【45】十痣鬼の浄化方法
「何が問題なのかな〜?」
「霊魂の存在する精神レイヤーは、そもそも絶対不可侵領域ですのよ。そこに踏み込むには、奥の手を用いるほかなさそうですわ。それと、『創造主たる大いなる意志』の攻撃を受けるというリスクへの覚悟も、必要ですわね」
「へえ〜〜、聞くだけでもなんだか大変そうだね」
朝食を頬張りながら、凪早ハレヤがのんびりと頷く。
ミュリエルが言うには、霊魂の増減が行なわれるのは次の2つの方法だけ。それ以外の方法で精神レイヤー上の霊魂を破壊したり改変したりしようとすると、『創造主たる大いなる意志』によって侵入者は亡き者にされてしまうという。
それは魔王ですら飲み込むほどの力で、抗える者など存在しないらしい。
許されている方法の1つめは、新陳代謝による霊魂の付与。
霊魂はDNAもしくはRNAレベルで付与される。そのため、細胞が死ぬと失われ、生成されると自動的に付与されるという。それらは天使の法則によってシステマチックに行われ、すでに存在する霊魂によって統合されるそうだ。
2つめは、他者の捕食による霊魂の取り込み。
要は、普段の食事からでも霊魂は取り込める。ただし、火による加工したものは損傷が激しい。植物であろうが肉であろうが、生が一番効果が高いとか。
「悪魔が『吸血器』で霊魂を吸い取るのは、この2つめの方法に沿っていますの。ですから、如何に天使といえどその法則をシャットアウトする術は無いというわけですわ」
「へええ、なぁるほどね〜」
悪魔の『吸血器』は、刺された人物に混沌創を作り出すだけでなく、同時に血を吸っているのだそうだ。その『血を吸う』機能が捕食と同じ効果を持ち、『吸血器』の主である悪魔や魔王に霊魂を吸い取る機会を与えているという。
「『悪魔術』を使いたいだけなら、『吸血器』で指先をチクリと刺すだけでもいいのです。混沌創さえ出来てしまえばね。そして『悪魔術』でイメージ通りの現象を引き起こす……あまりにも簡単に望みが叶えば、誰もが『悪魔術』の力に魅了されてしまうでしょうね」
「でも、ちょっとした混沌創は、新陳代謝で自然治癒しちゃうから……」
「『悪魔術』に魅了された人は、繰り返し『吸血器』で混沌創を作ろうとするのです。そしてある時、一度に大量の血を吸われると同時に霊魂を悪魔に吸い取られる……そういう仕組みなのですわ」
「んああ、恐ろしい〜! ひいいい……」
凪早ハレヤは両手で肩を抱きしめて、わざとらしく震えてみせた。
「そういえば、俺ってその『吸血器』で刺されちゃったんだっけ?」
「うん、腰をね」
「あのまま刺されっぱなしになってたら……?」
「混沌創が出来るにとどまらず、霊魂を吸い取られて鬼人になっていたでしょうね。薄らと『緋色の逆十字』が浮かび上がってましたわよ」
「『十痣』のこと? マジで〜?」
凪早ハレヤは自分の身体を眺め回すと、腰のあたりを両手でパッパと払った。
ミュリエルが言うには、強力な念芯を持つ悪魔や魔王は、混沌創からでも霊魂に囁きかけられるらしい。そして人の肉体を乗っ取り、意のままに操るそうだ。
「だからあの時、身体が勝手に動いたのか〜!」
「うん。深い混沌創が出来た上に、悪魔の意志が流れ込んできてたから……。『疑心の濃霧』って髻華羽さんが言ってた現象の影響もあったのかも。とにかく、あの場から隔離して治療する必要があったの」
「うへぇ〜〜、大変だ! だからここへ来たんだね!」
「うん、そういうこと」
悪魔や魔王が、混沌創を伝って人の霊魂へアクセスできる仕組みははっきりとは解明されていない。ただ、彼らの持つ強力な『念芯』と、それを強固に繋ぎ止める『紅瞳玉石』が関係しているのではないか、という話しらしい。
「ニュークリアス? レッドアイアダマント?」
「うん。『念芯』はね、霊魂が高濃度に凝り固まったもの、と考えればいいと思う」
「通常の人間でも、2つ3つ持っておりますのよ。『念芯』自体は特別なものではありません。ただし悪魔や魔王は、それをさらに膨大な量にまで膨れ上がらせた強力な『念芯』を持っておりますの」
ミュリエルが言うには、強力な『念芯』は悪魔術を使うのに欠かせないものらしい。
そもそも悪魔術は、『根源のエネルギー』と呼ばれる「意志に反応して状態を変化させるエネルギー」を利用し、消費しているのだとか。
「簡単に言えば、『根源のエネルギー』に対して何事かイメージをすれば、その現象が起きてしまうということですわ」
「おおお! 妄想が現実になるってことね!」
凪早ハレヤに、蔦壁ロココが頷く。
「『念芯』は繰り返し同じ事を望んだり経験したりしているうちに、成長するみたい」
しかしそれだけでは『念芯』が成長する速度も遅く、個人の時間的限度もある。そこで悪魔や魔王は、その『念芯』を急速に成長させる方法として、『他者の霊魂を丸ごと吸い取る』という事を行っているのだそうだ。
「霊魂はすなわち、異世界の情報を内包する宝そのものですのよ。できるだけ多くの人間を集めて霊魂を吸い取れば、その異世界に関してより多くの情報が得られるでしょう」
「並行する異世界は共通の法則で成り立っているから、どこかの異世界で悪魔や魔王に多くの情報が奪われると……」
「天使の施す防衛手段も彼らの知るところとなり、悪魔や魔王に対策を練られてしまう危険性が高まってしまいますの」
「うっひゃああ、そうなったら大変だ!」
事の重大さが凪早ハレヤにも理解できたようだ。
「そしてその『無数の霊魂を吸い取って念芯に組み込み、繋ぎ止めておく』ことを可能にしているのが、『紅瞳玉石』というわけですわ」
「なっるほどね〜。じゃあさ、悪魔や魔王が『紅瞳玉石』を失うとどうなっちゃうの? 『念芯』を繋ぎ止めておくものなんでしょ?」
「あら、アナタにしては目の付け所が良いですわね」
蔦壁ロココとミュリエルが揃って、「うんうん」と頷いている。
「────悪魔の『念芯』から『紅瞳玉石』を抜き出すことができれば、その中に吸い取られた霊魂を解放できるみたいなの」
「んああ、やっぱり!」
「問題は……」
言いかけて、蔦壁ロココが目を伏せて首を振る。
「その『紅瞳玉石』をどうやって抜き出すのか、ですわね」
ミュリエルはそう言ったあと、そっと紅茶をすすった。三人の間に沈黙が訪れ、凪早ハレヤはチラチラと二人の顔色を伺うしか無かった。
「それがさっき言ってた、奥の手を使うしか無い、ってことなのかな?」
凪早ハレヤの問いかけに、蔦壁ロココとミュリエルが揃って頷く。
霊魂の解放のためにクリアしなければならない手順は3つ。
1つめは、「『紅瞳玉石』に接触するチャンスを作り出す」こと。
2つめは、「接触してきた『紅瞳玉石』に対抗するため、霊魂状態になる必要がある」こと。
3つめは、「『紅瞳玉石』を念芯から抜き出す」こと。
「1つめに関しては、非常にリスクの高い方法ながら、明確な方法がありますの」
「なになに?」
好奇心に満ちた凪早ハレヤの様子に、蔦壁ロココとミュリエルが顔を見合わせる。蔦壁ロココは、どこか気乗りしなさそうな表情だった。
ミュリエルがついと顎を上げて、凪早ハレヤを見やる。背中のクマのぬいぐるみも真剣な目つきだ。
「『吸血器』を突き刺す、もしくは悪魔による直接的なゼロ距離攻撃を受けること、ですわ。『吸血器』によって吸い上げられた霊魂を『念芯』に固定するため、『紅瞳玉石』が接触してきた時が最大のチャンスですのよ」
「んあああああああ!」
凪早ハレヤが目を丸くして、飛び上がらんばかりに大声をあげる。
「相手のチャンスは、こっちにとってもチャンスってわけか!」
「ですが……」
ミュリエルが眉をしかめて表情を歪めた。
「2つめ以降の方法に関して、明記されておりませんの。どうやって霊魂状態で待ち構え、どうやって『紅瞳玉石』を抜き出したのか……」
「とても危険すぎるからか、何か不都合なことに繋がるからか……とにかく、意図的にデータ上から削除されているみたいなの」
「もともと、人が意識的に霊魂状態になり得ることはありません。本来であれば、人の霊魂が無防備であることを利用した、悪魔の作戦なわけですから。イリーガルな方法だからこそ、天使はそれを広めることを認めなかったのでしょう」
「えええええ、そうなのか〜……」
凪早ハレヤがガックリと肩を落とす。
「肝心の2つがわからないんじゃ、せっかく『紅瞳玉石』と接触できても意味ないよね〜」
解決策発見の喜びに浮足立った心が、一気に萎んでいく気分だった。同時に、蔦壁ロココとミュリエルの表情が冴えない理由もわかった気がした。
なんかよくわかんないけど、とりあえず十痣鬼は治せるってことなんですかね?




