【12】準備完了!
武器も決まり、ニコニコ顔の凪早ハレヤの頭の中に、ポンとポップアップが開く音が響いた。
ステータススクリーンを覗くと、画面下部にポップアップでメッセージが表示されていた。
「おろろ? 『アーチャーに転職が可能です。マスターの承認を得てください』、だって」
「うん、じゃあ承認するね」
「ちょっと待って。『初心者専用超ラッキー』が30回も使えるって、すごくない? 俺、初心者のままでもいい気がしてきた!」
「運に頼る前に、ご自分の力で打開を図る方がよろしくってよ」
「それとね、初心者にはエンチャントを乗せられないの」
「ロココちゃんのエンチャントを乗せられる方が、戦闘においてはかなり効果的ですわね」
「へええ、そうなの?」
「んふふ、アナタきっと驚きますわよ。7つの異世界の王が、ひれ伏すほどの威力ですもの」
「マジで!?」
「そんなことないけど……」
照れた様子でそっと俯く蔦壁ロココに、凪早ハレヤは「蔦壁らしいな」と思わずにはいられなかった。
「よし分かった! たしかに、俺が目指す『超銀河ヘビー級勇者』になるには、運に頼らずちゃんと戦えた方がいいよね!」
「うん……」
「よっし決めた! 俺は転職する! 転職して『7つの異世界を股にかける流麗のゴッドファング』に俺はなる!」
力強く右拳を突き上げる凪早ハレヤに、蔦壁ロココはコクリと頷いた。
「じゃあ、アーチャーへの転職を承認するね」
「オッケイ、よろしくぅ〜!」
蔦壁ロココは、凪早ハレヤの頭上に錫杖をかざすと、小さく円を描きながら詠唱を始めた。
「我、ロココ・ランカナル・アンドリアルモア・ウルベスムーンの名において
汝、凪早ハレヤの新たな進化を祝福せん
────第一次転職、アーチャー!」
レベルアップの時よりも派手なファンファーレが鳴り響き、大きな花火が打ち上がる。ステータススクリーンは『凪早ハレヤ アーチャー Lv25』の表示に変わっていた。
「きたあああああああ! これで俺も、立派な従者だね!」
「そうだね」
「よっし! ザックザックとモンスターを狩って、ズギューーーンとレベルアップして、『暗黒より来たれり月夜の支配者』に俺はなる!」
「……アホ丸出しのネーミングセンスな上に、さっきと言うこと変わりすぎですの」
ビッと親指を立てる凪早ハレヤに、紅茶をすすり上げるミュリエルが、呆れ返ったようにジト目になった。
「でも、ちゃんとわたしの命令には従ってね」
「あはは、仰せのままに、我が麗しの黒髪姫よ」
そう言うと、凪早ハレヤは宙に漂いながら、恭しく頭を下げた。
「それにしても、なかなかお目が高いですわよ。シンプルで見た目は地味でしょうけど、その弓は古代の名工の手によるもの。数千年の時を超えて、現存する霊鉱石製の武器としては最古の部類に入りますのよ」
「えええっ、ホントに?」
「少しの力で最大限の威力を発揮する。……それこそまさに、優秀な武器の証と思いませんこと?」
「んああ、言われてみると、たしかに」
「何事にも急所が存在しますもの。的確に的を射る射手さえいれば、驚異的な兵器となる可能性を今なお秘めておりますわ。あたしの所蔵にふさわしい逸品ですの」
「そっかそっかぁ。良い物手に入れちゃったな〜。ありがと、ミュリエル!」
ニコニコ顔の凪早ハレヤに、ミュリエルはそっと会釈をして返した。
◆
「イエ〜〜イ、これで準備完了、っと! どう、似合ってるかな〜?」
ミュリエルが見繕ってくれた防具を着込んだ凪早ハレヤが、その場でクルリと回ってみせる。
頭には飛行士用ゴーグルを引っ掛け、胸にはブレストプレート、腰にウェストポーチ。腕は肘から手首までプレートで覆われた篭手、膝下も同じプレート製のブーツだ。
耳にはヘッドセットもつけている。
ステータススクリーンの装備画面には、『頑強にして超絶の射手防具セット』で登録済みだ。
常駐アイテムとして、凪早ハレヤのスマホも登録されている。異世界ウォーカー専用アプリもインストール済みだ。左手甲の紋様にかざせば、いつでも充電可能らしい。
「あたしのセンスに疑いの余地は無くってよ? 似合っているに決まっておりますわ」
「うん、とてもよく似合ってるよ」
「ひゃっほ〜〜い。やる気満々だぜ〜い!」
「今さっき登録した装備セットだけど、音声認証で着脱可能だから」
「あああ、蔦壁がやったみたいに?」
「うん。登録してあるものだけ着脱されるから、普段着の上からでも適用されるの」
「なっるほどね〜、親切設計のMMORPG並みにすっげー便利!」
「これで、ひと通りの準備は終わりね」
「よっし! じゃあ行こう! そのバグ全開の異世界に!」
「ちょっとお待ちなさいな」
今すぐにでも飛び出して行きそうな勢いの凪早ハレヤに、ミュリエルが呼び止める。
「出発前に、試し打ちをしておきなさい。ゴーグルの機能や、エンチャバレットのことも、知っておいて損はありませんでしょう?」
「うん、そうだね」
「それに、ここでエンチャントをかけておけば、あちらに行ってすぐに戦闘に遭遇しても、戸惑うこともありませんでしょ?」
「おおお、なっるほどね〜! さっすが異世界ウォーカーの先輩ミュリエルさま!!」
「じゃあ、今からエンチャントをかけるね。凪早くん、ゴーグルをかけておいて」
「ほいさ〜。……おおおっ、なんだこれ!? ウェアラブル端末みたいだ! MMORPGのゲーム画面まんまじゃん!」
言われるがままにゴーグルをかけた凪早ハレヤの視界に、スキルアイコンやスキルバレット数などが、緑色に表示されているのが見えた。
「ちなみに、暗視機能も付いておりますから。夜闇もよく見通せるはずですわよ」
「マジで!? すっげえええええ」
「実はわたしのこの黒縁眼鏡も、同じ機能なの」
「伊達眼鏡だったの?」
「ううん。ちゃんと度も入ってるよ」
「そっか、安心した!」
「??」
小首を傾げて頭にはてなマークを浮かべながらも、蔦壁ロココは錫杖を両手に構えた。遊環がシャリーンと軽やかな音を響かせる。
「暗雲満ちる月 欲念漂う凍夜の水面
暗鬱なる濁流に浮かぶ 非業の闇火よ────
すべての理を嘲笑い 凶暴にして粗暴なる力を示せ!
────エンチャント・アタックパワー!
────エンチャント・サンダー!」
蔦壁ロココが錫杖を振るうと、白と黄色の光がキランキランと煌めいて、凪早ハレヤの身体に降り注いだ。
「おお〜、なんかアイコンが追加されたね」
「攻撃力と雷属性のエンチャントをかけたから」
「えっと……120バレットもあるんだけど!?」
「うん。通常攻撃とスキル攻撃の時に自動的に消費されるから、それでも足りないかも」
「うはっ、そうなのか」
「凪早くん、アーチャーの攻撃スキルを確認して」
「ほいよ〜、っと。……『剛射』『狙い撃ち』『3way散弾』『貫通』『影縫い』『爆裂』、だって」
「あら、ベーシックランクでの攻撃スキルは全部取得し終わってますわね」
「べーしっくらんく?」
「詳しいことは後で説明するね。ステータススクリーンに『ヘルプ』もあるから、時間ができたら確認してみるといいと思う」
「オッケイ! 俺、説明書読まずにゲーム始めちゃうタイプだけど!」
「そうなんだ……」
「攻撃スキルは『狙い撃ち』『剛射』『3way散弾』あたりを使っていれば十分でしょうね」
「ほほ〜、了解」
「それから、矢筒はいらないと思う」
「えええっ! そうなの?」
「うん。精霊力で矢を作り出すの。弓を引き絞るだけで、矢が現れるはずだよ」
「マジかあああ!! それって便利すぎない? 下手な豆鉄砲だって数撃ちゃ当たるよ?」
「でも通常攻撃をしすぎると、エンチャバレットが切れちゃうから気をつけてね」
「んああ、そっかぁ〜」
何事も無制限とはいかないものだ、と凪早ハレヤは思わずにはいられなかった。
「さあ、あの的に向かって撃ってご覧なさいな」
ミュリエルに促され、凪早ハレヤは弓を構えた。キリリッと弦を引き絞ると、フインとばかりに光の矢が現れた。
視界の隅で攻撃と雷のエンチャバレットが消費され、光の矢に電撃が纏わりついた。引き絞るその手に、グングンと力が渦巻くのを感じる。
ゴーグルには、緑の照準マークも表示されていた。照準マークを試し斬り用藁人形に合うように弓の位置を調整すると、緑から赤へと照準マークの色が変わった。
「『古風な純心乙女』の微笑み! 行っけええええええええ!!!」
ビュンと矢を解き放つと、「ズドォン!」と雷鳴が轟いて、稲妻が駆け抜けた。試し斬り用の藁人形が粉々に砕け散り、後ろの石壁にまで電撃が迸る。
「うっひょお、すげえ威力!!! 弓って言うより、もはや銃だね! ビームライフルだ!!」
「ロココちゃんのエンチャント、衰えておりませんわね」
「うん、そうみたい」
「スキルの使用時も、今と同じ感じですから、それはおいおい練習なさい」
「サンキュー、ミュリエル!」
ビッと親指を立てる凪早ハレヤ。
ミュリエルは肩をすくめると、ぎゅっとクマのぬいぐるみを抱きしめて、真面目な顔つきをした。
「最後に、あたしからアナタに一言申し上げておきますわ。従者としての、心構えをね」
「ほいほい? なにかな〜?」
ミュリエルは、「コホン」とひとつ咳払いをする。
「いいこと? 従者というのは、異世界ウォーカーの目となり手となる役目を負っておりますの。それは文字通り、異世界ウォーカーが従者の身体を乗っ取ることができるという意味も含まれておりますのよ」
「えええっ、か、身体を乗っ取る? ヤダ……蔦壁に俺のすべてを見られちゃうなんて……」
「どういう心配をしてますの!? それはともかく、魔王や悪魔は従者を誘惑し、異世界ウォーカーの生命を狙おうと画策する場合がありますわ。それを防ぐために異世界ウォーカーには、従者契約を一方的に破棄してその戦闘能力を取り上げたり、従者の身体を乗っ取って謀反を防いだりする権限が与えられておりますの。これはすべて、天使のシステムによるものと、心得なさい」
「はぁ〜〜い」
「ですが……」
ミュリエルは「ふん」と鼻息をつくと、眉根を潜めて少し悲しげな表情をしてみせた。クマのぬいぐるみも、どこか浮かない顔に見える。
「あたしたち異世界ウォーカーは天使の使徒であって、天使そのものではありません。血も涙も情もある、ただの人ですのよ。……それだけは、どうかお忘れなく」
そう言って、キッと凪早ハレヤを睨みつけた。凪早ハレヤは、ミュリエルと蔦壁ロココの顔を交互に窺い見る。
蔦壁ロココは視線を落とし、どこか寂しげに見えた。
「うん、わかった! 裏切りたくなった時は、世界の裏まで届くぐらいでっかい声で叫ぶよ!!!」
蔦壁ロココは口を手で抑えて笑いを堪え、ミュリエルは呆れたと言わんばかりに肩を落とした。
「凪早くん、そろそろ行きましょ」
「オッケイ! いつでもいいよ!」
「これから行く異世界には、どんな危険が待ち受けているかわからないから、向こうに出たら油断しないで。バグを発生させた悪魔がいることだけは確かだから」
「うん、大丈夫! まかせてよ!! 俺は悪魔を倒す! 絶対に!」
「サポート、よろしくね」
ワクワクの止まらない様子の凪早ハレヤに、蔦壁ロココはニッコリと頷くと、シャリーンと錫杖を振って詠唱を唱え始めた。
白い光が現れ、来た時と同じようにスマホをかざすと、光は白い渦へと変わった。
「また来るね、ミュリエル」
小さく手を振りながら、蔦壁ロココが渦に飛び込む。凪早ハレヤも、親指をビッと立てると、そのあとに続いた。
二人が白い光の渦に飲み込まれて程なく、渦はゆっくりと掻き消えた。
「……とんだお騒がせ者ですこと。まあ、大人しすぎるロココちゃんには丁度良い劇薬かもしれませんわね」
可笑しそうに微笑むと、ミュリエルはコツコツと足音を立てて、居室へと姿を消した。
暗い森に掛かる2つの月。
いたるところに立ち尽くす石像たちが静かな夜を見守っていた。
<第一章 終>
蔦壁ロココの従者になり、準備も万端の凪早ハレヤ。
いよいよバグ元の異世界での冒険が始まります!
果たして無事に悪魔に勝利できるのか?
次回より「第二章 彌吼雷に、俺はなる!」に突入です




