【63】皇都防衛ラインの戦い
「ただいま高度2400m! 間もなく、皇都防衛ライン上空に到達しますなのです! 右舷よし、左舷よし、船首船尾もよし! バランサー順調作動中なのです!」
「流那鈴、防護シールドを最強コントロール中なの……」
操舵室に真茱鈴の元気な声と、流那鈴の落ち着いた声が響き渡る。二人とも、大きな耳を忙しなくピクピクと動かして、どこか緊張している様子だ。
すでに陽は高く昇っている。雨巫女の加護力によって呼び寄せられた雨雲も、今は少しずつちぎれ始めていた。
そして雨雲のはるか上空、晴天を輝かせる太陽の側には、夜映が薄らと姿を見せていた。
「普段であれば、日中は姿が見えませぬのに……」
不気味に浮かぶ夜映を見上げ、雨巫女髻華羽がポツリと漏らした。
「総員、確認! 蒼竿銃兵一人に護衛兵二人! 三人一組になっているか?」
「蒼竿銃兵の射撃は個別の判断に任せる! だが弾数は限られてんだ、一発必中を心がけてくれ」
「『偃月の陣』を崩すでないぞ! 部隊ごとに魔人軍の各個撃破に専念じゃ!」
天空城の土台部分で出撃に備える胤泥螺と霧冷陽と午羅雲が、部隊を編成する兵に気合を入れている。「おう!」と勇ましい声が轟いて、兵たちの士気の高さを伺わせた。
部隊は三部隊。それぞれ、胤泥螺と霧冷陽と午羅雲を部隊長として、三方に向かって展開、黒套呪術師一団の各個撃破を目指すことになっている。
黒套呪術師一団の位置は、メインモニターからプリントアウトした大軍勢の陣形から入念に確認済みだ。合計108ヶ所に、紫色の丸が陣形図上に描かれている。
「魔人が姿を現わしたら、十痣鬼の解放を終えるまではわたしたちに任せて欲しいの。でも、十痣鬼を解放したあとの魔人のトドメは、胤泥螺さんたちにお任せします」
「承ってござる!」
「腕が鳴る! 派手にやってやりましょう!」
「ワシらが団結すれば、敵の罠も何のそのじゃ!」
蔦壁ロココに応えて、兵たちの威勢のいい声が響いてくる。気合十分、今にも飛び出して行きそうな勢いだ。
「皆、私の突撃指示を待つように」
こういう時でも、皇子空風円は落ち着き払っているようだ。凪早ハレヤも感心せずにはいられない。
蒼竿銃を携えた皇子空風円は、本隊旗を掲げた少数の老兵たちとともに、天空城の甲板に陣を構えている。拡声器を通じて、敵の大軍勢に呼び掛ける準備も万端だ。
「万が一にも、敵が本陣に切り込んでこようものなら、ワシのこの剣が唸りをあげましょうぞ」
「昔とった杵柄じゃあ! 若いもんに遅れを取ってばかりもおれぬ!」
「馬さえあればどこまでも突撃出来るのじゃがのう! 口惜しや!」
突撃部隊の足手まといにならないように、という配慮からだが、皆、老いてなお血気盛んなようだ。歴戦の強者ともなれば年齢も老いも関係ないということを、凪早ハレヤはボンヤリと感じていた。
「ふぃ〜〜、それにしてもおっもいね〜天空城。これでも全速力なのに、なっかなか動いてくれないや」
「今のままで大丈夫よ、凪早くん。十分に速いから」
天空城の『彌吼雷の間』。凪早ハレヤは、コクピットに据え付けられたグローブとブーツだけを身につけ、宙を漂っている状態だ。この体勢でも、その飛翔力は天空城にしっかりと伝わっているようだ。
上下のアップダウンも、横の旋回も、凪早ハレヤの思うがままに天空城は推進している。
「でもさ〜、もっとさ〜こうさ〜、ビューーーーーンって感じでさ〜。そしたらカッコイイよね〜」
「もともとそういう目的の建造物じゃないから。無理すると、大きくバランスを崩し兼ねないわ」
「真茱鈴がバランサー制御しますなのです! だから彌吼雷さま、無茶をなさっても大丈夫ですよなのです!」
「うう〜〜ん、真茱鈴はいい子だね〜。よぉ〜〜し、無茶してみよっかな〜?」
「やめなさい」
「流那鈴も天空城で大空を荒ぶりたいの……」
「ほーら、凪早くんが変なコト言うから、真茱鈴ちゃんも流那鈴ちゃんも悪い子になるでしょ?」
「あっはは〜、いっけないオトナだ〜!」
「彌吼雷さまはちょいワルなのです!」
「トトさまに似てるの……」
「……ハレヤとオレがなんだって?」
「揃いも揃ってクソガキじゃ!!!」
緊張感の漂っていた天空城に、笑い声が溢れる。
天空城に精霊力エネルギー注入を行っていた雨巫女髻華羽も、皆のやりとりにクスっと微笑んでいた。
「流那鈴が報告する天空城の精霊力エネルギー充填率……ただいま260%、目標充填率を超え、まだまだ充填中……髻華羽お姉さまとロココさまの精霊力、凄いなの……」
「それだけあれば十分すぎない〜?」
ゴーグルの左端に映る『天空城精霊力エネルギー』のを眺めながら、凪早ハレヤがボンヤリと問いかける。天空城に初めて乗り込んだ時、紅梨沙理と真茱鈴と流那鈴では、100%を維持するのがやっとだったはずだ。
「ううん、そうでもないの。『抗魔誘眠の漣』は超虹雷砲以上にエネルギーを消費するから。今のところ2回は発動出来ると思うけど、相手の攻撃を防いだりすることも考慮すると、もうちょっと充填しておいてもいいぐらいだと思う」
「げげげっ、そうなのか〜。食いしん坊だな〜、『抗魔誘眠の漣』って」
凪早ハレヤの言葉に、雨巫女髻華羽がキッと表情を引き締める。
「激しい戦闘になりますれば、充填の余裕もございませんでしょうから……」
「なっるほどね〜」
蔦壁ロココのことだから、それを考慮しないわけは無いだろう。さすがだな、と思う反面、武者震いで鳥肌が立つような感覚を覚えた。
「ただいま、目標地点に到着なのです! 皇都防衛ライン直上なのです!」
「高度は2400mを維持してるの……」
「グスタフ、皇都の『天空城転送装置』の状況はどう?」
「『動きなし、だ。見張り兵しかいねえ』」
「了解、ありがとう。空風円さん、髻華羽さん。予定通り、このまま降下を開始してもいい?」
「ああ、頼む」
「参りましょう────杜乃榎と周辺国の、未来のために」
「凪早くん、目標高度は5m以下。最低でも『抗魔誘眠の漣』の射程圏、高度50mまでは降下してね」
「まっかせてよ!! いっくぜええええええ!!!」
元気な掛け声とともに、凪早ハレヤがグンと身体を沈めこむ。すると、天空城は「グゴゴゴゴ」という大きな低い重低音と共に降下し始めた。
急速な降下の、フワッと吸い込まれるような感覚に、誰もが腰を低くして身構える。
灰色の雲海へ突入すると、「ヒュウウウウウウ」という風切り音と細かな振動が天空城を包み込んだ。
「高度1000……高度980……」
「真茱鈴はこのまま高度とバランサー管理、流那鈴は敵攻撃に備えて防護シールド管理、髻華羽さんとわたしは目標高度ギリギリまでエネルギー充填を続行」
「わかりました」
「はいなのです!」
「了解なの……」
「高度800! まもなく、雨雲を抜けますなのです!」
分厚い雨雲を掻き分けるようにして抜け出すと、眼下に皇都防衛ラインの大軍勢が姿を現した。皇都防衛ラインの城壁から、皇都を囲う堀まで、ギッシリと兵が埋め尽くしている。一面に薄らと白い靄がかかり、その下で篝火がオレンジ色に瞬いていた。
その光景に、兵たちから「うああ……」という動揺の声が漏れる。
「数に怯えるでない! 我らには天空城がある!」
「雨巫女の加護の下、皆が力を合わせ魔人の力を跳ね返すのだ!」
霧冷陽と胤泥螺の叱咤激励を掻き消すかのように、直下の連合軍から、太鼓や銅鑼の音が「ドーン! ジャラジャラジャラー!」と突き上げてきた。そして、大軍勢から轟くような雄叫びが湧き上がる。
「うっひゃあああ、これぞまさしく合戦! って感じ!」
いよいよ大軍勢の中へ突撃~! ヒャッハー!




