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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆第一章 異世界ウォーカーの従者に、俺はなる!
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【03】初めての異世界

「うにゃにゃ」


 グニャッと身体がねじ曲がるような感覚のあと、凪早(なぎはや)ハレヤは肌寒い感覚に襲われた。ひんやりとした空気が頬を撫でていく。


 白い光の渦のせいで、目の具合がおかしい。光を失ったように真っ暗で、周りが上手く見えなかった。


凪早(なぎはや)くん、こっち」


 下の方から蔦壁(つたかべ)ロココの呼びかける声が聴こえる。どうやら、図書室にいた時と同じように、宙に浮いているようだ。


「どこかな〜? 目がおかしくって見えないぞ〜」


 目をしぱしぱさせながら、声のした方へ向かおうと、手足を動かした。


「あ、あぶない!」


 蔦壁(つたかべ)ロココの声が聞こえた瞬間、ゴツンと重い音を響かせて、凪早(なぎはや)ハレヤのおでこが硬い何かにぶつかった。


「いでででで! な、なんだよ、木か」


 ようやく視界が戻って来た凪早ハレヤの目の前に、針葉樹がそそり立っていた。

 視界は回復したようだが、まだ薄暗くてよく見えない。背後からの仄かな光で、なんとか木と認識できる程度だった。


「すごい音がしたけど、大丈夫?」


 針葉樹の下から、蔦壁ロココが心配そうな表情で見上げている。手にした錫杖の頭部が、仄かに白い光を放っていた。


「んああ、ダイジョブダイジョブ〜」


 寝起きのような口調で、答える凪早ハレヤ。フワフワと浮いてしまう身体を制するように、蔦壁ロココに向かってひと掻きする。


 辺りを見渡してみると、すでに日が落ちて、真っ暗に近い状態だった。

 空はどんよりとした黒い雲に覆われ、辺りの暗さをいっそう深いものにしているようだった。月でも出ていれば、もう少し明るかっただろう。


 二人がいる場所は、針葉樹の森と平原の境目だ。平原から森の中へと、一本の土道が続いている。


 平原は、背の高い草でびっしりと覆われていた。その向こうは緩やかな丘陵地帯になっているのか、地平線は小高い丘の向こうに消えている。


 冷たい風が丘陵からヒュウと吹き降ろして来て、ザワザワと木々を揺らしながら森の中へと吸い込まれていく。


 森の入口には、街灯が立っていた。めぼしい明かりはこれだけのようだ。

 青白い光をぼんやりと放っている。

 街灯の根元は半径1mほどの岩盤で覆われていて、表面には紋様が深く刻まれていた。先ほど、蔦壁ロココが使い魔グスタフの背中に描いたベースポイントによく似た紋様だった。


「うっひゃあ〜、まるでMMORPGの世界に入り込んじゃったみたいな雰囲気だね!」

「そうなの?」

「ホントホント! でも、デートにしては、辺鄙(へんぴ)なところかな〜?」

「だからデートじゃないってば……」

「あはは、そうだっけ? 俺たち、何しにここに来たんだっけ?」

「……えっとね、わたしたち、この森の中に住んでる人に会いに来たの」

「この森の中に住んでる人? へえ〜、すごいところに住んでるんだね。実は、森の中には綺麗な湖があって、美人な妖精たちが舞い踊ってる理想郷があるとか?」

「ううん。モンスターだらけの危険な場所」

「うはっ、マジで!? すっげ! やっぱMMORPGの中みたいなところなんだ!」


 凪早ハレヤはキラキラと目を輝かせて、こんもりと佇む森を仰ぎ見る。


「……凪早くんて、MMORPGが好きなんだね」

「んああ、もちろん! いろんな国の人との出会い、襲い来るモンスター、敵味方入り乱れての大規模戦争! 暴走して憤死する俺! 崩壊するユーザーギルド! 錯綜する仁義と人情と思惑としがらみ! てんこ盛りの夢と愛と希望と野望とロマンに満ち溢れてるからね!」


 目をキラキラさせたまま力説する凪早ハレヤに、蔦壁ロココはクスっと苦笑した。


「で、その会いに行く人って仙人? 超人? 達人? 廃人?」

「わたしと同じ、異世界ウォーカーなの。わたしの先輩とでも言うのかな? 今は引退してるけど……」


 蔦壁ロココがつと、どこか寂しげな表情で俯いた。


「でもね、わたしにとってはとても頼りになる人なの。バグ玉から異世界の情報を引き出してくれたり、補助アイテムを貸してくれたり」

「ふ〜ん。変わり者みたいだけど、凄い良いヤツなんだね。もしかして、イケメン?」

「イケメン……?」


 凪早ハレヤの言葉に、蔦壁ロココは目を丸くした。


「女の人。ミュリエル・リュクシスって言うの」

「おおおお! 女のコか!」


 思いっきり嬉しそうな顔で凪早ハレヤがガッツポーズをする。


「今日はツいてる! ヒャッホオオオウ! もちろん、蔦壁みたいな美少女だよね?」

「え、美少女……」


 思いがけない言葉だったのか、蔦壁ロココは口に手を当て、眉を潜め、視線をチラッと斜め上に逸らせた。その頬は、薄らと染まっているようにも見えた。


「年上だっけ? じゃあ美女なのかな? いや〜〜、楽しみ楽しみ! じゃあ行こうすぐ行こう! レッツラゴー!」


 元気よくビシッと人差し指で森を指し示してみせる凪早ハレヤに、蔦壁ロココが再び苦笑する。


「ちょっと待ってね。ミュリエルに呼びかけてみるから」


 そう言うと、蔦壁ロココは森の入口に立っている街灯へと小走りで駆け寄っていった。


 そして街灯に向かってクルリと錫杖を振る。トンと錫杖の柄尻で岩の紋様を打つと、遊環(ゆうかん)がシャリーンと軽い金属音を掻き鳴らした。


 すると街灯の周りにフワーンと青白い魔法陣が現れ、ゆっくりと回転し始めた。


「うっひょー、なんだこれ?」

「もしもし、ミュリエル? わたし、ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンよ」


 蔦壁ロココが、魔法陣に向かって話しかける。

 ……しかし、何も反応がない。


 しばらくすると、青白い魔法陣はフワッと宙に掻き消えてしまった。


「およよ? 返事がないね?」

「うん……」


 蔦壁ロココはさも困ったという様子で表情を曇らせた。

 再び、錫杖をクルリと回して街灯下の紋様をトンと打つ。


「もしもし、もしもし? ミュリエル、聞こえてる?」

「それって呼び鈴なの?」

「うん、同じようなもの。……ミュリエル、わたしだけど。ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーン。バグ玉を見つけて来たんだけど」


 魔法陣に呼びかける蔦壁ロココだが、やはり応答がない。しんと静まり返った森の奥から、フクロウのような鳴き声が響いてくるだけだった。


「応答がないね〜。留守なんじゃない?」

「どうかな……わかんない」


 蔦壁ロココは小さく首を振って、肩を落とした。


「もう一度、呼びかけてみれば? 三度目の正直ってこともあるかもしれないぜ!」


 親指を立てて明るく声をかける凪早ハレヤを、蔦壁ロココがチラッと見る。

 凪早ハレヤがニコニコと微笑み返すと、蔦壁ロココは小さく微笑んで頷いた。そして再び、錫杖を両手に構える。


 クルリと回して、街灯下の紋様を錫杖でトンと打ったその時だった!


「グギャヒャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 背後で上がる、ズドンと地面が弾けるような音! 大きな雄叫びとともに、少し離れた草むらから巨大な何かが姿を現した!


「なんだ!?」


 はじけた地面から舞い上がった小石が蔦壁ロココの足元にも飛んできて、コロンコロンと転がっていく。


 濃紺色の暗闇の中で、黒々とそびえ立つ大きな体躯。それは芋虫のような体つきをしていて、突き上げた身体の上方に6本の太い足がワキャワキャと音を立てて蠢いていた。

 胴回りの太さはゆうに3mを超えているだろう!

 顔には爛々と紫色に光る6つの眼、槍のように鋭く突き出た大きな一本の角、そして凶悪に蠢く大顎。


「キンモーーーーーーーッ☆ まさかあれが、蔦壁愛しのミュリエルさん!?」

「そんなわけないから! ヒュージデスクレイワームよ!」


 あの角で貫かれでもしたら、ひとたまりもないだろう! あの大顎に噛み砕かれて、餌食にされておしまいだ。


「でけーーーーっ! やべえええええええええええええええ!」

「凪早くん、下がって!」


 嬉しいのか気味悪がっているのかよくわからないテンションで絶叫する凪早ハレヤを尻目に、蔦壁ロココはマントを翻し、錫杖を構え直した。


「グギャオオオオオオオオオオオオウ!!」


 雄叫びとともに上半身を「ダンッ!」と地面に叩きつけると、ヒュージデスクレイワームが猛烈な勢いで突進してきた!


 一瞬にして、二人の目の前に、鋭い角が迫ってくる!


「っ! ごめん、これじゃ間に合わない! 避けて、凪早くん!!!」

「うっひょおおおおおおおおおおお!!!」


 言い放つと、蔦壁ロココは「全力回避!」と小さく言葉を口にした。瞬間、青い光がキランと瞬いて、蔦壁ロココの身体がシュンと風を切って横に動く!


 予期せぬ出来事にさすがの凪早ハレヤも焦らざるを得ない! アドレナリンがブワッと吹き出して、上空に向かって全力で手足を動かした!


 ズドドドドドドドドォ!!!!


 もの凄い地響きとともに猛然と突進してくるヒュージデスクレイワームが、街灯もろとも引き倒す!


 同時に、うねる体表が凪早ハレヤのお尻をかすめ、凪早ハレヤをポーンと大きく宙に弾き飛ばした!


「うっきゃああああああああああ!」


 そのまま道の反対側の草むらまで勢い良く駆け抜けていくヒュージデスクレイワーム。間一髪、突進を避けられたものの、宙をクルクルと舞う凪早ハレヤは完全にバランス制御を失っていた!


「うっひゃあああああ! 目が回るううううう!!!」

「凪早くん、あまり上の方に行ってはダメ!」

「ぶ、ぶひいいいいいいい!」


 なかなか収まらない回転に、凪早ハレヤはなんとか体勢を整えようと手足をばたつかせた。その視界の端で、蔦壁ロココが詠唱体勢に入るのが見えた。


 第一撃を回避されたヒュージデスクレイワームは、唸りを上げて方向転換している!



「暗雲満ちる月 欲念漂う凍夜(とうや)水面(みなも)


  暗鬱(あんうつ)なる濁流に浮かぶ 非業(ひごう)闇火(やみひ)よ────


 すべての(ことわり)に背いて ()の者を灼熱の檻籠(おりかご)(とど)めん!」



 蔦壁ロココの詠唱とともに錫杖のプリズムが緑色に煌めいて、その足元に魔法陣のような紋様が浮かび上がる。微かに風が巻き上がり、マントの裾をフワリと持ち上げた。


 生い茂った草むらを踏み倒しながら、再びヒュージデスクレイワームが迫り来る!


「グアワボフォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

「蔦壁ヤッバーーーーーーーーーイッ!!!!」


 ヒュージデスクレイワームが獲物を捕える喜びの声を上げ、凪早ハレヤが脳天気な奇声を上げた時、シャリーンと軽やかな音を響かせて、蔦壁ロココが錫杖をドンと魔法陣に突き立てた!!


「────静止は腐屍界への入り口と知りなさい! マグマティック・スネア!!」


 瞬間、魔法陣から緑色の光が煌めいて、「ズゴオオオ!」という轟音とともに真っ赤に染まった大地が凄い勢いで隆起する!

 それは瞬く間に巨大な手の姿を成し、突進してくるヒュージデスクレイワームの首根を掴み上げた!


「グゲゲゲッ! ゲヒイイ!」


 紫色の眼光を憎しみの色に染め上げて、ヒュージデスクレイワームがうめき声を上げる。

 しかし溶岩の手はこれを離さない。

 ヒュージデスクレイワームは苦しみに悶えて身を捩り、その肢体の末端から、ビチャビチャと腐臭のする液体を撒き散らした。


「凪早くん、あの液体は毒液よ! 触れないように気をつけて!」

「毒液だって? キモい上に凶悪とか最悪ううううっ!」

「混沌に染むる闇土(やみつち)に還りなさい! ────牙岩千突棘(ががんせんとつきょく)!!!」


 蔦壁ロココはクルリと錫杖を回すと、錫杖の柄尻を「ドン!」と叩きつけるようにして魔法陣に突き刺した!


 瞬間、溶岩の手のあちこちから鋭い大棘がズドンとばかりに突き出して、ヒュージデスクレイワームの身体を貫いた!


「ギヒエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!」


 鋭い岩の大棘に全身を貫かれ、ヒュージデスクレイワームが苦悶の叫び声を上げる。


 全身からビシャアアアと液体が吹き出して、草原の草むらに降り注ぐ。


 紫色の眼光はゆっくりと光を失い、やがてその巨大な体躯はぐったりと力なく崩れ落ちた。





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