちでも召喚可能、というわけですわね?』」
「そっかそっか!」
「『うん、そういうこと。その西方から狭紆弩さんが得たっていう「魔人召喚ノ書」が、空理布さんの部屋に収められてるって、空風円さんから聞いてたの』」
「『なるほど、理解いたしましたわ。もしその書に、「特定の悪魔」を呼び出すためのキーワードかIDのようなものの記載があれば……』」
「『もう一度、ここに魔人を呼び出せるんじゃないかって』」
「なっるほどね〜! さっすが我が麗しの黒髪姫!」
「『さすがあたくしのロココちゃんですわ!』」
ヘッドセットの向こうからノイズが響いてくる。きっと、ミュリエルが蔦壁ロココを抱きしめて頬をスリスリしているに違いない、と凪早ハレヤは思った。
「でもさ〜、だったらみんなで皇都に行く方が早くない?」
「『ううん、ダメよ。今の魔人は天空城に取り憑いているから、天空城ごと召喚することになると思うの。皇都で召喚なんかしたら、被害が大きくなっちゃう』」
「うえええ! そういうことか!!」
「『皇都防衛ラインの外で召喚すれば、万が一、超虹雷砲を打たれても、皇都最終防衛シールドもあるし』」
「『首尾よく魔人を討伐した暁には、天空城も元に戻って万事解決、というわけですわね』」
「『うん』」
「なっるほどね〜。蔦壁はちゃんと考えてるんだな〜」
「『あたくしのロココちゃんに抜かりはありませんもの。イディオットフローティングオブジェクトは大人しく従っていればいいんですのよ、オーッホッホッホッ!』」
◆
「彌吼雷どの〜〜!!」
「んああ?」
皇都城壁を越え、街の上空に差し掛かった時、聞き慣れた声に呼びかけられた。
見ると、町中で十痣鬼を搬送する台車に付き従っている様子の、胤泥螺の姿があった。
周囲では、杜乃榎の民たちが忙しなく行き交っている。雨戸を締め切り、戸締まりを固くし、少しの手荷物を持って大社裏の避難所へと向かうようだ。
大広場では臨時の炊き出しや救護所も設けられ、各国の兵の重傷者が集められているようだった。
そんな人々の激しい流れの中で、一人、胤泥螺が堂々と凪早ハレヤに向かって手を振っている。
「やっほ〜い、胤泥螺さん」
「彌吼雷どの、何用で皇都へ? 従者ロココどのはお戻りになられたでござるか?」
「うんうん、そうなんだ! さっすが蔦壁だよね」
「左様でござったか! う、髻華羽どのは!?」
「んああ……あ〜……」
言い淀む凪早ハレヤの様子に、胤泥螺の顔色が青ざめる。
「な、何かあったでござろうか?」
「あああ、いや。あのね、ごめん、聞いてないや。ちょっと待って、今、急ぎなんだ」
「『どうしたの、凪早くん?』」
頭を掻いて誤魔化しながら飛び去ろうとしたが、蔦壁ロココの声に呼び止められる格好になった。
「んああ、うん。……今ね〜、胤泥螺さんと皇都で出会ってさ。髻華羽はどうした、って」
「『そう……。詳しいことはあとで話すから、無事だ、とだけ伝えておいて。必ず、魔人討伐の軍議を開くからその場で、ね』」
「了解〜〜」
「今は、従者ロココどのでござるな!? なんと申された!?」
「無事だから心配しないで、だってさ。あとで軍議のときに詳しく教えてくれるって」
凪早ハレヤの言葉に、視線を彷徨わせる胤泥螺だが、グッと目を閉じると一歩引き下がった。
「今はただ、そのお言葉を信じるのみ……」
「大丈夫だって〜。それよりさ、絶対、魔人を倒そうよ!」
「無論にござる」
キリッと眉を引き締め、凪早ハレヤを見上げる胤泥螺の目が、爛々と輝いている。その瞳の奥には、覚悟を超えた強い意志が見て取れた。
出会った時から眼光鋭い男だったが、幾つかの戦いを経て、さらにその鋭さが増したように感じられた。
「(……こんな人が敵じゃなくて良かった〜……)」
全身に鳥肌が立つのを感じながら、凪早ハレヤはそう思わずにはいられなかった。そんな凪早ハレヤに胤泥螺は頭を下げると、台車のあとを追うように小走りで去って行った。
◆
「おう、ハレヤ。速かったな」
「やっほ〜い」
皇都の大社の上までやってくると、中央の一際大きな屋根の上に、グスタフが佇んでいた。
人々の声が飛び交う大社周辺に対し、大社の敷地内はひっそりと静まり返っているようだった。裏手の方から立ち昇る給仕の匂いに、思わず凪早ハレヤのお腹が鳴った。
「腹空かしてる場合じゃねーだろ」
その肩の上に止まったグスタフの憎まれ口に、凪早ハレヤも肩をすくめるしかなかった。
「腹が減っては戦も出来ぬ、っていうじゃ〜ん? 大事なことだよ」
「わかったから早く行け」
「あれれ? グスタフが案内してくれるんじゃないの〜?」
「ナビゲートだけだ。甘えんな」
「あっはは〜、ズボラさんだな〜」
そんな調子で、グスタフのナビの下、凪早ハレヤは空理布の部屋へと向かった────。
────しばらくののち。
「無いよ〜。無い無い」
「『……絶対にあるはず。もっとよく探してみて』」
「えええ〜? 棚のものはぜ〜んぶ出しちゃったんだけど?」
床に散乱する書物を眺めながら、凪早ハレヤは首を傾げるしか無かった。空理布の部屋をひっくり返さんばかりに探し回ったにも関わらず、目当ての物が見つからないのだ。
「『隠し扉とか、無い?』」
「隠し扉ね〜……」
部屋の壁から天井まで、くまなく触って回る。しかしそれらしい手触りは感じられなかった。
「な〜い〜よ〜、隠し扉なんて。壁も天井も触ってみてるけどさ〜」
「『床は?』」
「床? 畳だよ〜ん」
「剥がしてみろ、ハレヤ」
「えええっ、マジで〜?」
部屋は8畳。凪早ハレヤは散乱する書物を端に避けると、渋々ながら、真ん中に並べられた2枚の畳の間に指を突っ込んでみる。
「……おろろ? すっぽり入っちゃうぞ!」
畳はもっと、キッチリ敷き詰められているものと思っていたようだが、そうではないようだ。
「よいしょっと!」
真ん中の畳のうちの1枚を持ち上げると、下から現れた床板がまばらに置かれているのが目に入る。
「床下に……何かあるぞ!?」
床板の隙間から差し込む明かりで、石盤のようなものが目に映る。畳を支える凪早ハレヤを尻目に、グスタフが床板の隙間から床下に滑り込んだ。
「……ビンゴだ、ロココ」
◆
「やっぱり、この天使文字を用いれば、同じ悪魔が召喚できるみたい」
「ええ、そうですわね」
凪早ハレヤが急ぎ持ち帰った『魔人召喚ノ書 −焔−』と、床下にあった石盤のスマホ写真とを見比べていた蔦壁ロココが、顔を上げてニコッと微笑んだ。
「やったね!」
『魔人召喚ノ書 −焔−』は2枚の羊皮紙を織り込んで、その端を紐で閉じただけの非常に簡素なものだった。書の中身は、召喚ゲートに似た魔法陣と天使文字が描かれており、あとは説明文らしきものが記載されているだけだった。
それでも、蔦壁ロココとミュリエルには十分な情報量のようだ。
「それにしても天使の魔術である精霊魔術で、悪魔召喚の儀式が出来る、ということ自体が意味不明ですわ」
蔦壁ロココの横で覗きこんでいるミュリエルが、不機嫌そうに眉をしかめる。抱きしめるクマのぬいぐるみも、冷たい瞳で俯いていた。
そんなミュリエルに、蔦壁ロココが説明文の一箇所を指さしてみせた。
「……『最後に、この世の法則を贄とせよ』。……ねえ、ミュリエル。これって、なぜ必要だと思う?」
「法則が異常停止したなら、天使の防衛システムであるバグ玉が発生しますものね。まるで、あたくしたち異世界ウォーカーをわざわざ呼び寄せているような……」
怪訝そうな表情のミュリエルが、さらに顔をしかめる。そしてポツリ、と呟いた。
「……フィクサー……」
蔦壁ロココがチラリとミュリエルに視線を投げかける。
「あたくしですら、今の今まで、悪魔が異世界に現れると法則のひとつが異常停止して、それでバグ玉が発生すると思っていましたけれど……このような書が存在し、精霊魔術によって人為的に法則を異常停止できるということを知った今、誰かの手によって意図的に何かが行われているという陰謀論を肯定せざるを得ない気分で一杯ですわ。だとしたら……彼女の仕業としか考えられませんもの」
「……フィクサーなんて……そんな人が、本当にこの世にいるのかな……?」
『魔人召喚ノ書』に視線を戻しながら、蔦壁ロココが小さく囁く。
「フィクサーは実在いたしますわ。『異世界の狭間を統べる者』、それがフィクサー。……そして、あたくしたち、異世界ウォーカーの原型となられた方ですもの」
蔦壁ロココは『魔人召喚ノ書 −焔−』に視線を落としたままで、押し黙っている。
「────何をしようと企んでおられるのかしら、フィクサーは……」
不意にその場を支配する冷たい空気。凪早ハレヤは蔦壁ロココとミュリエルの顔を交互に見比べるしか無かった。
「……その、フィクサーってなになに? 知り合い?」
凪早ハレヤの問いかけに、二人は口を閉ざしたままで答えない。
「リリー、だろ」
凪早ハレヤの肩で佇むグスタフが、溜め息混じりにそう言った。
「リリー? リリーって、蔦壁の口癖の人だっけ? 『細くて優しくて安心するのがお母さん、柔らかくていい匂いがするのがリリー、厚くて硬くて臭いのがマーカス』って口癖と、大きな鎌を持ってる女の人っていう?」
「あら……珍しいですわね、その事をお話になったなんて」
ミュリエルがプウっと頬を膨らませて不満そうに言い放つ。蔦壁ロココは小さく苦笑して、首を横に振った。
「でもね、ホントにはっきり覚えていないの。サイスを持ってて、柔らかくていい匂いがすることぐらいで……」
「……まあ、よろしくってよ。今は、それをどうこう言っている場合ではありませんものね」
「うん」
蔦壁ロココが顔を上げて、ミュリエルに微笑みかける。ミュリエルはキュッとクマのぬいぐるみを抱きしめると、腰を落として小さく会釈を返した。
そんなことより、早く魔人を召喚しちゃお~ぜ~!




