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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆第二章 彌吼雷に、俺はなる!
28/84

【27】束の間の休息

「天空城、浮上おおおおおおおお!!!」


 「グォン」と低い振動音とともに、天空城が浮上を開始する。見る見るうちに地表を離れ、夕日より高く、雲の上まで突き抜けていく。


 凪早(なぎはや)ハレヤの頭上には、五人の姿が見える。司令席の雨巫女髻華羽(ウズハ)、左舷前方に蔦壁(つたかべ)ロココ、左舷横に真茱鈴(マジュリン)。そして右舷前方に紅梨沙理(グリサリ)、右舷横に流那鈴(ルナリン)の配置だ。


「高度2000m越えましたなのです!」

「全バランサー異常なし……」

「防護シールド展開、エネルギー充填150%。臨界点に達しています」

「150%ってすごいなのです!」

「流那鈴、困惑……」

超虹雷砲(スーパーグライキャノン)のエネルギーも充填完了。防護シールド内の気候調整システムも正常、各防護ハッチ応答正常。オールグリーン、すべて異常ありません。間もなく高度3000mに到達します」

「ではそろそろ、高度を維持いたしましょう」

「えーっと……高度維持装置は働いているなのです!」

「浮上が止まりません。これはいったい……?」


 途中まで順調そのものだった操舵室が、不穏な空気に包まれる。


「凪早くん、バグ玉制御を発動してみてくれる?」

「ほいよ〜。でも、下降しちゃうんじゃないかな?」

「とりあえず、物は試し、ね」

「オッケイ。バグ玉制御、発動!」


 言われるがままに、バグ玉制御を発動してみる。すると、上昇し続けていた天空城の動きがゆっくりと止まった。


「どう? 大丈夫かな〜?」

「ただいま高度3200……3199.99……」

「微妙に落ちてるみたい。現状の落下速度で、どの程度持つのか試算してみるね」


 蔦壁ロココがそう言うと、モニタースクリーン上に『落下予測シミュレート』のポップアップが表示された。そしてすぐに、右に向かって降下する直線と、予測時間が表示された。


「高度1000まで落下するのに、11時間の予測。問題無いと思う」

「そうでございますね。何かありますれば、彌吼雷(ミクライ)さまに再度浮上をお願いできれば」

「いいよね、凪早くん?」

「んああ、いいよ〜。ここにずっと座ってるのも退屈だしね」


 凪早ハレヤにとってはむしろありがたいことだった。

 グローブとブーツ、シートベルトを外すと、『彌吼雷の間』を出ることにした。


「では、加護力の発動に参りましょう」


 ハッチを出ると、ちょうど司令席の雨巫女髻華羽が神楽鈴『御譜音(ミフネ)』を手にしたところだった。

 シャンシャンと鈴を鳴らして詠唱を始める。



清廉恵雨(せいれんけいう)の習わしに 清らかなりし言霊(ことだま)


 永久(とこしえ)御加護(みかご)に揺れたもう 信徒の道筋 夕に立つ────


 除! 厄! 清! 災! ────清霊祓魔の雨雲よ、集い給え!」



 「シャーン」と大きく鈴を鳴らすと、雨巫女髻華羽の前の水晶球が青色の輝きを放ち始めた。ブワンと一瞬、天空城が揺れて周囲に白い輪が広がっていった。


 やがて、水気を多く含んだ風が「ゴオオオ」と吹き付け、天空城の下がにわかに白く靄り始めた。


「ほへ〜、雲が集まってきてるよ」


 見る見るうちに眼下に雲が広がって、その厚みを増していく。雲の先端は天空城のほど近くにまで達し、やがて雲間に稲妻が煌めき始めた。


「この雨雲には、魔人の魔力を祓う力もございます。近隣に魔人やその手の者が潜んでおりましても、存分に力は発揮できぬでしょう」

「飲み水が枯渇していますから、近隣の民も喜びますね」

「なっるほどね〜」


 夕日は雲海の下へと沈み、大きな月が煌々と輝きを放ち始める。

 天空城は雲海が織り成す絨毯の上を、ゆっくりと静かに漂っていた。



 ◆



「そこでワシがこう、『彌吼雷(ミクライ)の鉾』をズバアッとじゃ!」

霧冷陽(ムサビ)さま、横から現れし敵兵はどうなりますか?」

「そりゃもちろんわかっておるわ、見逃すはずもない! 皇空理布(アリフ)がサッとばかりに『彌吼雷(ミクライ)の剣』を斜めに斬り上げて……」

「皇空理布(アリフ)に助けられたと素直に申されれば」


 周囲から「わははは」と笑い声があがる。


 羊肉を焼く焚き火を囲んで、兵たちは手に手に酒を持っていた。

 今は高度3000m付近だが、天空城の気候調整システムのおかげで涼やかだった。高地特有の空気の薄さもなく、皆、めいめいにリラックスした様子でたむろしている。


 明日には皇都で戦の可能性もあるが、今は束の間の休息に安堵の気持ちが勝っているようだ。


 霧冷陽は、先の魔人討伐の話を兵たちに聞かせているところだ。もう何度目からしいが。胤泥螺(インディラ)午羅雲(ゴラクモ)も、同じ焚き火を囲んで酒を煽っていた。


 凪早(なぎはや)ハレヤは霧冷陽の後ろのベンチに寝そべり、ボンヤリと大きな月を見上げていた。

 ベンチの下に置いた陶器製のコップはすでに空だ。視界がゆ〜〜〜っくりと回っている。


「昨日の晩は雨で、夜空を見てなかったっけな〜」


 ミュリエルの森とはまた違う夜空だ。

 天空にかかる月を見上げ、誰かが「今日もまた『夜映(やはえ)』が大きくございますな」と言い、誰もが「たしかにたしかに」「日に日に成長しておるようじゃわ!」と言っていたが、確かにデカイ月だ。


 少し離れたところから、少女の笑い声が聞こえて来る。真茱鈴(マジュリン)流那鈴(ルナリン)だ。たしか、雨巫女髻華羽(ウズハ)も一緒のはずだ。

 怪我をした兵士たちの手当を終えてから、この場にやってくると、すぐに若い兵士たちに囲まれていた。胤泥螺も午羅雲も、特に気にする様子もない。

 故郷の母がどうのとか、妹や姉がどうとかいった話を、兵士たちが口々にしている。それを真茱鈴と流那鈴が冷やかしては、雨巫女髻華羽が微笑んでいるといった様子だ。


 蔦壁(つたかべ)ロココはというと、紅梨沙理(グリサリ)の案内で天空城にある小さな書物庫で書物を漁っているらしい。相変わらず本が好きなようだ。と言っても、ここでは『情報集め』というれっきとした名目があるが。


「すごい威力といえば、今日のハレヤ……もとい、彌吼雷(ミクライ)さまもなかなかでしたな」


 つと、午羅雲が、凪早ハレヤに話題を振る。


「おお、たしかに」

「あのような技、初めて拝見致しました」

「空から何が舞い降りてきたかと思えば、あれよあれよという間に魔人軍の投石機や三眼の怪ゾウ、大鬼兵、小鬼兵を打ち倒されましたからな!」

「天空城に乗り込まれてからは、まさに魔人軍を一閃! 大鬼兵ですら、赤子の手を捻るが如し!」

「これぞ杜乃榎(とのえ)杜乃榎(とのえ)たる由縁よ、と心が打ち震えましたぞ!」

「んああ?」


 次々にあがる感嘆の声に、凪早ハレヤがボヤッとした声をあげる。見ると、その場に集う兵たちが凪早ハレヤを尊敬の眼差しで見つめていた。


「あっはは〜、でも撃墜されちゃったんだよね〜」

「一度退却したように見せかけて敵を油断させ、天空城に乗り込むという高度な作戦とお見受けしましたが?」

「おおお、あれにはそのような意味が?」

「なるほど、さすがは彌吼雷さまだ!」


 午羅雲の適当フォローに凪早ハレヤは思わず片眉を上げるが、兵たちが納得顔で盛り上がっているようなので、ニッと笑って放置することにした。あばたもえくぼ、力を認められれば単なるミスも怪我の功名に奉られるらしい。


「どこでそのような修行を?」

「天からの授かりものさ。修行ってほどの事は何もして無いね〜」

「おお、さすがは天からの使者というわけじゃの! これはほんに、心強うござりますぞ!」

「昨日も『巫女の修験場(しゅげんじょう)』で、もの凄い雷鎚を打たれておられたわ」

「おお、それも拝見したかったですな!」


 昨晩の不平とは打って変わってこの反応。酒と羊肉に満たされたこともあるかもしれない。

 それでも、杜乃榎兵たちが凪早ハレヤのことを「彌吼雷である」と認めていることは十分に伺い知れた。


「でもさ〜、あの赤髪の仮面男。あれは強かったね〜。午羅雲さんがいなきゃ、どうなってたか」


 大あくびをしながら凪早ハレヤが午羅雲を見る。

 すでに首とおでこは修理済みのようだ。


「彌吼雷さまにお褒めに預かり、恐悦至極にございますな。しかし、あれはそもそも彌吼雷さまがこの地にお伝えになられたモノ」

「音に聞く、天空城の『蒼竿銃(ブルーロッドライフル)』ですな」

「へえええ、そうなんだ? 彌吼雷って天才だね」


 凪早ハレヤの言葉に、その場が爆笑の渦に包まれた。あの仏頂面の胤泥螺ですら、口元をニヤリとさせている。

 凪早ハレヤは「みんな、ゴキゲンなんだな」と思わずにはいられなかった。


 午羅雲が言うには、天空城には彌吼雷の伝えた数々の『機械仕掛』の設計図が残されているという。それらは全て、材料に『霊鉱石』が必要で、精霊力で操る『精霊工具』と呼ばれる工具で作る必要があるという。


「この『蒼竿銃(ブルーロッドライフル)』もその一つですよ。オレは図面通りに作ったにすぎません」

「じゃが、己の身体を『機械仕掛』化するなど、午羅雲しか思い立たんことじゃて! 午羅雲の才能なくしては実現せぬわ」

「その『機械仕掛』の身体も、彌吼雷の図面があったりするわけ?」

「ええ。実はこうした方が何かと便利でしてね。手引書に『可能ならばそうせよ』と記されているのを、実践しただけです。おかげで、オレは『精霊工具』を持ち歩かなくとも、こうして……ね」


 午羅雲が左手で右手首を回すと、右の手のひらから7つの工具が現れた。「おおお」と感嘆の声が上がる。しかも、まるで生き物のように、クイックイッとその大きさを変えて見せた。


「娘の真茱鈴と流那鈴に、定期的に精霊力を注入してもらう必要はありますがね。代わりに、兵糧を必要としないってのは利点でしょう。10日は動けますよ」

「他の人も、みんなロボットにしちゃえば?」


 凪早ハレヤの言葉に、午羅雲は「フフフ」と笑って首を振った。


「できますがね。今は材料が足りません。オレは運が良かったんですよ」

「ふ〜ん、そうなんだ」

「ただ、おっしゃりたいことはわかります。実はオレも、宰相の狭紆弩(サウド)に『機械仕掛兵の増産』を進言してみたんですよ。皇空理布(アリフ)と皇子空風円(アフマド)にもご同席いただいてね。こういう時なら、西方諸国の連中も材料の取引に応じるんじゃないか、とね」

「ほう、それは初耳じゃ」

「天空城が墜ちた折に。万が一の防備のため、せめて『蒼竿銃(ブルーロッドライフル)』の生産だけでも、と頼んでみましたが……フン、何をお考えでいらっしゃるやら」


 思い出した記憶に眉をしかめて、午羅雲が酒を煽る。


「狭紆弩は『魔人が出たならいざ知らず、天空城が墜ちた如きでそのような軍備増強しようものなら、各国より批判の雨あられじゃ!』と喚き散らしてはいたものの、微動だにされぬ皇空理布のお心はまったく察しがいかない……。皇子空風円にはご賛同いただいたのだけが、唯一の救いってもんですよ」

「さすが皇子空風円じゃ! ご聡明であらせられる!……と言いたいところじゃが、それは逆に皇子空風円の地位を脅かす理由に利用されかねん話じゃのぉ」

「黙っててすみません、オヤッサン。実は、それが気がかりでね。そのあとはすぐにこっちへ来ちまったもんだし……」

「三月前に拙者が髻華羽殿ともに皇都を出た折には、まだ元気にしておられた。案ずるほどではなかろう」


 胤泥螺がチラリと視線だけ午羅雲に向ける。午羅雲は「うんうん」と頷くと、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「ならいいんだが……。まあ、ムカついたんで、こっちに来てから『蒼竿銃(ブルーロッドライフル)』だけは黙って作ってやりましたけどね。30丁ほど」

「まことか、午羅雲」

「ああ、武器庫に入れてある。弾も3千ほど揃えたよ」

「うむ。魔人討伐の折、秘策となろうな!」


 胤泥螺が引き締まった表情で午羅雲に向かって頷いた。どうやら、この二人は仲が良さそうだ。


「さすがは午羅雲よ! ワシが見込んだ悪ガキじゃ!」

「ハハハ、その呼び方はやめてくださいよオヤッサン。胤泥螺はまだしも、オレはもう三十路手前だ。子も二人ある身」

「ワシと二回りも違うておるのじゃ、いつまで経っても悪ガキよ!」


 機嫌良さそうに笑い飛ばす霧冷陽に、午羅雲は肩をすくめた。


「まあ、オレだってこの国が滅びるのは忍びない。もともと『蒼竿銃(ブルーロッドライフル)』は、魔人討伐の武器にと古の彌吼雷さまが託された図面ですよ。過去の歴史を見ても使われた実績がある。なのにオレたちが活かさずなんとする。それだけです」

「午羅雲のその思い、我ら前線部隊は無駄にせぬぞ」


 胤泥螺の言葉に、周りの兵たちが深く頷いた。

 どうもここまでの話を聞く限り、皇空理布と宰相狭紆弩に対して杜乃榎兵の多くが不審を抱いているように感じられる。


「(何かあるんだろうな)」


 凪早ハレヤもそう思わずにはいられなかった。


 明日には皇都に天空城は辿り着くだろう。そこで、何か妙なモノが待ち構えている。

 そんな予感がしていた。





月を見上げながらの飲みもなかなか良さげですね。

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