【66】抗魔誘眠の漣
「何をしよるかくっそアマがああああっ!!! 売女の分際でぇっ、魔人様に楯突きおってええええええええぇぇぇっ!!!」
「紅梨沙理、あなたは魔人に魂を操られながらも、杜乃榎のことを……」
「髻華羽さん! 今こそ『抗魔誘眠の漣』を!」
「はい!……わたくしの心は今、言い様のないほどに燃え上がっております!」
雨巫女髻華羽に、もはや迷いは一点も無い。キリッと眉を引き締め、キッと口を固く結ぶと、神楽鈴『御譜音』を両手に構えた。
そして小さく揺らすように「シャンシャン」と鈴の音を掻き鳴らし、ゆっくりと円を描くように動かし始める。
「古の 霊山連なる 御霊の地
鮮やかなりし 紅葉の 山嶺貫く清流に
大海渡る 駿風の 雨滴となりて
いざ 導かん────」
和歌を詠むが如くの詠唱に、神楽鈴『御譜音』の鈴音が木霊する。雨巫女髻華羽の目の前の水晶球が水色の光を満面と湛え、『嘆きの目禍手衆』の力に軋む操舵室を染め上げた。
「ええいっ! 何をしておる闇海の塵屑よ!! 早う天空城を握り潰さぬかあああッ!! 愚砂巨兵どももボヤッとするでない! さっさと二の弾を放て木偶の坊めがああああああああッ!!!」
狭紆弩の金切り声に、『嘆きの目禍手衆』が「ブモモモモモモモ……」っとくぐもった声を上げる。皇都防衛ラインの向こうでは、五体の巨石兵が火球を放った勢いでのけぞった体勢を立て直し、再び両手を突いて構え始めた。
「頼むよ、『鬼蜻蜒』! 天空城を制止させ、髻華羽の術を発動させるんだ!」
凪早ハレヤはグッと目を閉じると、突き上げてくる吐き気をどうにか押さえこみ、激しく揺れる身体をただひたすらに静止させるイメージを頭に描き出す。
天空城が大きく身を震わせるように戦慄いて、『嘆きの目禍手衆』の力に抵抗する。
一瞬の静止が訪れたのを見計らったように、雨巫女髻華羽が厳かに、すうっと神楽鈴『御譜音』を前方に突き出した。
「一気に参ります!────古来よりの習わしに従いて、雨巫女が声に応えよ」
両目をカッと見開き、凛とした声を響かせて、雨巫女髻華羽が神楽鈴を振りかざす!
「第一の波は、閑やかに────!」
シャーンと神楽鈴を振り下ろす! 瞬間、天空城の周囲に波紋のように、水色の光輪が幾重にも広がった!
天空城を握りしめていた『嘆きの目禍手衆』の凪早ハレヤを凝視していた無数の紫色の目が、恐怖に怯えたようにカッと見開かれ、グリグリとあらぬ方向を向き始める!
「寄せて返す第二の波は、力を漲らせ────!」
再び振り下ろされた神楽鈴とともに、水色の光の輪が一気に収縮する!
それと同時に、『嘆きの目禍手衆』がバラバラに切り裂かれた!
「キイイイイイイヘェエエエエエエエエエ……!」
泣き叫ぶような悲鳴を上げて、霧散した『嘆きの目禍手衆』の肉塊が、黒い靄となって掻き消える。
「なななん、んぁんとおおおおおおおお!!!」
「おおおっ! すげええええっ!! 目眩が一気になくなった!!」
「流那鈴、シールド全解除! 凪早くん、一気に降下よ!!」
「流那鈴、シールド全・開・放するの……」
「うっしゃあああああ!! いっくぜええええ!!!」
流那鈴が両腕を打ち払うように大きく広げると、天空城がガクンと大きく揺れて、兵たちが体勢を崩して悲鳴をあげる。
「みんなしっかり掴まってろよおおおおおお!!」
凪早ハレヤがグンと身体を沈み込めると、ヒュンと風を切り裂いて、まるで弾丸のごとく天空城が一気に急速落下し始めた!
「速い! もう高度200を切りましたなのです!」
「真茱鈴、流那鈴! 第三波発動の共鳴準備!!!」
「了解なのです!」
「流那鈴、最強全力MAXパワーなの……」
「すべてを飲み込む第三の波よ────」
目を閉じて、一点の迷いもない澄んだ表情の雨巫女髻華羽が、シャンシャンと神楽鈴を響かせて大きな円を描いていく。
それに同調するように、真茱鈴と流那鈴が両手を合わせて頭上高くに振り上げる。
「青い青い空の下〜〜」
「深い深い闇の中〜〜」
その横で、精霊力を注入し続ける蔦壁ロココが、自信に漲る表情で顔を上げた。
「天空城精霊力エネルギー充填率200%! 髻華羽さん、行けるわ!」
「八百万の御霊とともに、魔を祓いて深き床に横たえよ────!」
『嘆きの目禍手衆』を破られて、弾丸のように迫ってくる天空城に、大軍勢がたじろいだ。
悪魔術を封じられた魔人軍が、混乱をきたして意味不明な怒声が飛びかい始める。
「うおおおおっ! 目標高度、到達うぅぅぅっ!!!!」
凪早ハレヤがグンッと両腕を広げた瞬間、天空城がグググッと傾いで宙でピタリと静止した!
「ひいいいいいいいいいっ!!」
天空城の真下、真っ赤な目をした狭紆弩が恐怖に両目を見開いて腰を抜かしていた!
雨巫女髻華羽がカッと両目を見開いて、神楽鈴を打ち鳴らす!
「────抗魔誘眠の漣!!」
振り下ろすと同時、シャーンと神楽鈴が鳴り響き、天空城から水色の光輪が幾重にも広がっていく!
「うぎゃああああああああああああ!!!」
天空城を中心に冷たい漣が兵たちの足元を駆け抜けて、赤い目をした兵たちが顔を掻きむしりながらのたうち回る。
水色の光輪は、皇都防衛ラインをすり抜けて、遠く五体の巨石兵の元にも打ち寄せた! 巨石兵の口の中に溜め込んだ燃え盛る炎を消し去って、頭上に渦巻く黒い靄を吹き払う!
そして冷たい漣は何度も何度も広がって、ついにはすべての十痣鬼が地面へと倒れ伏した。
頭上すぐ近くで煌々と輝く水色の光輪に、大軍勢は一人残らず圧倒されて、言葉を失った。
肩で息をする雨巫女髻華羽の頬を、幾筋もの汗が伝い落ちる。
「どんな魔であろうと、雨巫女の前では平伏すのみでございます────」
雨巫女髻華羽の言葉に天空城が歓声で沸き返る。真茱鈴と流那鈴も、大きな耳をピンと立て、「きゃあきゃあ」と歓声を上げながら飛び跳ねている
「雨巫女の力で、十痣鬼は深き眠りについた! 魔人軍を掃討するは今ぞ!」
蒼竿銃を高々と掲げる皇子空風円の声が、拡声器に乗って戦場一杯に響き渡った。
圧倒的じゃないか、我軍は!(フラグ




