白色
楽しい事は遠ざけていたのに。
「見てニコ! 真っ白だね! すごーい!!」
背中の痛みがひいて元気になったかと思えば、外に飛び出すルーシャ。12歳の子供らしく雪の上を飛び跳ねている。4日前まではあんなにおびえていたのに、この頃慣れてしまってすっかりこの調子だ。その順応力には俺も驚きを隠せない。
4日間だけ過ごしていて思ったが、ルーシャはあまり常識的に知っているようなことを知らない。あの日俺が差し出したコーンポタージュもそうだが、雪も知らなかったみたいだ。初めてふれているような、そんな顔をしている。一体どこから来たというのか。それに、家族もいないと言ったし、どんな街で暮らしてきたのだろうか。俺も両親はいるようでいないも同然だが。
ルーシャはそこら辺を駆け回っていた。
「おい、柵の中は入るんじゃないぞ!!」
ルーシャは分かったと言っていたが、本当に分かっているのかとてつもなく怪しい。柵の中は畑だ。雪が積もっていて別に何かを育てているわけでもないが、畑を踏まれるのはどうも気持ちは良くない。一応今後のためだ、注意していて損はないだろう。だが、12歳の少女だし、それは仕方のないことだと自分に言い聞かせつつスコップを持ってきてあたりにどっさり積もった雪をかく。
「なにしてるのー!!」
遠くからルーシャが叫んでいた。全く、お前も手伝えよな。心ではそう思っていたがどうも言葉には出来ないでいた。それがなんだか納得いかなくて俺は溜息をついた。だいたい、手伝いを条件に1年俺の家に住むことになったのに全然手伝う気が無いように見える。俺の家からつまみ出してやろうか。そんなことを思いつつ、雪をひたすらかく。
「ニコ?」
気がつくと目の前に金色の髪を輝かせているルーシャが立っていた。ルーシャの髪はあの日も思ったが、彼女の腰くらい長い。そして、きれいな金色だった。
俺が黙っているとエメラルドグリーンの瞳をなおも向けてくる。
「……怒ってる?」
「ここに住む条件を忘れたのか?」
俺の一言を聞くとルーシャは目を大きく広げて、あたふたとしていた。やはり、忘れていたようだ。
「ごめんなさい。雪が初めてで、その、ちゃんと手伝うよ! 何をしたらいい?」
「雪かき」
ルーシャはぽかんとして俺を見ている。ぼそぼそと雪かきという単語を繰り返していた。雪かきも知らないなんて、本当にルーシャはどこから来たというのだろうか。
「雪が道をふさいでる。これじゃ、まともに通ることが出来ない。だから、こうやってスコップって言う道具で雪をどけてやるんだよ」
俺は雪の一塊をスコップですくって、かきだした。ルーシャはその様子をまじまじと見ていた。とても興味津々だ。ルーシャは些細なことでもとても新しいことで、俺が嫌々やっているこの雪かきでさえも楽しげな事なんだろうと思う。だったら、働いてもらうしかない。好きこそもののなんとやらと言うではないか。
「私、頑張る!」
ルーシャは笑顔でスコップを持ち危なげに雪かきしていた。スコップで雪をすくってはふらふらして、せっかく雪が無くなったところにこぼしてしまいそうだった。俺は自分のことよりもルーシャの事が心配であった。無理をして自分で支えきれないほどの雪をすくっているからダメだって言うのに。
でも、ルーシャはキラキラして見えた。長い腰くらいまである金色の髪が太陽の光に照らされているだけではない、彼女のエメラルドグリーの瞳が輝いている。きっと、ルーシャにとって楽しいんだろう。
どうせ、無くなるのに。
「見てニコっ、頑張ったよ!」
しばらく経って見てみるとそこには雪の山が出来ていた。夢中で雪かきをしていたためだいぶ時間が経ったことにも気がつくことが出来なかった。ルーシャのおかげでだいぶ道は歩きやすくなった。
「雪、いっぱいになったね。とうっ!」
ぼふっ
嫌な音がして、案の定ルーシャはあの雪の山に寝っ転がっていた。雪なんて冷たいのに良くそんなことが出来ると思った。風邪を引くに決まっている。
「おい、寒いだろ?」
「うん、でも、楽しいよ?」
いやいや、そう言う事じゃない。楽しければ風邪を引かないなんて、そんなことはどこの書籍にも書いているのを見たことがないぞ俺は。
「あのな、かぜ――」
俺が手を伸ばしてルーシャを起こそうとしたとき、彼女はその俺の手をつかんでぐいっと自分の方に引き寄せた。
俺は顔面から冷たい雪の中につっこんだ。
一瞬何が起きたか分からなかったが、その冷たさに驚き俺はすぐに顔を雪の中から脱出させた。
「ルーシャっ! お前っ――」
「はははっ、怒ったー!」
ルーシャは雪まみれで不機嫌になっている俺をおいて1人、ぴょんと起き上がって雪原へと駆けだした。辺りにルーシャの楽しそうな笑い声が響き渡る。俺は悔しさをぶつけるために、近くの雪をかき集め丸く固める。それをルーシャめがけて投げる。冷静になって考えれば、19歳の俺が12歳の少女相手に大人げないことをしているとはっきり分かる。
「うわっ」
「よくも、してくれたな」
俺が手に持っているものを見てルーシャはまた目を輝かせている。そんなに見てるととても当て易い。俺が投げると予想どおり、ルーシャの頭に当たった。
「痛っ。ニコのバカっ、負けないから」
たった4日間だけ過ごしているだけなのによくバカなんて言えたものだと思った。しかも、居候しているのにもかかわらず。子供というのは怖いもの知らずである。
ルーシャも俺のマネをして雪玉を作り始めた。こうなったら、後はどちらかが負けを認めるまで勝負は続いてしまうものだ。すっかり冷えて暗くなり始めるまで俺たちは雪合戦をしていた。
さすがに暗くなってきた事が分かると外に居続けるわけにはいかない。しかし、さすがに何時間も雪合戦をしていたため俺はふらふらだった。ルーシャも元気そうに見えるが、とても疲れているに違いなかった。
立っている気力も失せ、俺とルーシャは雪原にごろんと寝転がった。
空がだんだん赤くなっている。日中は白い世界だった辺り一帯は赤く色づいていった。夕日に照らされルーシャの髪もうっすらと赤色に染まっていた。
「ニコ、楽しかったよ」
「……そうか」
ルーシャはごろんと向き直り俺に笑顔を向けた。
「ニコは?」
楽しい。そんなものはどんなものか分からない。だから、答えることは出来なかった。
俺はただ無言で立ち上がった。ルーシャは答えが返ってこないので不思議そうに俺を見つめている。
「戻るぞ」
俺はルーシャを起こし、そのまま家へと戻った。その時のルーシャの顔は少し悲しそうだった。家に戻る途中、ルーシャは後ろからただついてくるだけだった。何にも聞こうとはしなかった。それが俺は嬉しい気がしたし、悲しい気がした。
明日からはちゃんと薪置き場を作り直さなければいけないと考えつつ、ルーシャの少し残念そうな顔を思い出していた。
夕食も会話はなかった。なんだか、居心地が悪い。別にどう思われようとかってなのだが、どうも悲しい顔にしてしまったことは気になる。それに、俺が悪いのは分かっている。それでも、正直に楽しくなかったと答えることはもっと違うような気がした。あのとき、そう思った。
「ルーシャ、外に行こう」
俺は食べ終えたときルーシャにそう言った。彼女は驚いていた。外はもう暗くなっていて、家の中より断然寒い。その外に行こうというのだ。驚くことは当たり前なのかもしれない。
ルーシャは納得できていないようで、さっきからうーんとうなったり、腕を組んで少し考えているようだった。
ドアを開けて外に出る。体中に冬の寒さが突き刺さってくるのがとても痛い。
「上」
俺が空を指さした。ルーシャは俺の指の先を見つめた。
夜空には星がたくさん輝いていた。冬の時期は空気が澄んでいてとてもきれいな星を見ることが出来る。ルーシャはじーっと星を見ていた。その表情は驚きと嬉しさで満ちていた。
「ニコ、ありがとう」
ルーシャは満面の笑みだった。
「もう、中に入るぞ。きっと、風邪を引く」
「うん」
昼間雪合戦を何時間もし続け、挙げ句の果て夜に星を見てしまったことにより彼女は苦しむことになるのだが、それはまた別の話だ。
大人げないですね(苦笑)
仕方ないです。雪が冷たかったんです。頭にきちゃっただけです。
いつの間にか少し仲良くなりましたね(笑)
そんな調子で次回もいきたいと思います。
また次回で会えることを願っています。
2014/3 秋桜 空