【37】決裂?
「己が道、信ずるならば、古き風習に牙を剥け……!」
「温故知新、祖を尊わずば、我ら無し! 伝統、格式軽んずるは、礼無しにして粗暴混沌の時代を招くのみ!」
「フンッ! 堅物が……胤泥螺よ、お前は髻華羽を女として慕っているのであろう?」
「クッ……」
「ククククッ……であるから魔人にそそのかされるのだ」
鍔迫り合う二人をゆっくりと魔人の霧が包み込んでいく。
「胤泥螺よ、己の心にある性に素直になれ……」
「ならぬ! 我が身を賭しても守るべき人道が有る!」
「では見せてみよ、貴様の信ずる礼とやらを!」
赤い目をギラつかせ、皇空理布がニヤリと笑った。
「うおおおおおおおっ!」
雄叫びをあげて、胤泥螺が刀ごと皇空理布を押し返す!
皇空理布は段差に足を取られてバタンと倒れ伏した。
「さっすが当代随一の剣士〜!」
「こちらでございます!!」
悲鳴を上げて逃げ惑う女たちに紛れるように、雨巫女髻華羽が走り始める。蔦壁ロココと凪早ハレヤがすぐさまそれに続いた!
「の、のの、逃してはならぬぅ! と、捕らえるのじゃあぁぁ!」
「南無三!」
狭紆弩の命に、シャムダーナの仮面男たちが三人、一斉に動いた! 一人は天井を走り、一人は壁を走り、一人は胤泥螺めがけて真っ直ぐに襲い掛かってくる!
そして三方から同時に斬りかかってきた!
「ふん! はっ! せいやぁっ!!!」
カキンカキンと軽い金属音を響かせて、胤泥螺がシャムダーナの攻撃を刀で受け流す!
「せやっ!」
振り向きざまに一人の背中を斬りつけると、ものの見事に肩口から腰まで斬り裂いていた!
「胤泥螺、早く!」
中庭に走り出た雨巫女髻華羽が呼びかける。蔦壁ロココは振り返ると、口早に詠唱を開始した。
「炎天の砂原に沸き立つ赤き陽炎
蒼天映ゆるオアシスの水鏡 緑に染むる南木の木陰
そは御世の狭間に現れし常火の 煌々たる御霊なりけり────
────魔を祓う浄化の水よ! セイクリッド・バブル・トゥ・ピュアファイ!!」
足元に現れた青い魔法陣を錫杖の柄尻でドンと打つ! すると駆け寄ってくる胤泥螺の背後で、大きな水泡が立ち昇った。
「うごおぼぼぼぼっ!」
「ぶへあうごっ!」
水泡に巻き込まれた要人たちが空気を求めて藻掻き苦しむ。その向こうで剣を振り上げていた者たちも驚いて足止めを喰らっている。
その合間を、シャムダーナの仮面男が一人、ビュンと風を切って突進してきた!
「『古風な純心乙女』の思し召し!」
言いつつ、凪早ハレヤが弓を解き放つ! 稲妻が迸り、仮面男の脳天に突き刺ささるかに見えた、がしかし!
シャムダーナの仮面男の頭上で黒い靄が渦巻き、薄紫に光る半透明のシールドが稲光を四方へと散らし、光の矢を防いでいた!
「えええっ、効かないの!?」
驚く凪早ハレヤに向かって、シャムダーナの仮面男が手にしたクナイを投げつける!
「フンっ!!」
瞬時に立ちはだかった胤泥螺が、一喝とともにクナイを刀で弾き返した!
シャムダーナの仮面男は動きを止めず、左右に素早く動いたかと思うと、一瞬にして姿を消した!
「げげげっ、どこ行った!?」
「上っ!」
胤泥螺の声に見上げると、膝を抱え込んだシャムダーナの仮面男がギュルギュルと回転しながら突進してきていた!
「うっひゃああああああああ!」
慌てて横へ飛ぶ凪早ハレヤに、胤泥螺は小さな動きで身を引くと、刀を斜め上に一閃した!
「ちぇえええええいっ!!!」
ザグッと肉の斬れる鈍い音ともに、血しぶきがあがり、シャムダーナの仮面男の身体が真っ二つに引き裂かれていた!
シャムダーナの仮面男の頭上で渦巻いていた黒い靄がフワンと霧散して、肉塊がドシャリと地面に叩きつけられる。
そして肉塊がボコボコと泡のように膨れ上がると、バシャリと弾けて真っ赤な鮮血が地面を染めた。
「胤泥螺さんすげええええええええええええええええ!」
地面に這いつくばって目をキラキラさせる凪早ハレヤの後ろで、雨巫女髻華羽が口早に詠唱を始める。
「清廉恵雨の習わしに 清らかなりし言霊の
永久の御加護に揺れたもう 信徒の道筋 夕に立つ────
除! 厄! 清! 災! ────湧水洪水の如し!」
雨巫女髻華羽がシャーンと神楽鈴を大きく鳴らすと、蔦壁ロココの作り出した水泡が弾けて、大広間いっぱいに大量の水が広がった。
一瞬にして、大広間は阿鼻叫喚の大混乱だ。
「今のうちに!」
「逃げるが勝ち〜〜」
四人は中庭を突っ切って、侍女詰め所を通り抜けると、裏門から大社を抜け出した。
◆
「はあっ、はあっ……なんだか、やけにあっさり逃げれたね〜」
「ふうっ……たしかに、なにかおかしいね」
木陰に身を潜めながら、四人、荒い息を吐き出す。
そこは宮中横の厩が並ぶ一角だった。町からは、まだ太鼓や笛の音が遠く響いてくる。
宮中からは四人を追ってくる気配すらない。しんとして静まり返っているように感じられた。
雨は上がっており、雲間から夜映が青白い大きな顔を覗かせていた。
「皇空理布は、拙者の心を試されているようであった……」
息を整えながら、胤泥螺がポツリと漏らす。
「やはり、事の首謀は狭紆弩。皇空理布はそれにそそのかされておられるのでは」
「わたくしも、そのように感じました」
「んだね〜」
三人、顔を見合わせて頷き合う。蔦壁ロココだけが、小さく首を横に振っていた。
「残念だけど、魔人がどこにいるか確証は得られていないわ。断言するのは早計だと思う」
「そうなの?」
「うん。一度、身を潜めた悪魔は、狡猾に自分の身を守るから……。一番安全な場所に隠れ、邪魔者を排除し、人を集めて快楽に酔いしれさせる機会を伺っているはず」
「ふぅ〜〜ん、慎重なんだね」
凪早ハレヤの言葉に、蔦壁ロココがコクリと頷く。
「それぐらい、危険な相手なの。油断して背中を見せた瞬間、生命は無いわ」
四人の間に静寂が漂う。
「……それよりさ、どうする? 逃げてきたはいいけど、魔人も見つけられなかったし、皇都の町は十痣鬼で溢れてるし」
「皇空理布と我らが対立となった今、町に出れば十痣鬼が襲いかかって来るでござろうな」
「ひとまず、天空城に戻って考えるのがいいと思う。凪早くんの浮遊力でここから浮上して……」
「お待ちください。紅梨沙理がたしか、皇子空風円を探してほしいと……」
「うむ。魔人の居場所も知っておられるだろうと」
「あああ、そっか、そうだったね〜」
胤泥螺と雨巫女髻華羽が、ジッと蔦壁ロココを見つめている。どうやら皇子空風円を探したい様子だ。
二人の様子に蔦壁ロココは、小さくコクコクと頷いた。
「じゃあ、まずは空風円さんを探しましょう」
「確か、皇空理布さまが牢にいると仰っておられたような……」
「言ってたね〜」
「……やはり、皇空理布は、密かに我らを導こうと?」
胤泥螺はそう言った後に、怪訝な表情で物思いをしている様子だった。
「真意のほどはよくはわからないけど、とにかく、ここでジッとしていても仕方ないと思う。すぐにでも空風円さんのところへ行きましょう」
「はい」
「牢ってどこだろ?」
「……重罪人を閉じ込める地下牢があるでござる。おそらく、そこではなかろうかと」
「地下牢か〜。こっわそう〜」
「地下牢でしたら、要人向けの秘密の通路がございます」
「えええっ、何それ?」
「皇家が陰謀に巻き込まれた際に、いろいろな仕掛けがしてござる。皇空理布が牢に入れよと命じたのであれば、まず間違いなくそこかと。秘密の通路の所在を知る者は、ごくわずかにござる」
「じゃあとりあえず、そこへ行きましょう」
四人は顔を見合わせて頷くと、胤泥螺の先導でその場をあとにした。
ついでに皇子空風円の救出を、って流れになりました。




