【50】フラワリア
「ふへ〜〜、見渡す限り荒涼とした大地ってとこだね! 白い砂とまばらに生えた植物以外、なぁ〜〜んにも無い! MMOPRGに出てきそうな、絵に描いたような荒原だ!」
宙に浮かぶ……いや、宙で見事に静止する凪早ハレヤの視線の先には、地平線に煙る陽炎が揺れていた。
すでにひとしきり、『鬼蜻蜒』の飛翔を楽しんだあとだった。
「しっかし、『フラワリア』っていうから、てっきり綺麗なお花畑で純真無垢な乙女たちが笑顔で舞い踊ってるもんだと思ってたけど〜。あ〜あ、これはがっかりだぁ〜」
「テメー、バカか? そんな世界でどうやってレベルアップするってんだよ?」
「ふっふ〜〜ん、それは野暮ってもんだよ、グスタフくん。もちろん、いろいろなテクニックのレベルアップが図られるに決まってるじゃないか。『ナンパ達人』とか『口説きの天才』とか『声かけ事案ゼロ』とか……」
キリッとして言い放つ凪早ハレヤに、グスタフが「真性のバカだぜ」と漏らした。
凪早ハレヤたちが白い光の渦から飛んだ先は、まさしく荒涼とした大地のど真ん中だった。床に召喚ゲートの紋様が描かれた石造りの白いガゼボがポツンと立っているだけで、近辺には何もない。
その石造りの白いガゼボには、ミュリエルの森の前に立っていた街灯に同じく、召喚ゲート用の魔法陣が描かれていた。
寺に着いた時には夜になっていたが、ここはまだ夕暮れ前だ。グスタフが言うには、「異世界同士で多少の時差はあんだよ」だとかで。
蔦壁ロココは雨巫女髻華羽の召喚ゲートを見逃さないようにと、スマホのアプリで、異世界同士の時間をセットし直していた。
「あっちを見ろよ。城壁があんだろ」
バタバタと翼を羽ばたかせながらグスタフがクイッと顎で指し示す。
手足をばたつかせること無く、空中でスムーズに方向転換する凪早ハレヤの目に、地平線のすぐ手前で白亜の城壁が連なっているのが見えた。
「おおおおっ、ホントだ!……んああ、土煙だ! 誰か来るぞ〜」
◆
「おお、これはこれは! ロココさんではないですか!」
白い砂煙をあげて、馬をいななかせながら、男が蔦壁ロココの前で立ち止まる。
軽装の防具を身につけた男性だ。腰には長剣をぶらさげている。
キリッとした太い眉に、優しげな碧眼の瞳。髪は短髪に刈り上げ、真面目そうな雰囲気だ。まだ20代の若者のように見えた。
スラっとしてやや細身だが、体つきはがっしりしている。
馬から降りると、慣れた物腰でロココの前に跪いた。
「お久ぶりですね、お元気そうで何より。少し、背が伸びられましたかな?」
「サンリッドさんはお変わりないようですね」
「ハハハッ、私はすでに成長の止まった大人ですからね」
「よお」
「おお、グスタフ。キミも元気そうで何よりだ」
「こんちわ〜」
凪早ハレヤが上から呼びかけると、サンリッドと呼ばれた男が上を見上げた。
「おや、これは面妖な……」
言いつつ、サンリッドは訝しげな表情で立ち上がる。
「大丈夫。わたしの従者なの」
「ほう、従者ですか! まさか本当に? あのロココさんが従者とは!」
「そんなに驚くようなことじゃないから……」
「いやいやいや……ははあ、さては何かワケありですね?」
「あの尻軽唐変木がヘマぶっこいただけさ。ロココは従者なんざほしくなかったんだがね」
「こら、グスタフ」
「事実だろ」
「グスタフひっどぉ〜〜〜い、いやぁ〜〜ん、ハレヤ泣いちゃぁ〜〜う」
「キメえんだよ、テメーはよ」
「……ふ、はははは。これは良き人材を見つけられたようですね」
「おーーーーい!」
その時、城壁の方から土煙をあげて、馬に乗った男がもう一人やってきた。
ハゲ頭でたくましい口ひげの、がっしりした体格だ。少し腹が出ている。腰にはメイスをぶら下げ、頭には教会の司祭がかぶるような帽子がずり落ちそうになっている。
ローブの上からブレストプレートと腰鎧をつけていた。
「ああ、スクワイアー。よくぞ議会を抜け出せてこれたな」
「お、遅れて申し訳ない!! 重要な審議中で……みゅ、ミュリエル様はっ!?」
苦笑しながらサンリッドが首を振る。
「残念ながら、ミュリエル様ではないよ。ロココさんだ」
「へっ……あ、おお、おおお! ロココさんではないですか!」
蔦壁ロココの姿を見とめると、スクワイアーは慌てて馬から降りて、その前に跪いた。
「相変わらず小鳥のように可愛らしいお顔で。少し大人びられましたな!」
「ありがとう、スクワイアーさん。……お腹がすごく、逞しくなったのね」
「ふはははは、面目ない! なにせ、最近は議会の仕事にかかりっきりでしたので! 事務ワークといいますか。……それより、今回は何用ですか?」
「あちらの、従者どののレベルアップのためだそうだ」
「はぁ〜〜い」
上を見上げるスクワイアーに、凪早ハレヤがニコニコ顔で手を振った。
「おや、ロココさんが従者ですか! しかもまたこれは……」
スクワイアーはさも可笑しそうな表情をすると、蔦壁ロココに向き直る。
「おもしろそうな御仁をお迎えになられましたな!」
「そうそう、『最強お笑い従者』を目指してるんだ〜」
言いつつ、凪早ハレヤが目を寄せて舌を出し、耳を指で摘んでおどけてみせた。
「はははははっ! 失礼した! 皮肉のつもりはありません、どうかご容赦を」
「いいの、スクワイアーさん。凪早くんは、とてもいい人だから」
「そのようですな! 従者のレベルアップということでしたら、確かにここはうってつけの場所です」
「『無限のモンスター地獄』と呼ばれていますからね」
「本当は、ミュリエルも誘ったんだけど……」
「お気遣い痛み入ります」
「二人は、ミュリエルとどういう関係? どっかで聞いたことある名前だけど」
凪早ハレヤの質問に、みんなの視線が集中する。
「ごめんなさい。凪早くんにはまだちゃんと説明してなくて……」
「いえいえ、構いませんよ。別段、隠し立てするほどの事でもありませんから」
「私とサンリッドは、ミュリエル様の従者なのだ」
「へえ〜……って、えええ? ミュリエルって異世界ウォーカーから足洗ったって……?」
凪早ハレヤの言葉に、サンリッドが視線を落として寂しげな表情をした。
「戦いの日々に、少々お疲れになられたのだ」
「どんなに戦おうとも、この世界は救えぬ、とね」
「私とスクワイアーの二人を残し、別の異世界へ行ってしまわれたのさ。従者としては恥ずかしい限りだが、だからといって、我々二人のミュリエル様に対する忠誠は今も変わらないよ」
「ミュリエルが帰ってきてくれるのを、ずっと待ってるのよね」
「ええ、もちろんです。ですが……」
サンリッドとスクワイアーは顔を見合わせて、頭を掻いた。
「我々も、少しばかり、この世界に浸っていましてね」
それはそうと、ここでレベルアップってどうするんです?




