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浮遊力に取り憑かれたら何かと捗った  作者: みきもり拾二
◆第二章 彌吼雷に、俺はなる!
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【17】雨の夜

 シトシト降りしきる雨の音に、ふと、凪早(なぎはや)ハレヤは目を覚ました。


「……んああ、あれ?」


 ボンヤリした頭をボリボリ掻きながら半身を起こし、開き切らない寝ぼけ眼で辺りを見回してみる。

 夜闇の中、行灯(あんどん)の放つ優しいオレンジ色の光が薄らと部屋を包み込んでいた。8畳ほどの板張りの部屋。四方はふすまで覆われている。


 見慣れない部屋だ。


「やばっ、途中で寝ちゃったか」


 たしか、軽めの食事をしながら『この杜乃榎(とのえ)国で何が起こっているか?』や『このあと何をすべきか?』などを話し合っていたはずだ。


「墜落した『天空城』がどうとか、宝物庫の『彌吼雷(ミクライ)の秘蔵品』がどうとか言ってたっけ……ふあわぁ〜〜〜うぅ〜」


 高校の図書室から異世界に旅立って、この杜乃榎(とのえ)国に至るまでに、すでに随分時間が経っていたはずだ。あのまま日常生活を過ごしていれば、深夜を過ぎていた頃だろう。

 それに、ミュリエルの森から戦闘の連続だった。少し眠ったとはいえ、身体のあちこちに疲労が残っている感じがする。

 そんな状態で少ないながらも食べ物を口にしたわけだし、急に眠気が襲ってきたとしても不思議はない。


「あははっ、結構はりきっちゃったよな〜、俺」


 まさか、一晩にしてもの凄い威力の矢を放つ勇者になるとは思っても見なかった。


 しかもこの世界に来てすぐ、『彌吼雷(ミクライ)』とかいう英雄に祭り上げられている。


「(まったくこの先、どんなワクワクが待ってるんだか!!!)」


 ニヤニヤしながら、眠る直前のことを少し思い出してみる。


 たしかこのあとは、墜落した『天空城』の周辺に設営された『宿営地』を目指すという話だ。そこで彌吼雷の力で天空城の浮上を試みるとかで。


「(蔦壁(つたかべ)は、天空城の浮遊力が無くなったことがこの異世界のバグだろう、って言ってたなぁ……)」


 確かにそう考えれば、凪早ハレヤがバグ玉に取り憑かれて宙に浮くようになってしまったことも、すっきり説明できる気がした。天空城を浮遊させていた力がその身に宿ったということであれば、かなり重い物でも持ち上げられて当然だろう。

 『彌吼雷が天空城に入れば応急処置的に天空城が浮上させられる』とかいう話を雨巫女(あめみこ)髻華羽(ウズハ)がしてた気がする。

 しかしいずれにせよ、凪早ハレヤの身体から浮遊力を取り払い、墜落した天空城を完全に修復するには、この世界に現れた悪魔────魔人を倒さなければならないようだが。


 そんなことを思っていると、すぐ近くから、誰かの寝息が聴こえるのに気付いた。


「おほっ……!」


 薄明かりの中、上下にゆっくりと揺れ動く、押しつぶしたゴム毬のような2つの大きな盛り上がり。


 雨巫女(あめみこ)髻華羽(ウズハ)だ。


 薄い肌着のようなものを一枚羽織り、腰辺りまで薄めの掛け布団をかけ、仰向けで眠っていた。

 細く形の良い小鼻から、小気味の良いリズムでかすかに吐息を漏らしている。薄く開いた口唇の仄かな(べに)が、薄明かりの中で(つや)やかに映えている。髪は綺麗に()いて、斜め後ろで軽くまとめている。その表情は無防備で、何の陰りも無いように見えた。


 その向こうには、蔦壁ロココの寝顔があった。書物らしきものを広げ、その上に突っ伏している。

 読み物をしながら、そのまま眠りに落ちたといった様子だ。


「……彌吼雷(ミクライ)に関する書物があるとかで、ここの書物庫を調べてくる、とか言ってたっけ」


 さすがは図書委員に即座に立候補するだけはある、と凪早ハレヤは微笑ましく思った。


 ボンヤリと笑みをこぼしたその時、雨巫女髻華羽が「うん」と小さく吐息を漏らして、凪早ハレヤの方に寝返りを打った。

 衣擦れの音が静かに響いて、肌着が肩までズレ下がる。


「(おおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!)」


 たわわな実りのすべてが、あと少しで見えそうだ!


「(なんというギリギリ! なんという寸止め! チックショウ!! ガッデム! こんな試練を与えるなんて、神さまは横暴すぎる!)」


 心の奥底で天に向かって悪態をつく凪早ハレヤの脳裏で、「見ちゃえよ、あとちょっとだろ?」とゲス顔の悪魔が囁きかける。

 その誘惑に、凪早ハレヤは迷うこと無く即座に応えた。


 そーっと、雨巫女髻華羽の肌着に手を伸ばしていく。

 ぴとり、と指先が柔らかく盛り上がった肌に触れる。しかし、雨巫女髻華羽が起きる気配はない。


「(柔らか! あったか! すっべすべ!! うっはあああああああああ!!!)」


 指先から伝わる肌の感触に、脳天まで熱いものが滾ってくるようだ。息を潜めて、その谷間をなぞるように指先を動かしていく。


「……んっ」


 つと、雨巫女髻華羽が身動ぎをした。ビクッとして指先を止める凪早ハレヤ。

 しかし雨巫女髻華羽は、再び、小気味よいリズムで寝息を漏らし始める。


「(ラッキイイイイイイィィィィィ! そーっと! そおーっと!)」


 肌着に指先を掛け、ついとズラしていく。

 興奮して鼻息が荒くなりかけたその時だった。


「……起きておいでか、彌吼雷殿」


 突然、背後からの声に凪早ハレヤは飛び上がりそうになった。

 行灯の明かりがわずかに揺れ、外の雨脚が少し強くなったように感じられた。


 雨巫女髻華羽と蔦壁ロココは、変わらずスヤスヤと寝息を立てている。


「うはっ、びっくりした〜。胤泥螺(インディラ)さん?」


 声を潜めて、そーっと振り返る。少し開いたふすまの向こうに、胤泥螺がかしこまったように鎮座していた。


「寝苦しくござったか? もう少し、ふすまをお開けしましょうぞ」

「んああ、いや……トイレに行こうかなっと」

「トイレ?」

「お小水」

「……ああ、(かわや)なれば、この廊下を行った先にござる。何なれば、ご案内いたしますぞ?」

「えっと……いやいや、ひとりで行くよ」



 ◆



「ちぇっ、いいところだったのに〜」


 トコトコと廊下を歩きながら、思わず舌打ちする。


 降りしきる雨に、至る所からポチャポチャと水の跳ねる音が聞こえる。雨巫女髻華羽の『雨巫女の恵雨』だとかいう加護力で、魔人の魔力を打ち祓う浄化能力があるらしい。

 夜襲が無いとも限らない。魔人の魔力に対する防備のため、雨巫女髻華羽が降り続くように魔術を使ったというわけだ。


 ちなみに、ここは『雨巫女の修験場(しゅげんじょう)』と呼ばれる場所らしい。人里離れた山奥深くの、滝壺脇に建てられた立派な社。雨巫女候補の女たちは必ずここで修行し、雨巫女としての資格を審査されるそうだ。


 その雨巫女は、『10代〜20代の処女』しかなれないとか。そうでなければ、例え才能がある少女でも、たちまちに雨巫女としての精霊力を失うらしい。

 雨巫女は非常に重要な役職だとかで、杜乃榎国のみならず、周辺各国から選りすぐりの美少女たちが集められてくるそうだ。


「(……美少女、しかも男を知らない処女だけにしか資格が無いってとこが、ありがちだけど大いなる謎であり大いなるロマンだよな!)」


 そんなことをボンヤリ思い出していると、廊下の突き当りの更に奥まったところの、(かわや)らしき場所に辿り着いた。


「んああ、ここだここだ」


 大あくびをしながら、早速、男用便器の前に立つ。


「ん?」


 ふと、板壁の向こうから、男たちの話し声が聞こえてきた。


「……そのような特別扱いはしておらぬと言うておるであろう」

「しかし、兵の間ではそのような噂が蔓延しております」

「違う、と言うて聞かせるが良いぞ」

「果たして、兵が納得しましょうや……?」


 一人は霧冷陽(ムサビ)のようだ。あとの二人は、兵士らしい。


「まだ子供じゃが彌吼雷に相違ない。重要な客人としてもてなしてはおるが、馳走を出すほどの兵糧などありゃせぬ。彌吼雷さまにも兵と同じ軽い御膳で済まして頂いたのが実情じゃ。従者のロココさまに至っては、飯碗一杯のみで済ませておられる。給仕係にも聞いてまいれ」

「本当の話にござりまするか? いつもより量が少ないのはあのガキの……」

「無い。そのような事、有りはせぬ。兵糧そのものが尽きかけておるだけじゃ。この老兵、霧冷陽が名誉にかけて断言しようぞ」


 しばらくの沈黙。凪早ハレヤは、出された食事のことを思い出していた。

 確か、ご飯と茹で豆と山菜ぐらいの軽い食事だったはずだ。


「『俺、成長期なんだよね! おかわり!』」


 なんてセリフを言ったような気がする。心の中で「余計なこと聞いちゃったな」と思わずにはいられなかった。


「次の折には、彌吼雷さまにも兵たちの間で食事をお願いしよう。さすれば量の区別なしと兵たちにもわかるであろう。それで良いか?」

「さようであれば、不平を口にする者もおりますまい」

「であろうな。ふむ……兵たちには長らく無理を強いておる。そのことはよく心得ておるつもりじゃ。いつか報奨に報いねばならぬともな。その不満が溜まりすぎておるということじゃろう……」

「……御意に……」

「明日より『天空城の宿営地』に赴けば、今より兵糧もあろうて。たまには労いの宴も必要じゃと、ワシから雨巫女にお口添えしておこう。雨巫女も平常から心砕いておられるがゆえに、ワシとしても言うに憚っておるのが実情じゃ。わかるな?」

「ありがたきお言葉。霧冷陽さまの言質(げち)をいただければ、我らとて心安らかにござります。無理を申し上げて申し訳ござりませぬ」

「よいよい、相談ごとは気後れするな。不平不満の類は、我慢させる時と発散させる時を見極めねばならぬ。それは将の務めじゃ」

「はっ。心に留める次第でございます」

「よい。では、受け持ちの場に戻れ」


 三人の足音が遠ざかっていく。

 さすがの凪早ハレヤも、状況が切迫していることをヒシヒシと感じずにはいられなかった。


「な、ん、と、か、なる、さ〜♪ な、ん、と、か、ね〜♪」


 そんなことを鼻歌交じりに小声で呟いてみる。

 トントンと屋根を叩く雨粒の音が、やけに大きく、耳に聞こえた。






なにか不穏ですね。前途多難?

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