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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆最終章 そして伝説に、俺はなる!
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【58】夜映の下で

 深夜。

 明日に備えて、通常なら深夜警備に当たる兵すら寝入っている。天空城は低い振動音が微かに聞こえるだけで、静まり返っていた。


 そんな中、凪早(なぎはや)ハレヤは天空城の社から出ると、あたりをキョロキョロと見渡した。


「……あああ、いたいた」


 蔦壁(つたかべ)ロココの姿をみつけると、ゆっくりと近づいていく。

 蔦壁ロココはスマホをかざして、夜映を見上げている様子だった。脇に抱えた錫杖の頭部が、仄かに白い光を放っている。


「蔦壁〜」


 凪早ハレヤが声をかけると、チラリと視線を投げかけてくる。


「凪早くん、まだ寝てなかったの?」

「俺は昨日から寝過ぎだから」


 親指をビッと立てながら横に並ぶと、蔦壁ロココがクスリと微笑んだ。


「蔦壁のことだから、書物庫に篭ってるのかと思ったよ~。髻華羽も巻き込んでさ~」

「そんなに大した用事じゃないから」

「ホントかな~?」


 ニヤニヤする凪早ハレヤを気にもとめず、蔦壁ロココはジッと夜映を見つめていた。


「スマホで夜映を眺めてるの?」

「うん。夜映を撮ってたの」

「何か変わったことはあった?」

「うん……」


 どこか沈んだ面持ちで、蔦壁ロココはそっとスマホを差し出した。


「見て」


 そう言って、天空城の社と一緒に写る夜映の写真を指し示す。


「これが今撮った写真。そして、これが四日前に撮った写真。……ここでは昨晩、ね」


 白くて細い指で、写真を交互にスライドしてみせる。


「うわわっ、大きくなってるね!」

「でしょ?」


 同じ場所から撮ったであろうことは、天空城の社がほぼ同じ位置同じ角度で写っていることでよくわかる。その背後に少しだけ掛かるようにして佇む夜映の大きさが異なっているのは、一目瞭然だった。

 凪早ハレヤは、蔦壁ロココのことだからきっと比較しやすいようにと何度も慎重に撮り直してたんだろうな、と思わずにはいられなかった。


「一晩でこんなに大きくなってるんじゃ激ヤバだよね! これは早くしないと!」

「うん」


 厚く広がる雲を照らし出す夜映を、黙って見上げる二人。そよそよと夜風が吹き抜けて、蔦壁ロココの髪をそっと掻き上げた。


「それとね……」

「うん、なに?」


 蔦壁ロココの方から切り出すなんて珍しい、なんてことを思いつつ、凪早ハレヤが蔦壁ロココに視線を向ける。

 蔦壁ロココは夜映を見上げたままだ。白い横顔が、どこか青ざめて見えた。


「……夜映の物語を思い出していたの」

「物語? 髻華羽が話してくれたやつ?」

「うん。……もしお母さんのヤハエが、薬のせいで自分自身が鬼になっていることを知っていたら……ジャルカナが自分のお母さんが鬼に変わっていることを知っていたら……あんな悲しい結末にはならなかったと思うの」

「そうだね……あの物語を考えた人は、なんであんな結末にしようと思ったんだろうね」


 天空城を包み込む防護シールドを抜けて、夜の冷たい風がヒュウと蔦壁ロココの髪を掻き上げる。黒いマントが小さくはためいて、錫杖の遊環がユラリと揺れた。


「どんな時でも一寸先は闇……未来を照らし出すには、正しい知識と情報、そしてそれらを繋いで行く想像力と思考力が必要だ……」


 そっと、蔦壁ロココが囁くように言葉を紡ぎ出す。


「誰の言葉?」

「マーカス。師匠のマーカスが言った言葉。……マーカスもね、迷った時はいつもミュリエルと一緒に情報を探してた。わたしも一緒になって、本を読み漁ったわ」

「偉いね、蔦壁の師匠は」

「うん」


 小さく頷くと、蔦壁ロココは「ホウ」とひとつ溜め息をついた。


「……何か気になってるの?」

「え?」

「一緒にいる時間が長いからさ、ちょっとはわかるんだよね。蔦壁が悩んでるのかどうか、とかって」

「そうなんだ……」


 頭の後ろで手を組んで、蔦壁ロココに微笑みかける凪早ハレヤに、蔦壁ロココは小首を傾げてみせた。


「蔦壁って、目的がはっきりしてる時は一心不乱に書物やデータを漁るでしょ。でも悩んでる時は、そうやってジッとして何かを考えてる感じ」


 凪早ハレヤの言葉に、蔦壁ロココが目を丸くする。


「……そういえばそうかも」

「でしょ?」


 ちょっと得意気に、凪早ハレヤが鼻の下をこすってみせる。ミュリエルの言っていた言葉そのままだが、蔦壁ロココの図星を得ているようだった。


「いい気になってんじゃねーぞ、ハレヤ」


 蔦壁ロココのマントの中から、グスタフが憎まれ口を叩く。


「あっはは〜、いいじゃんか少しぐらい。……で、何を悩んでるの?」

「うん……」


 蔦壁ロココは眉を潜めると、そっと俯いた。

 再び、冷たい夜風が二人の頬を撫で付ける。

 眼下で揺れ動く、厚い雲。大きな丸い夜映が、じっと二人を見下ろしている。


「……紅梨沙理(グリサリ)さんのこと……」


 消え入りそうな声で、そう呟いた。

 凪早ハレヤは「ハッ」として、蔦壁ロココをジッと見つめた。


「……紅梨沙理さん?」


 黙ったまま、蔦壁ロココが頷いた。


「なんで?」


 二人の間を、静かに夜風が吹き抜ける。蔦壁ロココは夜映を見上げ、黒縁眼鏡がキラリと月光を照り返している。


 しばらくの沈黙のあと、そっと凪早ハレヤに視線を向けた。


「凪早くんは思わなかった? ずっと昔の事とはいえ、別れただけなら魔人に魂を売らなくても、自分で探しに行けばいいのに……って」

「んああ……そういえばそうだね」

「でしょ? 雨巫女の職を退いてなお、紅梨沙理さんがそうしなかったのは……」

「何か理由があるんだろうね。魔人にすがりたくなるような理由が」

「うん……だから、助けてあげたいの」


 蔦壁ロココが、キリッと眉根を寄せる。その視線が、凪早ハレヤの脳裏に何かを呼び起こした。


「……んああ、あれ? あれあれ〜?」

「どうしたの?」


 いきなり、おおげさに首を傾げ始めた凪早ハレヤの様子に、蔦壁ロココが尋ね返す。


「なんか今、俺すっげデンジャラス!! 今の蔦壁の眼って、どこかで見たことある気がする!」

「……それを言うならデジャヴ、じゃない?」

「あああ、そうそう! それ!」


 ビッと人差し指を差して見せる凪早ハレヤに、蔦壁ロココは小さく苦笑した。


「……気のせいじゃない? 最近、いつも一緒だし」

「いやあ〜、そうじゃないよ! なんだっけ? ミュリエルさんとこのバグ玉から情報引き出した時の映像……んん〜、ちょっと違うな?」


 頭に人差し指を当てて首を捻る。


「あれれ〜? なんだっけな〜??」


 チラリと蔦壁ロココに視線を送るが、蔦壁ロココはわからない、といった様子で首を横に振った。


「わたしに聞かれても困るから」

「だよねだよね〜。んはぁ……なんだったかな〜……すっげこの辺まで出てきてんだけど」


 顎を突き上げ、つま先立ちでうーんと背伸びをしながら、喉元に手を水平にして押し当てる。そしてその手を小さく揺らして、今にも何かが飛び出てきそうな仕草をしてみせた。


 その様子に、蔦壁ロココは「クスクス」と小さく笑いを漏らした。






大事なことなら勿体ぶらずにちゃんと思い出してくださいよ~

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