【51】モンスター襲来
「私の、妻と息子です。……ああ、こちらは、私の古い友人なんだ。失礼の無いように」
城塞都市の中に入ってすぐ脇の、住宅街の一角。サンリッドに紹介された女性が、そっと頭を下げる。その腕には、乳飲み子が抱かれていた。
「家庭を……」
蔦壁ロココはとても驚いた様子で、言葉を失っていた。
「ええ、まあ……その……従者にあるまじき行為とは承知の上です」
「実は私も、先月、挙式を」
「そう……」
「軽蔑されましたかな、ロココさん?」
サンリッドの言葉に、蔦壁ロココはゆっくりと首を振った。
「ううん、主としての役割を放棄したのはミュリエルだから。この世界に取り残されたあなた方には、人生を選択する自由があると思う」
「相変わらず、ロココさんはお優しい」
「お気遣い、誠に痛み入ります」
蔦壁ロココは、そっと目を伏せ、小さく首を振った。
「二人が幸せそうで良かった……。ミュリエルも喜ぶと思う」
「そうであればよろしいが……」
四人の間に、微妙な沈黙が訪れる。
宙に浮かんでこれを見守る凪早ハレヤの足先に止まっているグスタフも、押し黙っていた。
「いいじゃん、ミュリエルに怒られれば! 『ドラゴンの龍玉4つで許して差し上げますわ!』とか言われそうだけど!」
ミュリエルの物真似に、サンリッドとスクワイアーが思わず吹き出した。
「はははっ、確かにおっしゃりそうだ」
「いやあ、これは一本取られましたな! ハレヤさんの仰る通りだ! ミュリエル様に是非にも叱っていただこう!」
一同の場が和ごんだその時だった。
カンカンカンカン────!
「サイクロプスだ! サイクロプスがやってくるぞーー!!!」
けたたましく鐘の音が鳴り響いたかと思うと、城壁の方から怒声が聞こえてきた。
一気に街中が慌ただしくなる。人が右往左往しながらどこかへ走り去っていく。
「早く、避難所へ!」
サンリッドが子を抱く妻を促すと、サンリッドの妻は頷いて人の流れの中へと駆け出していった。
それを見送る間もなく、サンリッドが大声で呼びかける。
「城壁防衛隊はすぐに城門へ向かえ! 城内警備隊も緊急集合! 空き巣対策を怠るな!」
「おろろ? いきなりモンスター来ちゃった?」
「そうみたいね」
「よぉーーしっ、早速、戦闘訓練と行きますか〜」
「うん、そうだね」
「あ、ロココさん、行かれますか?」
「うん」
「ここのサイクロプスは悪魔術で遠距離攻撃を仕掛けてくるので、それだけはご注意を」
「うん、ありがとう」
ニコッと笑うと、蔦壁ロココはマントを翻して駆け出した。
「凪早くん、城壁へ」
「ほいさ〜」
◆
蔦壁ロココが城壁の上に駆け上がると、城塞都市の兵たちが弓なりにしなった柱のついた台座を等間隔に並べている最中だった。
「バリケード台設置急げーーっ! 魔術射程圏内まであと2分!」
物見塔に立つ兵士が、周囲に向かって大声を上げている。
凪早ハレヤが城壁の上まで飛び上がって遠くを見やると、北西の方に広がる森の方から、青い肌をした一つ目の巨人がトゲトゲの棍棒を手にノッシノッシとこちらに向かって近づいてくるのが見えた。
「オーガにホブゴブリンの兵団も一緒か。ありゃあ、略奪目的だな」
グスタフが翼をばたつかせながら吐き出すようにそう言い捨てる。
「おおお、団体様か〜。望むところだね!」
眼下に視線を向けると、城門前には武装した人々が武器を手に手に集まってきていた。
プレートメイルを着込んだ騎士もいれば、筋肉ムキムキのバーバリアンのような男もいて、魔術師風の衣装に木のスタッフを携えている者もいる。
皆、城門が開くのを、今か今かと待ち構えているようだ。
「第一波ののち、開門する! サイクロプスを仕留めた者には城塞議会から3000ルビオン出るぞ!」
サンリッドの声に、「おおおお!」と城門前で歓声が上がる。
「ここは冒険者たちの集う世界なの」
「すっげー! MMORPGのネームド狩りみたいだね!」
「報酬目当ての命知らずどもに先越されんじゃねーぞ、ハレヤ」
「オッケイ! 任せてよ!」
凪早ハレヤがビッと親指を立てると、蔦壁ロココはシャリーンと遊環を鳴らして錫杖を構えた。
「暗雲満ちる月 欲念漂う凍夜の水面
暗鬱なる濁流に浮かぶ 非業の闇火よ────
すべての理を嘲笑い 凶暴にして粗暴なる力を示せ!
────エンチャント・アタックパワー!
────エンチャント・サンダー!」
蔦壁ロココが錫杖を振るうと、白の光と黄色の光が煌めいて、凪早ハレヤの身体に降り注いだ。
「よぉーーーーしっ! 身につけたばかりのサブクラス『鬼蜻蜒』でモンスターをキリキリ舞いさせてやんよ!」
凪早ハレヤはグッと拳を握ると、城壁に降り立ち、腕組みをして仁王立ちした。サブクラス『鬼蜻蜒』のおかげで、浮遊力を抑えていられるようだ。
「やあやあ遠からん者は音に聞けえぇ〜〜〜! 近くば寄って目にも見よぉ〜〜!」
「……なにしてるの?」
「えっへっへっ、名乗り上げ。かっこいいでしょ?」
「バカかテメーは」
「我こそは、杜乃榎一と謳われた稀代の雷使い、凪早”彌吼雷”ハレヤなるぞ〜〜! 暗黒の深き門より産まれし腐肉の子らよ、我と我の……」
「キイイイイイイイイイィィィヒャアアァァァァ!!!!」
凪早ハレヤが名乗り上げを遮るように、サイクロプスが耳の奥までつんざくような奇声を上げた。
「うひゃぁ、びっくりした~」
思わず身をすくめる凪早ハレヤの向こうで、サイクロプスが大口を開け、両拳をドンと地面に付いた。そしてグリングリンと頭をくねらせ始める。
するとサイクロプスの頭上で、軋むような悲鳴を上げながら黒い靄がどんどん膨らんでいった。
「混沌反応探知っ! 魔術バリケード展開! 魔術バリケード展開ぃぃぃ!!」
城壁の兵士の声が響き渡った、その時だった。
「ケヒアァァァァァァァァ!」
サイクロプスが大口を開けて、灼熱色に燃える火の玉をゴオオオと吐き出した!
「ヒュウウウン」と空を切り裂き、凪早ハレヤのちょうど目の前で、透明な魔術バリケードに「ズドオオオオオオオオオオンン!」と爆音を立ててぶち当たる!
炎は魔術バリケード一杯に広がって飛散し、猛烈な熱風が魔術バリケードを突き抜けて吹きつけた!
凪早ハレヤの髪の毛と制服の裾をバタつかせ、城塞都市の街中を「ゴオオオオオ」と強風が駆け抜けていく。
「うっひょおおおおおおおおお、ビビったあ〜〜〜」
「第26番、第27番、魔術バリケード溶解! 次来られると、防げません!」
「第20番から第25番を城門側へ寄せろーっ! 同じく第28番から第33番も城門側へーっ!!」
凪早ハレヤの周囲に慌ただしく城塞兵が集まって、溶解したバリケード台を突き落とし、その向こうに設置していたバリケード台を移動させ始める。
「城門開けろーーーっ!!! 開門、かいもーーーーんっ!!!!!」
「突撃いいいいいいい!!!!」
「おおおおおおおおおおおっ!!!」
城門の方から地鳴りのような雄叫びが上がり、城門が開くと同時に冒険者達が一斉に駆け出していく。
「ありゃああ、先越されちゃうよぉ〜!」
「だからさっさと行けってんだよ、テメーはよ」
「凪早くん、がんばってね」
「オッケイ! ほんじゃまあ、行って来る!」
凪早ハレヤはゴーグルを掛け、グッと拳を握りしめて左右に突き出すと、シュウンと風を切って飛翔し始めた。
一瞬にして、土埃を上げて地を駆ける冒険者達を追い抜いていく。
「ふっひょうおおおお! 速えええええええええ!」
サブクラス『鬼蜻蜒』のおかげで苦もなく空を飛べる。旋回も宙返りも自由自在、急停止もお手のものだ。
その姿を見上げる冒険者たちが、「なんだありゃ?」「テメー卑怯だぞ!」などとざわめき立っている。
「鬼蜻蜒すっげええええ! さっすがトンボのキングオブキング! これなら『紅瞳玉石』も捕まえれるんじゃないの? いやっほおおおおおおおう!!!」
絶叫しながら突っ込んでくる凪早ハレヤに、ホブゴブリンの一団が立ち止まり、一斉にスリングを構えて石礫を飛ばしてきた!
おい、空を自由に飛べるなんて卑怯だぞ!




