【05】従者になる!
興奮して意味不明な言葉を口走る凪早ハレヤに、蔦壁ロココは「ん?」とばかりに小首を傾げた。
「……わたしの従者になってくれるってことでいいのね?」
「おうともさ! ね、どうすればいい? 何をやればなれる? 教会に行く? それともMMORPGみたいに適正試験クエストを受けるとか?」
「落ち着いて。すぐに終わっちゃうから」
そう言うと、蔦壁ロココはゴソゴソとマントの内側を探った。
そして御札のようなものを取り出すと、凪早ハレヤのおでこにペタリと貼り付けた。
「あれれ? なにこれ?」
「『従者契約の護符』。これから契約の魔法を唱えるから、そこから動かないでいてね」
蔦壁ロココは両手に錫杖を構えると、凪早ハレヤに貼り付けた護符に向かって錫杖をかざした。
そして小さく円を描くように錫杖を動かしながら、口早に小声で詠唱し始める。
「天宮に舞い踊りし 白き翼のはためきよ
我らが古の盟約により 新たなる信徒に導きと祝福を
泡沫なる霊人に給いし 虹玉の泉に浴さん────」
蔦壁ロココが錫杖を高々と天に向かって突き上げる。その瞬間、錫杖の遊環がシャリンシャリンと激しくわななき始め、頭部に付いたプリズムが真っ白な光を煌々と放ち始めた。
「我、ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンの名において
汝、凪早ハレヤと主従の契りを交わさん!
────セイクリッド・オース・フォー・ア・ファミリア!」
言い放つと、凪早ハレヤの頭めがけてブンとばかりに錫杖を振り下ろす!
「おおおおおおお!?」
「パリーン!」と薄いガラスが弾けるような音が響いて、護符が弾け飛ぶ。
そしてホワホワしたぬくもりと真っ白な光が、二人を優しく包み込んだ。
「これより、凪早ハレヤはわたし、ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンの従者となりました。以降、わたしの命に背くことは許しません。万が一にも、わたしの命に背いた時には────」
蔦壁ロココは冷たい視線で凪早ハレヤを見つめると、シャリーンと錫杖を鳴らして地面に突き立てた。
「────我が生命と引き換えにしてでも、その御霊を奪い去り、地獄の業火に投げ入れましょう」
その冷たい視線に釘付けになる凪早ハレヤ。知らず、言葉を口にしていた。
「身命を賭して、我がマスターに付き従わんことを誓うものなり────」
柔らかな白い光の中、時が止まったかのように、視線を交わして見つめ合う。
蔦壁ロココの冷たい視線は、いつしか温かな光を帯びていた。そしてその頬は、ほんのり染まっているように見えた。
心臓がトクトクと鼓動する音だけが耳に届き、いつまでもこうしていたいと願わずにはいられない。
二人だけの優しい時────。
やがて静かに白い光が消えると、ヒュウと冷たい風が吹き抜けた。
「この風はよくないわ……ミュリエルの腐乱屍人たちが目覚めちゃう」
蔦壁ロココは首を横に振りながら、深い溜め息をついた。
「じゃあ、急がなきゃね!」
「うん。でも森の中に入る前に、3つだけ準備と確認」
言いながら、蔦壁ロココが白くて細長い指を3本立てる。
「オッケイ! 1つ目は何かな?」
「まずは、『ステータススクリーン』の起動。凪早くん、左手の甲を見て」
「左手の甲?」
言われるがままに左手の甲に視線を走らせる。すると、そこには青白い紋様と『1』の文字が浮き上がっていた。
蔦壁ロココの左手の甲に浮き出ているものと同じだ。
「それはわたしとの従者契約の証。その紋様が浮き出ているときは、凪早くんは従者の力を行使することができるの」
「へえええ〜」
「その紋様をタップしてみて」
「紋様をタップ? ほい」
言われるがまま、凪早ハレヤは左手の甲をタップしてみる。すると、「ポーン」と頭の中で音が鳴ったかと思うと、左手甲の上に透明なスクリーンのようなものが浮かび上がってきた。
「おおおお! なんだこれ!?」
「それが『ステータススクリーン』。凪早くんの『レベル』や『装備』『スキル』とか、今現在の状況が確認できるから」
「MMORPGのステータス画面みたいなもんか! って、『初心者 レベル1』……えええっ!? どういうこと!?」
「見たままだから……」
「うっそー、『超オーロラ銀河勇者 レベル999』とかじゃないのー? ヤダー」
「ハレヤくんなら頑張れば勇者になれるよ、きっと」
そう言って、蔦壁ロココはクスっと笑った。
「2つ目だけど、装備とスキルの確認」
「ほいほい、装備とスキルね〜」
凪早ハレヤは、おもむろにステータススクリーンを横にスライドさせた。すると、『装備』『スキル』の順にページが切り替わっていった。
「装備武器は何になってる?」
「武器は……『なし』ってなってる。防具も無し! ハダカ!?」
ビックリしたように言うと、凪早ハレヤはキョロキョロと自分の身体を見渡し始める。
「心配しなくてもちゃんと制服着てるから……。じゃあ現在の取得スキルは?」
「ええっと……スキルは『初心者専用・超アタック』『初心者専用・超ガード』『初心者専用・超ラッキー』の3つだね。……その横に、弾丸みたいなのが3つずつ並んでるけど?」
蔦壁ロココはわかっていたと言わんばかりに「うんうん」と頷いた。
「スキルには使用回数制限があるの。『スキルバレット』って呼んでるその弾丸表示が、スキルの使える回数」
「うっひゃ、そうなのか! 3回ずつしか使えないって……MPとかそんなんじゃないの!?」
「スキルバレットは、『日付が変わる』『精霊力をチャージする』『レベルが上がる』の3つの回復方法があるの。それとレベルが上がれば、スキルバレット数も増えるから」
「なっるほどね〜。レベルをサクサク上げちゃえばイイわけだ!」
「うん、そういうこと。ちなみに、レベルが上がった時はマスターの承認が必要なんだけど……」
「それって、経験値が貯まっても、蔦壁の承認が無いと次のレベルに上がれないってこと?」
「うん。でも今は『自動承認』にしておくね。これが3つ目の準備。左手、出してくれる?」
「やったー、ほいさ」
凪早ハレヤは蔦壁ロココにいそいそと近づくと、素直に左手を差し出した。蔦壁ロココは錫杖を脇に挟むと、凪早ハレヤの手をそっと両手で包み込んだ。
「我、ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウル……ふわっ!?」
詠唱の途中、突然、蔦壁ロココの身体が浮かび上がる。マントの端がフワリと風をはらんで膨れ上がり、スカートの端がはためいた。
思わず、凪早ハレヤの手をギュッと握りしめてしまう。
蔦壁ロココの細くて小さな手の温かな感触に、凪早ハレヤは思わず笑みがこぼれた。
「あはは。触れるもの浮かせずにはいられないね!」
「ホントに……びっくりしちゃった……」
「このまま二人で、雲の上まで出ちゃう?」
蔦壁ロココは首を横に振ると、真剣な眼差しになった。
「急いで承認するね。
我、ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンの名において
汝、凪早ハレヤの新たな進化を承認せん
────オートマティック・レベルアップモード!」
「シュン!」と風切り音がしたかと思うと、凪早ハレヤの左手の甲が青白い光を放つ。
ステータススクリーンには、『レベルアップ自動承認モード』の文字が映し出されていた。
「うん、これで大丈夫」
頷くと、蔦壁ロココはすぐに手を放し、フワリと軽やかに地面に降り立った。
「サンキュー。これで経験値が入ったら、どんどんレベルが上がっていくんだね?」
「うん。レベル10を超えると初心者卒業が可能で、専門スキルを取得できるようになるから」
「オッケー! よーし、バッサバッサとモンスターぶっ倒して、ガッツリガッツリレベルアップして、『超弩級のビッグホーン勇者』になってやる!」
「また変わってる……」
苦笑いを浮かべると、蔦壁ロココは一歩下がって、錫杖をクルリと回した。
「暗雲満ちる月 欲念漂う凍夜の水面
暗鬱なる濁流に浮かぶ 非業の闇火よ────
我が手足に代わり 邪敵討つ礫となれ!
────烈! 破! 剛! 防! い出よ! グラヴィティストーン!!」
錫杖のプリズムが緑色の光を放ち、蔦壁ロココの足元に緑色に発光する魔法陣が現れる。そしてその魔法陣の中から、人の頭ほどの大きさの4つの岩石が現れた。
岩石は、薄く緑色の炎のようなものに包まれている。
「烈・破は攻撃主体、剛・防はわたしの護衛に専念!」
蔦壁ロココの声に、現れた岩石が2つ一組となって蔦壁ロココの周りをグルグルと回転し始める。まるで、彼女を守るかのように。
「おお、かっけえ! ファンネルか!?」
「これで準備は終わり。とりあえず、ミュリエルの居城まで行きましょ。詳しい話はその後で」
「オッケイ!……って、武器が無いんだけど、どうすれば〜?」
「武器はミュリエルにお願いして、貸してもらおうと思うの。それまでは『初心者専用・超ガード』と『初心者専用・超ラッキー』を上手く組み合わせて、敵の攻撃を凌いでほしいの」
「えええっ、モンスターをボッコボコにしてレベルアップしたいお〜。我が麗しの黒髪姫を、ビシバシお守りしたいのら〜」
「黒髪姫?……その呼び方、ちょっと恥ずかしい」
「んふふっ、いいじゃん! 我が主を敬い奉るに相応しい呼び名だよ!」
さっきまでブーブー言っていた凪早ハレヤだが、コロッとニコニコ顔に変わっている。蔦壁ロココは諦めた様子で、肩を落として溜め息をついた。
「遅れないようについてきてね」
蔦壁ロココはマントを翻すと、錫杖を両手に構えて森に続く小道を駆け出した。
「よぉおおおしっ! 行くぜええええええええ!!」
凪早ハレヤも元気よく右の拳を突き上げると、すぐさま蔦壁ロココを追いかけ始めた。
ようやくミュリエルの森へ。何が出ますかね~?