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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆第二章 彌吼雷に、俺はなる!
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【35】皇空理布

 日が暮れたというのに、皇都(おうと)のお祭り騒ぎは止む気配がない。あちらこちらで笑い声があがり、子供たちが元気よく駆けて行く。

 しとしとと降り注ぐ小雨もなんのその、といった様子だ。


 人ごみでごった返す大通りを、カラカラと音を立てて牛車は進んだ。


「桃源郷とは、まさにこの事。信じられぬ光景にござる」


 胤泥螺(インディラ)の呟きに、雨巫女髻華羽(ウズハ)が黙って頷いた。


 華やかな祭太鼓に笛の音。ゲームや賭け事に興じる一団があれば、射的や金魚すくいの出店に子供が群がり、さまざまなお面をつけた一団もある。皆、手に手に食べ物を持って食らいつくように食べていた。

 大通りを横切る横道では、大道芸人たちが芸を披露し、拍手喝采も沸き起こっている。どうやら杜乃榎(とのえ)国の民だけではないようだ。浅黒や褐色の肌に、異国情緒溢れる衣装を身に纏った人々も入り交じっていた。


「うほほっ、見えてるよ見えてるよ〜」


 鼻の下を伸ばしながら、凪早(なぎはや)ハレヤが店先にたむろする半裸の女たちに手を振る。時折、「おにいさん、寄ってかない」だとか「いい夢見ましょう」だとか言いつつ、手をヒラヒラさせて誘ってくる。

 店の奥からは、甘ったるい芳香とともにあられもない嬌声が響いてきていた。


「いいねいいね〜、みんな楽しそうだ。まさに天国だね〜。……いでででで」


 蔦壁(つたかべ)ロココが、ツイと凪早ハレヤの耳を引っ張った。


「痛いよ、蔦壁〜」

「女の人ばっかり見ないの」

「う〜〜ん、それは難しい注文だな〜」

「怪しい人をちゃんと探して」

「って言ってもさ〜……おおおっ、美人なおねーさん」


 蔦壁ロココは、おでこに手を当て、深くため息をついた。


「ほら、見て」


 目立たないように蔦壁ロココが指差す先、大笑いしながら大きな肉を頬張っている一団があった。皆、一様に、おでこに角状の突起があり、腕や胸などに『十痣(とあざ)』が真っ赤に浮き上がっていた。

 これ見よがしで、隠す素振りすら無い。


「杜乃榎の民で、『十痣鬼(とあざおに)』を知らぬ者などおりませぬ」


 雨巫女髻華羽が悲しそうな表情で一団を見つめながら、ポツリと漏らした。


「てことはもしかして、もうこの町は敵だらけ、ってこと?」

「だと思う。鬼人は、悪魔が一度号令をかければ、悪魔の意のままに動くから……」

「魔人がその気になれば、いつでも俺たちに襲いかかれる、ってことだね?」

「我らに脅しを掛けているのでござるな……」

「うん、そうだと思う」

「ひとたび、『十痣鬼』に身をやつしたならば、治す方法は無いと言い伝えられております。魔人の言うがままに操られ、戦いの最中に死を迎えるのみ……」


 雨巫女髻華羽の言葉に、蔦壁ロココはゆっくりと頷いた。


「魔人がすでに、杜乃榎の民を奪い去ってしまったのですね……」



 ◆



 皇都の中央やや奥に鎮座する大社前。傘を手にした迎えの者の前で、牛車はピタリと止まった。

 四人は大社の正門をくぐり抜けると、すぐさま大広間へと通された。


 大広間奥の上座中央に鎮座する皇空理布(アリフ)。モニタースクリーンで見たままの光景がそこに広がっていた。

 四人が入ってきても、誰一人として気にする者は無い。皆、大声で話し合い、笑い合っている。


「(あれれ?)」


 凪早ハレヤと蔦壁ロココは、チラリと視線を交わした。モニタースクリーンに映ったあの緑髪の仮面男の姿が、そこに無かったからだ。


 ともあれ、異様な盛り上がりの大広間を、皇空理布の前まで進み出る。雨巫女髻華羽と胤泥螺が揃って腰を落として頭を下げたのに習って、凪早ハレヤと蔦壁ロココも片膝をついて腰を落とした。


 直に見る皇空理布は、思っていたより小柄に感じられた。


 その玉座を取り囲むように、半裸の女たちが妖艶な笑みを浮かべている。皇空理布の肩や腕、太ももや腹に、しなやかな指を這わせていた。


「ハッハッハッ、よう戻ったな髻華羽、胤泥螺よ。まあ一杯、やれ」


 皇空理布が手に持つ盃を二人に向ける。雨巫女髻華羽は巫女服の両袖を合わせ、恭しく頭を下げた。


「古来よりの習わしに従い、彌吼雷(ミクライ)……」

「よい、すでに狭紆弩(サウド)より聞いておる。今は宴の席であるぞ、楽にせい。……おい誰か、髻華羽と胤泥螺に酒を!」


 上機嫌の様子で、皇空理布が手を叩く。すると奥からすぐさま、膳を持って侍女たちが現れた。

 凪早ハレヤと蔦壁ロココの前にも、膳が置かれる。大きな焼き魚と炙り肉が贅沢に盛られ、徳利と盃が載せられていた。


「うっひゃあ、美味そう! ジュルジュルリ!」


 ぐうう〜〜〜〜ぎゅるぎゅるるる〜〜〜。


 生唾を飲み込む凪早ハレヤのお腹が盛大な音を立てた。


「凪早くん……」

「あ、あっはは〜」


 顔を真赤にしながら、頭を掻くしか無かった。


「フハハハ! 我慢せずともよい! 存分に口にするがよいぞ! 南方の海の幸に、西方が自慢のラム肉の炙りもの。酒は那良門の50年ものの古酒よ」

「すべては、雨巫女の加護があったればこそにござる」

「うん? それは違うぞ、胤泥螺。これらは全て、魔人の妖術によって作り出したモノ。そう、この場でな」


 そう言って、皇空理布が口の端を上げてニヤリと笑う。


「これが意味するもの、わかるか?」


 意地悪そうに言い放つと、目をギラギラと光らせたまま、グイと盃を煽った。


「そうだ、雨巫女など無くとも、この世の(ぜい)はすべて手に入る。豊穣の地さえもいらぬということだ!」


 そう言って大口を開けて高笑いする。雨巫女髻華羽はそっと視線を上げると、穏やかな口調で口を開いた。


「この世の(ぜい)が溢れるは、もはや(ぜい)で無し。怪しげな術を(ろう)して手に入る物に、価値などございませぬ。(ぜい)を知るは即ち、生命の重みを知ることにございまする」

「ほほう、言いよるわ! 面白いではないか。では問おう! 人が欲するは、(ぜい)(いな)や?」

(ぜい)(あら)ずとも、満ち足りることにございましょう」

「異議なし! さようであればこそ、この状況じゃ! 満ち足りる事こそが、人の望みよ!」

「真に満ち足りるは、(ぜい)の何たるやを知るに通ずるものなり。現況、伺いまするに、その道より外れておられるのでは、と思う次第にございまする」

「ほほう?」


 皇空理布が、ピクリと左の眉をあげた。


「我が愚息空風円(アフマド)も、雨巫女髻華羽と同じ事を申しておったな。フフフ、今頃、牢で深く反省しておろう……胤泥螺よ、そちも同じ意見か?」

「御意に」

「フフフッ、まあよいわ」


 可笑しそうに笑うと、皇空理布は盃をグイッと煽った。盃が空になったそばから、脇に控える半裸の女が盃に酒を注ぐ。


「今宵、そなたらを招き寄せたは『五方豊穣(ごほうほうじょう)平和協定』への参画(さんかく)を促すためである」


 盃に酒が注がれるのを満足気に見ながら、皇空理布がチラリと雨巫女髻華羽に視線を投げかけた。


「『五方豊穣平和協定』? それはどのようなものでございましょう?」

「天空城による雨巫女制を放棄し、魔人の妖術によって豊穣と平和を維持するという協定である。そのために、東方二大国の王と重臣、南方連合や西方諸国の王侯貴族諸侯を招いたのだ」


 皇空理布は誇らしげにそう言うと、両腕を広げて大広間に集う人々を指し示してみせた。各国の要人たちが、これに応えて盃を差し上げる。


「すでにここにおられる要人たちは了承済みである。魔人は敵にあらず。我らの手で制御できる無限の力なのだ!」

「魔人万歳! 過去の過ちの歴史よ、さらば!」


 どこかの国の誰かの声に、一同から次々に賛同の声が上がる。

 皇空理布は満足そうに頷くと、雨巫女髻華羽に視線を向けた。


「雨巫女髻華羽よ、あとはそなたが雨巫女の職を辞すれば協定は成立ぞ。さあ今すぐにでも神楽鈴『御譜音(ミフネ)』を床に置き、この場でその雨巫女装束を脱ぐがよいぞ────」


 皇空理布の言葉に、周囲から下卑た笑いが巻き起こる。男たちの目が怪しく光り、雨巫女髻華羽に視線が注がれた。





もう魔人ありきのお話になってますね。

どうする、髻華羽?

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