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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆第二章 彌吼雷に、俺はなる!
33/84

【32】皇都からの通信


「お繋ぎしてください」

「はいなのです!」


 真茱鈴(マジュリン)は大きな耳をパタパタと揺らして元気よく頷くと、「ポチッとな」と言いつつ本部通信回線を開いた。

 瞬間、モニタースクリーン中央に第2ウインドウが開いて、一人の男が大写しになった。


「『これはこれは、雨巫女髻華羽(ウズハ)殿。ご健在のご様子で何よりでございますな』」


 面長の顔を白粉で染め、公家のように丸い眉を描いている。口唇には紅を引き、頭には烏帽子をかぶり、手には扇子を携えていた。

 目は狐のように細く、小さな瞳孔は怪しげな光を湛えている。

 凪早ハレヤは「どこかで聞いた声だな」と思った。どこで聞いたかは、思い出せないようだが。


「宰相狭紆弩(サウド)さま、お久しゅうございます」


 恭しく頭を下げる雨巫女髻華羽だが、その表情は固く引き締まっていた。


「遅ればせながら、古来からの習わしにより、彌吼雷(ミクライ)さまを召喚いたしましてございます。すでに天空城を再浮上いたしまして、ようやくに皇都まで駆けつけた次第……」

「『それはそれは、なによりにござりまする。さすが当代随一と謳われた美貌……もとい、実力にござりまするな、ホッホッホッ』」


 細い目をさらに細めて、宰相狭紆弩が女性のような笑い声をあげた。


「『……これ、髻華羽殿のアップを早うに。……そうじゃ、うむ……』」


 正対しているにもかかわらず、狭紆弩がモニター横の誰かに指示を出し始める。


「『……これ、もそっと下を映さぬか。もそっと下を……うむ! ムフッムフッ……よいぞよいぞ……』」


 不躾な態度を堂々と見せつけたあと、再びこちらに視線を向ける。モニター越しの雨巫女髻華羽に向けられているであろうその眼差しが、隠しようもないほどに下卑た光に彩られ、舐め回すように上下している。


「『相変わらずの美しさよの、フフフフフ……』」

「(怪しい人の典型じゃ〜ん)」


 ゴーグルに映るその姿を見つめながら、凪早ハレヤは肩をすくめた。

 雨巫女髻華羽はそっと目を閉じ、溜め息をひとつつくと、キッと視線を上げた。


「彌吼雷さまに天空城が揃いました今、早速に魔人を討たねばなりません。宰相さまは、魔人の行方を把握されておられますか?」

「『おお、ホッホッホッ、まあ、そう急かれるな。その件については皇空理布(アリフ)の命により、各国の要人を集めて「五方豊穣(ごほうほうじょう)平和協定」なるものを協議中にござりまする。どうぞこちらをご覧くださりますれば……』」


 宰相狭紆弩が恭しく頭を下げると、即座に映像が切り替わった。


「宮中の大広間なのです……?」

「あれは那良門の王……手津音の王と王妃も……」

「南方の大公もおられますね。西方の大商人と大司教まで……」

「なんたる狂態じゃ……!」


 どうやら皇都宮中内の大広間で、大宴会が催されているようだった。皇都の市中に劣らぬほどの豪華な宴だ。

 そして、いろいろな国の王侯貴族たちが集っているらしい。皆それぞれに、ご馳走を前にして酒を煽るように飲んでいる。


 綺麗な衣装を纏った女たちが綺羅びやかに舞い、飲み食いするそばから次々に新たな料理を運び込んでくる。


 そしてその宴会の席の一番奥。左右に妖艶な女を数人侍らせた男の姿に、操舵室内が冷水を浴びせられたかのように凍りついた。


 やや細面のキリッとした目鼻立ちに、綺麗に切り揃えられた口ひげ。よくある織田信長を思わせる鋭い眼光。

 金ピカの支柱に綺羅びやかな宝石が埋め込まれ、赤の布地のクッションが施された玉座に片あぐらで座り、左肘を立てて頬杖を付いている。


「……皇空理布……」

「空理布さま……」

「……空理布よ」


 雨巫女髻華羽と紅梨沙理(グリサリ)、そして霧冷陽(ムサビ)が口々に呟く。

 息せき切って駆け戻って来た胤泥螺と午羅雲も、その映像に目を丸くした。


「これは……なぜ、かような状況に?」

「『ホッホッホッ、髻華羽殿、是非にも皇空理布と「五方豊穣平和協定」のお話をされるがよろしかろうと存じ上げまする。皇空理布も、それを望んでおられます』」

「髻華羽殿に宮中へ参れと?」

「ハンッ、狭紆弩! ようやく本性を見せたか! 髻華羽さん、こんな見え透いた罠、わざわざ付き合ってやる必要もないですよ!」

「『ホッホッホッ、相変わらず無礼なお方ですね、午羅雲。これは皇空理布自らかが望まれたこと。狭紆弩はそれをお膳立てしたにすぎぬ』」

「フンッ……虎の威を借る狐野郎たぁ、まさにテメエの事だ!」


 午羅雲は眉間に深く皺を寄せ、憎々しげにモニターに映る狭紆弩を見上げる。よほど、腹に据えかねているといった様子だ。


「『フフフフフ、杜乃榎(とのえ)の正義は我に有り……無謀な言動は慎まれるがよろしいぞ。もとより、反逆者の汚名が欲しいとあらば構わぬがの……フホッフホッフホッ』」

「この身の名誉など欲しくはない。後の人々が我が評価を決めるだろう。キサマにこの……」

「よせ、午羅雲。お前は乗せられておるのだ! ヤツの策略のひとつに相違ない!」

「『ホッホッホッ、熱い男の友情とは泣かせますねぇ……さて、木偶の坊たちの喚きは捨て置いて、いかがいたしますかな、髻華羽殿』」


 扇子で口元を隠しながら、狭紆弩が細い目を向ける。


「……皇空理布の命とあらば、是非にも従いましょう」

「『さすがは髻華羽殿。賢明なご判断にござりまする。皇空理布は、無用な戦いは望んでおられませぬ。そのための話の場を設けたいと、かような宴を開かれた次第……』」


 口端を上げて「フヒヒ」と狭紆弩は笑った。


「……皇子空風円(アフマド)はいかがなされました?」


 唐突に、紅梨沙理が質問を投げかける。

 笑っていた狭紆弩はクイッと紅梨沙理の方に視線を向けると、汚いものでも見るような目つきをした。


「『皇空理布の命に従いて、粛々と公務に励んでおられます』」

「公務とは?」


 少し顎をあげ、ツーンとした表情で狭紆弩が紅梨沙理を見やる。


「『公務は公務にござりまする。それ以上、何も申し上げることはございませぬ』」

「各国要人を集めし、かような席におられぬとは、話がおかしかろうて! よほど重要な公務であろう? ならば言うてみよ!」


 霧冷陽が一歩進み出て問い詰める。


「『では髻華羽殿、のちほど……。ただいま、「天空城転送装置」が故障しております。正門にて迎えを待機させますゆえ、どうぞそこまでお越し下さりますれば……』」


 恭しく頭を下げると、狭紆弩の方から一方的に通信を終えた。

 第2ウインドウが閉じ、操舵室がシーンとした静寂に包まれる。


「なんたる狂態! 魔人の毒にあてられておるとしか思えませぬぞ!」

「明々白々な罠にござりましょう」

「狭紆弩め……ついに杜乃榎を手中にしたと言わんばかりの物言いだったわ!」

「トト様、杜乃榎はもう魔人の手に堕ちてござりますなのです?」

流那鈴(ルナリン)、怖い……」


 操舵室に男たちの罵声が飛び交い、真茱鈴と流那鈴は大きな耳をしんなりと垂れていた。

 軍議ではてっきり、魔人軍との壮絶な戦いが待っているものと思われていただけに、この予想外の事態に皆、戸惑っている様子だった。


「髻華羽さん、ひとまず天空城を上昇させましょ。戦闘の必要はなさそうだし」

「……兵も戦闘待機の任を解いた方が……?」

「うん、それがいいと思う。兵の人たちも、戸惑ってるみたいだし」


 モニターを見上げながら、蔦壁ロココが頷いた。たしかに、外で陣形を組んでいる兵たちが、皇都から漂う食の匂いにざわついている。

 ただでさえ、ここまで少ない兵糧で飢えを凌いできたのだ。抑えきれぬ食欲に、飛び降りんばかりの勢いの者までいる。


「わかりました。天空城を再浮上いたします。総員、天空城社内で待機を。のちほど、軍議の開催を提案いたします」


 雨巫女髻華羽の言葉に、一同が頷いて敬礼する。


「凪早くん、浮上をお願いね」

「ほいよ〜」


 凪早ハレヤがバグ玉制御を解除すると、天空城は雲の中へと上昇し始める。

 雲の上では、太陽が雲海に沈まんとして、薄赤い陽光が雲海を染めつつあった。





怪しすぎる!の一言ですね。

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