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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆第二章 彌吼雷に、俺はなる!
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【29】夜映

 凪早(なぎはや)ハレヤはボンヤリとした意識の中にいた。


 暗闇の中に、丸い大きな月が浮かんでいる。

 その月に向かって、誰かがそっと囁いているようだ。



「あるところに泣き虫のジャルカナという名の子供がいました。

 あまりにも怖がりで、夜の暗闇さえも怖がります。

 毎日毎日泣くものだから、お母さんのヤハエはジャルカナの泣きべそを聞かない日はありませんでした。


 ジャルカナの将来を案じたお母さんのヤハエは、叔父のバルベルグに相談します。


 「強い男に育てたいなら、寄宿舎付きの兵隊学校に入れるべきだ」

 「たしかにそうね。寄宿舎付きの兵隊学校なら、きっと強くて逞しい大人になるでしょう」


 喜んで家に戻ったお母さんのヤハエは、早速、ジャルカナを寄宿舎付きの兵隊学校へ入学させました。

 怖い顔の兵隊さんに連れられて、ジャルカナは泣きべそかきかき家を出て行きました。


 「しっかり学んで、強くて逞しい大人になるんですよ」


 それからというもの、ジャルカナの泣きべそを聞かない日が続きます。

 最初の数日は安心していたお母さんのヤハエでしたが、だんだん、不安になってきました。


 「泣きべそが止んで寂しいわ。もしかしたらあの子は、寄宿舎付きの兵隊学校で毎晩泣いてるんじゃないかしら?」


 そうは言っても、寄宿舎付きの兵隊学校は遠くて、歩けば10日もかかります。

 お母さんのヤハエも仕事があるので、そんなに長くは家を留守にするわけにもいきません。


 「ジャルカナ、ああわたしのジャルカナよ。夜が怖いと泣いてはないかい?」


 暗い夜空を見上げながら心配で心配でたまらなくなります。


 それから数ヶ月が過ぎたある日、村に占いのお婆さんがやってきました。

 よく当たると評判の占いのお婆さんです。


 お母さんのヤハエは早速、ジャルカナの様子はどうかと占いのお婆さんに訪ねに行きました。


 「それぐらい、自分の目で確かめたらどうだね?」

 「いいえ、そんなわけにはいかないわ。わたしにも仕事があるんですもの」

 「いいものがあるよ。このクスリを飲めば、ひとっ飛びで千里を行けるよ」

 「まあそんな便利なものが?」

 「ただし、いいかい、よくお聞き。決して人に見られてはならないよ。

  クスリの効果は一日で消えるから、夜になったらクスリを飲んで、明るくなる前に帰っておいで。

  そしてその日の昼は『頭が痛い』と言って誰とも会わずに、一日中、家の中で寝ておくんだよ。

  クスリが効いている間は、決して人に見られてはならないからね」

 「ええ、わかったわ。そのおクスリをくださいな」


 お母さんのヤハエは喜び勇んで家に戻ります。

 ワクワクしながら夜を待ち、日暮れとともにクスリを飲みました。


 「さて、これで速く走れるようになったかしら?」


 夜が暗くて、自分の姿さえ見ることができません。


 「まあいいわ。夜が明けないうちに早くいかなきゃ」


 やけに小さく見える玄関ドアを開けますが、どうにもこうにもくぐり抜けることができません。


 「あらやだ、太ったのかしら? まあいいわ。だったら屋根を外して外に出ましょう」


 お母さんのヤハエは軽々と家の屋根を持ち上げると、一跨ぎで外へと出ました。

 そして風のように草原を走ります。


 「おお、なんて速いんでしょう! これなら一刻もかからず寄宿舎付きの兵隊学校に辿り着けるわ!」


 お母さんのヤハエは嬉しくて、大急ぎで走りました。

 野を越え大きな橋を渡って山を越え、高原を駆け抜けまた山を登ります。

 やがて真夜中になる頃に、お母さんのヤハエはジャルカナのいる寄宿舎付きの兵隊学校に辿り着きました。


 「わたしのかわいい泣き虫ジャルカナはどこかしら?」


 身をかがめて、そうっと、窓から寄宿舎を覗いてみます。

 みんな、部屋の明かりを消して、行儀よく寝ています。


 ここに来れば、きっとなきべそが聞こえると思ったのに、ひっそりと静まり返っていました。


 「ああ、ジャルカナ。ジャルカナよ。お母さんよ、顔を見せておくれ」


 その時、お母さんのヤハエはハッとしました。

 覗きこんだ部屋のベッドの上で、静かに寝ている男の子。

 それは確かにジャルカナでした。


 「まあ、ジャルカナ。夜にひとりでもぐっすり寝ているなんて!」


 寝顔のジャルカナは微笑んでいるようにも見えました。


 「きっといい夢を見ているのね」


 ホッとひと安心したお母さんのヤハエは、占いのお婆さんの言葉を思い出します。


 「そろそろ帰りましょう。人に見られる前に」


 帰る前にもう一度、ジャルカナの顔を覗き見て微笑んだその時でした。


 「誰だ、お前! あああ、お、鬼だあああああああ!」


 誰かの声が後ろから聞こえます。


 「鬼ですって? なんていうことでしょう!」


 お母さんのヤハエは危険が迫っていることに(おのの)いて辺りを見渡します。

 すると後ろからジャルカナの声が聞こえました。


 「悪い鬼め! こうしてやる!」

 「まあ、なんて勇敢なのでしょう!」


 ジャルカナの言葉とは思えないほど勇ましい声でした。

 あの泣き虫ジャルカナが、自分を守るために鬼を退治してくれるのだ、と思うと嬉しさが込み上げてきます。

 ジャルカナの勇ましい姿を思い浮かべながら、ニコニコ顔で振り返ろうとしたお母さんのヤハエの耳に、銃声が響きました。


 全身に激痛が走って、お母さんのヤハエは倒れ込みます。


 「おい、みんな! 起きろ! 鬼だ! 鬼が出たぞ!!!」


 ジャルカナの声に、次々に部屋の明かりが灯って、何度も銃声が響き渡ります。

 あちこち撃たれて血だらけの鬼は身を起こすと、命からがら逃げて行きました。


 しかし、どちらの方向へ逃げればいいのかわからなくて、いっぱいの血を流しながら、ただただ必死に走っていきます。

 地平線のすぐ下まで昇ってきた太陽が、空を赤く染め始める頃、鬼は海までやってきていました。


 「ああ、もう朝だわ……人に見られてはいけないもの……」


 鬼は静かにつぶやくと、海の中へと姿を消しました。


 それから数年後。

 立派な大人になったジャルカナが、お母さんのヤハエの家に戻ってきました。


 「お母さん、ただいま! 鬼をいっぱい倒してきたよ! もう立派な大人さ!」


 元気よくそう言いながら、勢い良く玄関のドアを開けます。

 しかしそこには、見知らぬ家族が食事をしていました。


 「君たちは誰? 僕のお母さんのヤハエは?」

 「ここに住んでいたおばさんは、ある夜、突然いなくなってしまったの」

 「家の屋根が壊れてて、鬼に食べられたんじゃないかと、村の人たちは言ってるよ」


 ジャルカナは愕然としてしまいます。

 せっかく、泣き虫が治って立派な大人になったのに、お母さんのヤハエがいないなんて。


 村のはずれの丘の上。

 ジャルカナは一人、膝を抱いて夜空を見上げます。

 お母さんのヤハエが恋しいと、夜空に向かって泣きました。


 それを見ていた天の神さまがそっと囁きます。


 「ヤハエよ、お前の可愛いジャルカナが泣いてるよ。母が恋しいと泣いてるよ」


 すると海の彼方から、そっと白い月が顔を覗かせました。

 キラキラと辺りを明るく照らして、ゆっくりと夜空に昇って行きました。


 泣きじゃくるジャルカナを照らし出し、優しく包み込みます。


 「その明かりが夜空にあれば、自分の姿を確認できたのにね。

  そしたらすぐにでも逃げられたのにね。

  みんなが夜に間違えないように、お前は夜空を明るく照らす月のままでいたらどうだね?」


 天の神さまに、月はそっと頷きました。


 それからというもの、夜の空には白くて丸い大きな『夜映(やはえ)』が上るようになりました。

 今でも、夜が怖い子どもたちを、優しく見守っています。


 おしまい」




 物語を聞き終わる頃、凪早(なぎはや)ハレヤは薄らと目を開けた。


「今の、何の話?」

「お気づきになられましたか、彌吼雷(ミクライ)さま」


 上から聴こえる雨巫女髻華羽(ウズハ)の声。おでこに冷たい感覚と、後頭部のもちっとした温かな感触。

 目の前に突き出た盛り上がりの向こう、雨巫女髻華羽の顔があった。


「(……ぉ、おおうっ!!)」


 どうやら、雨巫女髻華羽に膝枕をしてもらっているらしい。雨巫女髻華羽の左手はそっと凪早ハレヤの胸に添えられ、右手に持った団扇でゆるゆると涼風を送ってくれているようだ。


 そのことに気付いた凪早ハレヤは、即座にこのままの体勢でいようと心に決めた。


「……まだ夢の中にいるのかなぁ……頭がボンヤリするよぉ……」


 わざとらしく、弱々しげにそんなことを呟いてみる。


「そうですか。まだゆっくりされた方がよろしいかと」


 そう言って、雨巫女髻華羽はそっと微笑んだ。なんて優しい微笑みだろう、と凪早ハレヤは思わずニヤけてしまう。





膝枕テレテレ

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