【OP】月下に烟る甘い夢
「ギャウッ! ギャワウッ!」
鋭い牙を剥き出しにした小鬼兵たちが、雄叫びとともに投げ槍を振りかぶる。そんな攻撃が通用するとでも思っているのだろうか?
宙を自在に飛び回る────戦場においては、それだけでも絶対的に有利だ。
この世界の住人はその事を、まだ十分に理解していない。敵も味方も。
一斉に放たれた投げ槍のほとんどが、足元にも届かず地表に落ちていく。その中から飛び出てきたほんの数本の槍をヒョイと交わし去りながら、弓を引き絞る。
「我が名は『彌吼雷』! 闇を払い、光をもたらす者なり!」
上空高くから地表を見下ろし、誇らしげに名乗りを上げ、矢を解き放つ。
雷鳴が轟いて、9本の稲妻が地表を穿つ。爆音と爆煙が上がり、小鬼兵たちが一斉に弾け飛んだ。
混乱をきたしてバラバラになる敵軍の隊列。たった一撃の下に、数百の兵が逃げ惑っている。
すでに無力化した烏合の衆に向けて、再び、弓を引き絞る。
その時、森の奥から大きな唸り声とともに単眼の巨人が現れた。
棘のついた棍棒をブンブンと振り回し、凶悪に突き出た牙をチラつかせながら、猛然と突進してくる。
思わず、口の端を吊り上げてニヤリと笑う。
デカブツは良い見世物だ。派手に倒せば、それだけで名声も鰻登り。
天下無双の彌吼雷────その名は更に広く、最果ての地まで轟くだろう。
「────彌吼雷剛天弾!! フルバレットブースト!!」
引き絞った弓の鏃の先で、光球が大きく膨らみ、電撃が四方に迸る。巨大なエネルギーが一点に凝縮し、今すぐにでも飛び出さんばかりに唸りを上げた。
「ゴガアアアアッ!!」
単眼の巨人がグンと腰を落として大きく踏み切った。大きな巨体がグルグルと回転しながら宙を舞い、襲い来る!
「ナイスアクション、派手なのは大歓迎さ!」
引き絞った弓を解き放つ。「ズドォン!!!」と爆音が鳴り響き、光球が光の槍となって単眼の巨人を撃ち抜いた。
さらに追い打ちの如く雷鳴が轟いて、龍のようにうねった稲妻が駆け抜ける。
左半身の大きく抉れた黒焦げの巨体が、血しぶきを撒き散らしてドチャリと地面に落ちた。ヒュウと風が巻き上がり、砂塵を撒き散らす。
その光景に、背後から歓声が上がった。
皇都をぐるりと囲う城壁で兵たちが、武器を突き上げ、勝どきの声をあげたのだ。
外堀を渡る吊り橋が掛かると、群衆が歓声を上げながら走り寄って来る。
歓声を上げる群衆の向こうに、悠然と広がる皇都。
その中央に鎮座する社造りの宮中は、燦然とした明かりに包まれていた。
「まーた、勝っちゃったよ」
スイーッとばかりに宙を泳ぐと、悠然と歓喜の輪の中へと降り立つ。
これを取り囲む和装の群衆は皆、満面の笑みを浮かべている。
「まさに一騎当千! さすがは彌吼雷さまじゃ!」
「拙者ごときの腕では、10人束になってかかろうとも太刀打ち出来ぬ相手を、一撃の下に討ち果たすとは!」
「あなた様がおられるだけで、我々の平和は保証されたも同然!」
「魔人、恐るるに足りず!」
脇差しの屈強な男たちが、口々に褒め称える。
そんな男たちをそっと押し分けて、巫女服姿の女性がしずしずと進み出てきた。
「彌吼雷さま、お怪我などなさってはおられませぬか?」
「心配かけちゃって悪いね。この通り、へっちゃらさ」
「良かった……彌吼雷さまのお強さは存分に存じ上げておりますが、いつの戦いも、不安に駆られて胸が痛うございます」
「サンキュー。雨巫女のその想いが、俺を百万倍に強くする!!」
ビッと親指を立てると、群衆から感嘆の声が上がる。
「雨巫女よ、早よう彌吼雷さまの子を授かるのじゃ!」
囃し立てる声に、雨巫女が恥ずかしげにそっと俯いて頬を染める。口元に浮かぶ微笑みを見ると、まんざらでもなさそうだ。
当代随一と謳われるその美貌。一度微笑めば、どんな男でも心を鷲掴みにされ揺り動かされるだろう。
巫女服の下に隠れたその肢体は、妖艶の一言だ。たわわな果実の如き大きな乳房、程よいくびれのある安産型の腰つき、そして張りのある大きな丸い尻。
水滴を珠のごとく弾くスベスベの肌は、若さゆえのなめらかな張りと芳香に満ち満ちている。
群衆の男たちには決して目に触れることすら出来ないであろう、極上の女体が織りなすあられもない嬌態。望めばいつでも、その白い柔肌を艶やかな桜色に染め上げ、快楽を共にできるのだ。
「わたしも彌吼雷さまのお子を授かりたいなのです!」
「ダメ、お姉さまの次はあたしの番……」
雨巫女の横で、巫女見習いの二人が声を上げる。頭から突き出た大きな犬耳が、ピクピクと動いて楽しげだ。
その後ろには、羨望の眼差しで見つめる女たちが、我も我もと押し寄せていた。
「さあさあ、彌吼雷さま。今宵も宴の華を咲かせましょうぞ!」
「盃に美酒、肴は世にも名高き名牛の背肉じゃ!」
「それだけではなかろう! 川魚の塩焼き、蒸した豆、揚げたての包みモノ!」
「山菜の天麩羅、二枚貝の刺し身、豚の燻製! 各国の名産品がここに有る!」
歓喜の輪がゆっくりとほぐれて行き、群衆が煌々と明かりの灯る皇都へと消えていく。
太鼓や笛の音が鳴り響き、色とりどりの明かりに照らされて、皇都は一気に華やいだ。
不意に、背後に広がる暗闇から、生暖かい風がそっと頬を撫でつけた。
「────その地位も名声も、その力があればこそ────」
生暖かい風の中から、じっとりと耳に纏わりつくような、深くて重い声が滲み出てくる。
「────お前こそ、民が求める皇よ────」
仰々しく褒め称える声の響きに、足元がグラリと揺れ動いた気分になる。
「────女もそれを望んでおろう。身も心も、思うがままよ────」
冷たい響きに、グッと心を鷲掴みにされて、背筋がゾクリと総毛立つ。
低い振動音が耳を震わせ、足元を大きな影が覆い尽くした。
「────あれは、お前の城であろう?────」
見上げた先には、浮遊する『天空城』。
ゴツゴツと岩が突き出た三角錐を逆さにしたような土台の上に、石造りの城壁に囲まれた豪奢な社が、堂々とそびえ立っている
万を超す大軍勢でさえ、一撃の下に打ち払うほどの、凶悪な兵器を備えている浮遊要塞だ。
「────望むものすべてがここに有る。その力のみが成せる業────」
深くて重い声が忍び笑いを漏らす。
ふと、上空から、シャリーンと錫杖の遊環が触れ合う軽やかな音が響き渡った。
「────なぜゆえに、その力を手放さねばならぬのか?────」
再び、シャリーンと錫杖の音が鳴り響く。それは、天空城に立つ者が鳴らす音。
「────よくよく、考えるがよい────」
深くて重い声が諭すように語りかける。
「────力を奮い、己が道を切り拓くは今。力無ければそれも、無し────」
シャリーンと鳴り響く錫杖の音に、声はゆっくりと消えていく。
見上げると、天空城の落とす月明かりの陰に、少女が一人、佇んでいた。
白く仄かな光を放つ錫杖を携えている。
陰り差す灰色の瞳の、冷たい眼差し。
肩に掛かる黒髪が風に揺れ、黒いマントの端をそっとはためかせた。
「あなたの望みは、この国の王? それとも────」
思わず、弓を握る手に力がこもる。
少女はそっと目を伏せ、悲しげに首を横に振った。
天空城にかかる月。
それは、まるでこの世界を押しつぶさんばかりの、大きな月────。
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