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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆第二章 彌吼雷に、俺はなる!
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【36】雨巫女の回答

 雨巫女髻華羽(ウズハ)は屈辱にも畏まった姿勢を崩さず、蒼白な表情のままで身じろぎもしなかった。


「────お断り申し上げます」


 凛として言葉を発すると、雨巫女髻華羽は皇空理布(アリフ)をそっと見据えた。

 大広間がザワリと大きくざわついた後、水を打ったようにしーんとなる。


「今、何と申した?」

雨巫女(あめみこ)の職を辞するつもりはございません。協定への同意も、お断り申し上げます」

「ほう……。そなたが参画(さんかく)ならぬとあらば、我らとの戦闘は不可避。兵のみならず多くの民や、ここに集いし各国要人にも被害が及ぼう」

「もとより、魔人との戦闘は不可避にございます」

「フンッ! 頑なになる理由を申せ!」


 さも気に入らないとばかりに顔を歪めると、皇空理布は顎を上げて雨巫女髻華羽を睨みつけた。


「先ほど、申し上げた通りにございます。額に汗無くして実り無し。労せず得られる(ぜい)に価値は無し。末代に続く平穏と安泰は、揺るぎなき地盤の上にのみ花開くものにございます。妖かしによる泡沫(うたかた)充足(じゅうそく)は、後々の崩壊の要因となりましょう」


 淡々と言葉を紡ぎだすと、雨巫女髻華羽は深々と頭を下げた。

 そしてゆっくりと視線を上げると、穏やかに皇空理布を見据える。


「雨巫女は、額に汗する人の道に、わずかな支えを成すための職にございます。充足を超えた、横暴なる贅をもたらすためのものではございませぬ。例え(たもと)を分かつとも、わたくしたちは、人の道を求むるを選びとうございます」


 皇空理布の、盃を持つ手がプルプルと震える。こめかみに太く青筋が浮き上がり、抑えきれないほどの怒りが沸き上がっているのが、誰の目にも明らかだった。


胤泥螺(インディラ)、そちはどうだ? 雨巫女なぞ不要となった今、雨巫女を辞すれば髻華羽は普通の女よ。それはそちにも嬉しい事であろう?」

「衆目集まるこの場で、卑しくも我れらが雨巫女にそのような無礼、我が皇の言葉とは思えませぬ!」


 胤泥螺は、我慢の限界に達したと言わんばかりに吐き出すように言葉を口にした。


「フンッ……いつまでそのような金魚の糞を演じているつもりだ? 真に勇なる男ならば、己の心に槍を持ち、自らの道を貫け!」

「雨巫女に従ずるは任、髻華羽殿に従ずるは信! 我が武士道に迷い無し! 我が皇よ、貴方様こそ何者の世迷い言に心乱されておられるか?」


 胤泥螺の言葉に、皇空理布が「ブン」と盃を投げつけ、「ダン」と足を踏み鳴らして立ち上がる。周囲の女たちが黄色い声を上げてその場を離れた。


「痴れ者が! 我に苦言を漏らすとは何たる無礼ぞ!」

「無礼ではござらん! 醜聞(しゅうぶん)安らか成らざる今、諫言(かんげん)已む無しと思えばこそ! 我が皇よ、杜乃榎(とのえ)の未来を何と心得ておられるか!」

「貴様……」

「お止め下さりませ、皇空理布。胤泥螺、あなたも収めるのです」

「もう遅いわ!」


 言うやいなや、皇空理布が脇差しを抜き放つ。しんとしてこれに注目していた各国の要人たちが、驚きの声をあげて腰を上げた。

 中には呼応するように怒声をあげて、剣を抜き放つ者までいる。


「協定は決裂だ! 皇に(あだ)なす逆賊よ、この場で成敗してくれよう!」

「おう!」


 女たちの悲鳴が上がり、男たちがダンと床を踏み鳴らして大きく吠えた。


「あっれ〜、これヤバイんじゃない?」


 呑気なことを言いながら、凪早(なぎはや)ハレヤが頭を掻く。


「よいか、胤泥螺、髻華羽! 我が言いたき事は────」


 刀を斜め後ろに構えつつ、皇空理布が声の限りに吠え叫ぶ。


「────雨巫女も天空城も、時代錯誤の糞食らえよ!」


 目の前の配膳をバンと蹴り上げ、皇空理布がにじり寄る。


「雨巫女たる資格は人を選ぶが、魔人の妖術は人を選ばぬ! 人に上下を作らず、誰もが(おの)が心赴くまま、自由に願いを叶えられるのだ!!」


 再び、周りの男たちが「おう!」と吠える。


「民を守る王もいらず、大地を耕す農もいらず! 魔人の妖術こそ、人の世を平たく統べる最上にして唯一の法よ!」

「ですが、皇空理布! 人の集団をまとむるに各々の役割と決め事は必定(ひつじょう)……」

「黙れ、髻華羽! 今ならそちは許して使わそう。その者から今すぐ離れよ!」


 腰を落としたまま畏まる胤泥螺の息が荒い。今にも刀を抜き放ち、皇空理布に斬りかからんばかりの雰囲気だ。


「我は念ずる! 魔人がもたらす泰平の世を!!!」


 大広間いっぱいに響く怒声に(さお)さすように、蔦壁(つたかべ)ロココがそっと腰をあげた。



「────でも、夜映(やはえ)はそれを許さないでしょう」



 凛として冷たい響きが、大広間の空気を変えた。一瞬の静寂ののち、うろたえるような声が周囲から上がる。

 蔦壁ロココを見据える皇空理布は、ふと、小さく首を傾げた。目を細め、斜めに覗き見るような姿勢で、蔦壁ロココを見据えた。


「……貴様、何者ぞ?」


 油断なく蔦壁ロココを睨めつけなが、ゆっくりと噛みしめるように言葉を紡ぎ出す。


「わたしは……彌吼雷(ミクライ)の従者」

「彌吼雷の従者とな?……黒髪の、従者……」

「杜乃榎国に残された、彌吼雷の書物を調べたの。夜映は天空城と同じように『アマノフナイト』によって地表から天高くに浮上した精霊。この地表を、豊穣の大地に変えるためにあの場所に遣わされた精霊なの」

「その夜映が許さぬ、とは何たる意味ぞ?」

「魔人を倒さなければ、夜映が墜ちてくるの。この地上に」


 一瞬にして、大広間に動揺が広がった。各国要人は口々に「夜映が落ちる?」「大きくなっているという噂はたしかにあれど」などと囁きあっている。


「世迷い言に騙されては成りませぬ!!」


 その時、女の金切り声のような声とともに、大広間の奥のふすまが開いた。ドスドスと足音を立てて、宰相狭紆弩(サウド)が踏み込んできた。


「我らが新しき世に、雨巫女も天空城も必要なし! 夜映が墜ちると言うならば、彌吼雷を縛り付ければよいのです!!」


 細い目をいっぱいに剥いて、歯をむき出しにして言い放つ。


「彌吼雷を縛り付けたら、夜映は墜ちないの〜? なんで?」


 呑気に問いかける凪早ハレヤに、宰相狭紆弩が地団駄を踏んだ。


「そなたの中に渦巻く浮遊力があれば可能であろう! それぐらいわからっしゃい!!」

「へえ〜、よく知ってるね。初めて会った人なのに」

「やはりすべては貴様の仕組んだ罠か!」


 胤泥螺が怒りに震えて刀を抜く!

 胤泥螺に見据えられ、宰相狭紆弩の顔が怯えの色に染まった。


「魔人の目的は人の霊魂を集めること。できるだけたくさんの霊魂を。そのあとに、この世界が滅びようが彼らには関係ないわ。他に、異世界はまだまだあるもの。狭紆弩さん、あなたは魔人に利用されているだけなのよ」

「なに……なにを……な、なん、な、なにを言うておる……」


 宰相狭紆弩が腰を抜かさんばかりに後ずさる。


「で、出会えええええ! 出会え出会え出会えええええいっ!!」


 烏帽子を振り乱し、むちゃくちゃに扇子を振り回すと、背後から音もなく人影が三人、走り出てきた。

 皆、黒に赤の紋様が入った仮面をつけ、忍者のような格好をしている。緑髪の仮面男も混じっていた。


「『シャムダーナ』か!」


 同時に、部屋の端々からしゅわしゅわと白い煙が立ち上り始める。


「これは……『疑心の濃霧』!」


 雨巫女髻華羽がさっと立ち上がり、神楽鈴『御譜音(ミフネ)』を手にする。

 しかし時すでに遅く、魔人の霧に当てられた各国要人たちの目が、紫色の光を帯び始めていた。中には赤い光を帯びている者もいる。


「狼藉者め、この場で討ち果たしてくれよう……」


 低く唸るような声とともに、皇空理布の目が真っ赤に燃える。


「鬼人の目……空理布さんもすでに……」


 四人は周囲を囲まれ、逃げ出す隙が無い。


「胤泥螺、各国要人を傷つけてはなりません! 杜乃榎の名を汚すばかりでしょう」

「もとより承知!」

「多勢に無勢、一旦、逃げましょう!」

「思いっきり戦えないってなると、それが一番だろうね〜」

「承知! 拙者が道を切り拓きまする! 続かれよ!」


 言うなり、胤泥螺は皇空理布に向かって斬りかかった。


「でやああっ!!!」

「フンッ!」


 ガキーンと音が響いて、二人の刃が交錯する。胤泥螺が振り下ろす刀を、皇空理布は軽々と受け止めていた。鍔迫り合いで二人の視線が交差する!





はーい、見事に交渉決裂ですねー。


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