【15】本堂の戦い
「そろそろ大人しくしてもらいますよ、っと」
凪早ハレヤはすぐさま、胤泥螺に向けて弓を構えた。
「『古風な純心乙女』の思し召し! ────影縫い!」
シュンと風切り音を上げて光の矢が胤泥螺めがけて放たれる。胤泥螺はまるで後ろに目が付いているかのように、小さな動きでスッとこれを交わしたに見えた。
しかし!
「うぐっ……!!」
矢が地面に突き刺さり、電撃が蛇のように地面を這いまわり、胤泥螺の足に絡みついた!
身体が痺れたかのように、胤泥螺が硬直する。その手から刀がこぼれ落ち、グラヴィティストーンがその足をすくい上げるようにかすめた。
「ぐはっ!!」
足を打たれて前のめりに倒れこむ胤泥螺。蔦壁ロココの背後で、雨巫女髻華羽が小さく悲鳴を上げた。
「炎天の砂原に沸き立つ赤き陽炎
蒼天映ゆるオアシスの水鏡 緑に染むる南木の木陰
そは御世の狭間に現れし常火の 煌々たる御霊なりけり────
────魔を祓う浄化の水よ! セイクリッド・バブル・トゥ・ピュアファイ!!」
叫びながら蔦壁ロココが錫杖を突き上げる! すると胤泥螺の身体が、泡のようなものに包まれて宙に浮いた。
胤泥螺が泡の中で、空気を求めてもがき苦しんでいる。しかしその目からは、徐々に紫の光が薄れていった。
蔦壁ロココが錫杖をサッと横に薙ぐと、バシャリと音を立てて泡が弾ける。
ドサリと地面に投げ出された胤泥螺に、すぐさま雨巫女髻華羽が駆け寄った。
「胤泥螺!」
胤泥螺はゲボゲボと咳き込んで、水を吐き出した。雨巫女髻華羽に肩を支えられると、呻き声を上げながら顔をあげた。
「髻華羽殿……拙者は今、何を……?」
「良かった……」
荒い息をつく胤泥螺の背中を、雨巫女髻華羽が寄り添うように抱きしめる。
「ひゅーひゅー、妬ける〜。ちぇ、いいな〜」
上から明るく囃し立てる凪早ハレヤに、胤泥螺がハッとした表情になる。雨巫女髻華羽の手をそっと払うと、スッと姿勢を正した。
そして蔦壁ロココに向かって、地面につかんばかりに頭をひれ伏す。
「雨巫女髻華羽殿の命に背き、刃を向けたこと、深くお詫び申し上げる! この無礼はどのような報いをもってしても受ける所存……!」
「彌吼雷さま、ロココさま。胤泥螺は魔人の魔力に心を惑わされてしまっただけにございます。何卒、ご容赦を」
胤泥螺に寄り添うように頭を下げる雨巫女髻華羽。凪早ハレヤは胸を張ると、明るく笑い飛ばした。
「あはは、良いってことさ! だって初対面だもん、こういうこともあるよ」
「しかし彌吼雷殿……!」
神妙な面持ちで顔を上げた胤泥螺に、蔦壁ロココが腰を落として片膝をつく。
「悪魔……ここでは魔人と呼ばれている者のことはよく分かっています」
「俺たちはこの世界の悪を討ちに来た! 正義の味方さ!!!」
未だに戸惑っている様子の胤泥螺が、凪早ハレヤと蔦壁ロココの顔を交互に見つめる。
「それと、今はこうしてる場合じゃ無いと思うの」
耳を済ませれば、遠くから剣戟の音や怒声が聞き取れた。
「……そうでござった! 本堂が! 『巫女の修験場』本堂に魔人の軍が押し寄せております!」
「じゃあ、行きましょ。わたしたちの目的はひとつ、魔人を倒すことだから」
「胤泥螺、あなたはまだ必要とされております。どうか剣士としての務めを果たすことだけをお考えください」
「……承知!」
胤泥螺が刀を取って勢いよく立ち上がる。
凪早ハレヤは少し上昇して、竹林の上から山の裾の方を覗き見た。
「煙かな? 霧かな? やっぱり黒いのは煙かな〜?」
「それはきっと正門が燃えているに相違ござらん! 魔人軍が炎とともに押し入って参ったのだ!」
「ならば急ぎましょう、胤泥螺!」
「はっ!」
軽く敬礼すると、胤泥螺はすぐさま駆け出した。
「凪早くん、わたしたちも向かいましょ」
「ほいさ〜」
「早々にこのような事態、申し訳ございません」
雨巫女髻華羽の言葉に蔦壁ロココは首を横に振って、ニッコリ笑った。
「よくあることだから、気にしないで」
◆
胤泥螺に続いて小道を行くと、本堂の裏門が見えてきた。
そこは先ほどと同じような霧が立ち込めていた。霧の奥からはバチバチと炎が弾ける音と、燻すような臭いが漂ってくる。
石造りの塀の奥、裏門からやや右手に木製の大きな造りの社が立っている。これが本堂だろう。裏門は本堂の裏庭に続いている。
宙に浮かぶ凪早ハレヤからは、裏庭から本堂左手、そして正面まで広く広がる庭が、霧の中でかすかに見えていた。
「これは、なんたること……!」
裏門をくぐり抜け、裏庭に足を踏み入れた胤泥螺が立ち止まる。
霧の中、同じ格好をした兵たちが互いに斬りつけ合っていた。黒地に青緑のラインが入った陣笠をかぶり、白の着流しと灰色の袴、脛から下に灰色の脚絆を着け、黒地に青緑の刺繍が入った胴鎧を付けている。
その目に紫色の怪しげな光を帯び、憎しみに燃え盛っている者たちがいる。
「おのれ……魔人の魔力か!」
歯ぎしりする胤泥螺に、小鬼兵たちが「ギャワギャワ」と喚き声を上げながら襲いかかってくる。
「でやっ! せやっ!」
胤泥螺は苦もなく、小鬼兵たちを次々に切り伏せていく。その胤泥螺に向かって、今度は紫色の目をした兵士たちが襲いかかってきた。
「目を覚ませ! 杜乃榎の兵が同士討ちとはなんたることぞ!!」
「さっきの胤泥螺さんと同じじゃ〜ん」
「っ! 面目ござらん!」
突きかかってくる兵士の槍を跳ね上げながら、胤泥螺が本堂横の庭深くに踏み入っていく。
「杜乃榎の兵よ! 正気ある者は胤泥螺の背に集え!」
「おおっ、胤泥螺! 雨巫女髻華羽さまは!?」
白いひげを蓄えた筋骨隆々とした体躯の男が大きな声を上げ、胤泥螺の背にピタリと背をつけた。両手用のハルバードを手にしている。
頭はおでこから頂点にかけて禿げ上がり、横から後頭部に残った白髪を後ろでまとめている。深い皺の刻まれた目に、太くて白い眉が凛々しく引き締められていた。
「老霧冷陽、ご無事で何より! 髻華羽殿なら心配御無用、彌吼雷殿をお呼び出し成された!」
「なんと彌吼雷さまを!? まことか!?」
「ハァ〜イ! 俺がその彌吼雷ってヤツらしいよ〜」
霧の上から、凪早ハレヤが手を振る。
「凪早くん、早くこの霧の元を断って!」
「ほいさ〜」
親指をビッと立てると、凪早ハレヤはスッと弓を構えた。
「1、2、3、4っと。4つだな。目にも見よ〜、我が麗しの黒髪姫より与えられし、稲妻の威力を! ────狙い撃ち!」
青い光が煌めいて、光の矢が現れる。引き絞る弓に電撃が駆け抜けた。
「ひゃっほおおおおおい!!」
ズガァンと稲妻が轟いて、霧を吹き出していた岩が粉々に砕け散る。
間髪を入れず、凪早ハレヤは矢を放っていく。
小鬼兵が憎々しげな声を上げてハチェットを投げつけてくるが、凪早ハレヤは届かない位置まで上昇してこれを交わす。
「あっはは〜、最後のひとつ!! いっちょ派手にぶちかましますか! ────剛射!」
狙いを定めてキリキリと弓を引き絞る。光の鏃の先で、光球が膨らみ始める。電撃が光球にまとわりつき、ビリビリと凶悪な音を立てた。
「弾き飛ばせ、『古風な純心乙女』!!」
ビュンと弦を解き放つと、大砲のようなズドンという音が轟いて、周囲の小鬼兵共々、地面を弾き飛ばした。
「なんという力じゃ! まさしく、伝説の名に聞く彌吼雷よ!!!」
霧冷陽が豪快に笑い声をあげた。
このまま順調に収められますかね~?




