【38】隠し通路
隠し通路は、宮中から伸びる下水用の穴に通じているらしい。四人は宮中裏の下水穴から入りこんで、隠し通路入口までやってきた。
金属製の鉄格子が閉められ、内側からしか開けられないようになっているようだ。
「こういう時だし、壊しちゃう?」
胤泥螺と雨巫女髻華羽が頷くのを見て、蔦壁ロココが錫杖を構えた。
「みんな下がって。土属性の魔術ですぐに壊せると思う」
「オッケイ!」
凪早ハレヤたち三人が少し距離を置くと、蔦壁ロココは詠唱を始めた。
「暗雲満ちる月 欲念漂う凍夜の水面
暗鬱なる濁流に浮かぶ 非業の闇火よ────
すべての理に背いて 彼の者を灼熱の檻籠に止めん!
────マグマティック・スネア!!」
蔦壁ロココがドンと錫杖の柄尻で地面を打つと、「ズゴオオ」と派手な音がして、鉄格子の下の地面が真っ赤に隆起する。そして岩の手が現れたかと思うと、鉄格子を粉々に握りつぶした。
「────砂と砕け散れ! 溶岩破砕波!」
続けて錫杖を横に薙ぐ。すると、岩の手は細かく振動しながらボロボロと砂塵に帰していく。そしてグシャグシャにねじ曲がった鉄格子だけを残し、砂塵はサラサラと下水へと流れていった。
「うっへえええ、蔦壁すっげえええええええ」
「いろいろな応用があるのでございますね」
「ううむ……面妖な……」
感嘆の声をあげる三人に、蔦壁ロココは少し照れたような表情で振り向いた。
「さあ行きましょう」
◆
「もう少しでござる」
地下道は、蔦壁ロココの錫杖が放つ仄かな明かりのみ、周囲は闇に閉ざされている。
それでも胤泥螺は、人の肩幅より少し広い程度の細い地下道を迷うこと無く突き進んでいく。途中で何度も道が交差していたが、胤泥螺の足取りが緩むことはなかった。
「……っ!」
突然、曲がり角に足を踏み出しかけた胤泥螺が押し黙ったまま、制止するように手を差し伸べた。後ろに続く三人は、ドキリとして立ち止まる。
「……どうしたの?」
「誰か居てござる」
声を潜めて胤泥螺が少し腰を落として、曲がり角の向こうを覗き見る。そちらの方からは薄らと明かりが漏れていた。どうやら、出口に通じているらしい。
「あれは! 紅梨沙理殿?」
「紅梨沙理? 紅梨沙理がそこにいるのですか?」
「どういうこと?」
屈んだ胤泥螺の上から雨巫女髻華羽が覗き見る。凪早ハレヤはその横から首を伸ばして覗きこんでみた。
曲がり角の向こう、出口らしき明かりの付近に、たしかに紅梨沙理のような女性が一人、佇んでいた。壁に背をつけ、出口の向こうを覗き見ているようだ。
「なんで紅梨沙理さんが? どうやって来たんだろう?」
「……何かの罠やもしれませぬ。紅梨沙理殿に扮した敵の可能性もござる」
「どうする?」
三人、顔を見合わせて眉を潜める。
「凪早くん、ゴーグルを通して見るの」
「えええ、なんで?」
「混沌反応が出て無ければ、普通の人だから」
「あああ、そうか!」
忘れていた、とばかりに凪早ハレヤはゴーグルをかけ直すと、曲がり角の先をひょいと覗き見てみた。
「……でてない! あれは普通の人だね!」
胤泥螺は頷くと、静かに刀を引き抜いた。雨巫女髻華羽が心配げに、その肩にそっと触れる。
「万が一でござる。拙者に任せられよ」
グッと深く頷くと、胤泥螺は音も立てず紅梨沙理へと近づいていった。そして、その横まで来ると、スッと紅梨沙理の首元に刀を差し伸べた。
「ひっ!」
気づいた紅梨沙理が小さく悲鳴を上げる。その口を、胤泥螺がそっと手で塞ぐ。
互いの視線が合った時、紅梨沙理がホッと胸を撫で下ろした。
「ご無礼を、紅梨沙理殿」
「……いえ、良いのです」
胤泥螺が、曲がり角の三人に向かって大きく頷く。雨巫女髻華羽は安心したように、小走りで紅梨沙理に駆け寄った。
胤泥螺は一歩下がると、手慣れた手つきで素早く刀を収めた。
「紅梨沙理、ああ紅梨沙理。どうしてここに?」
「勝手な真似をいたしまして申し訳ありません。どうしても皇子空風円のことが気になりまして……きっと、ここに捕らえられているのでは、と思い」
「それはよいのですが、どうやってここに?」
「『天空城転送装置』にございます」
「『天空城転送装置』? あれは宰相狭紆弩が壊れていると?」
「はい。ですが、おかしいと思い、午羅雲と霧冷陽に調べていただいたのです。そういたしますと、『特に不具合はなさそうだ』と。それで、私一人、試しにこちらへ……」
「そう……」
「それにしても一人は危険でござる。市中にも宮中にも魔人の手の者が跋扈しておりました」
「大広間の各国要人の中にも、すでに『十痣鬼』になられた方々も。そして皇空理布も……」
「……それで、皇空理布との謁見は?」
紅梨沙理の問いかけに、胤泥螺と雨巫女髻華羽は険しい表情で顔を見合わせた。そして二人揃って、首を横に振った。
「わたくしが『五方豊穣平和協定』への参画を拒否しましたところ、皇空理布さま自ら刀をお取りになり、戦闘に……」
紅梨沙理は大きく目を見開き、そっと目を伏せ小さく呟いた。
「……もう、後に戻れぬところまで来てしまったのですね」
狭い地下道に、重苦しい空気が漂う。
「とりあえずさ、空風円さんは地下牢にいるのかな〜?」
重苦しい空気を遮って、凪早ハレヤがボンヤリと口を開く。
紅梨沙理は顔を上げると頷いて、出口の向こうを指さした。
「あそこにおられます。他に、罪人や牢番の姿はありません」
紅梨沙理が言うには、牢番たちもどこかで酒盛りをしている様子だとか。
「では、今のうちにお救いいたしましょう!」
胤泥螺の言葉に四人が頷く。それを見て、胤泥螺が音もなく地下牢へと分け入った。
地下牢までスンナリ来れちゃいましたね。




