本当
私たちのすべき事、忘れたの?
「あら、結局国王はご存命なのね。つまらない」
いつの間にか現れて、そう言ったのは、サラだった。
全ての記憶を思い出した時から、サラが怖い。
「……誰だ」
「ああ、あなたが、王子サマ?」
私に向けていた目線を隣にいるニコへ向ける。その黒い瞳は、何の感情も表していなかった。それでも、奥に何か大きなものを抱えている気がする。
「初めまして、私はサラ。そこのルーシャと同じなの」
「……どういうことだ」
ブラウンの髪の毛がふわっと揺れた。そして、微笑を浮かべていた。
「……さっきから、そんな顔をしているってことは、ぜーんぶ知ったんでしょ?」
ニコへ向けていた視線をこちらに戻した。その視線を受けとめる事が出来なくて、ニコの後ろへ隠れた。その様子を見て、サラは薄く笑った。
「あの時の事が怖いの?」
そう言いながら一歩、また一歩とこちらに向かってくる。同じ12歳の姿をしているはずなのに、サラは大人びた雰囲気を漂わせている。
彼女もまた、私のように死んでしまった人間なのだろう。あの世界にいたという事はそういう事なのだ。
「あんたはあの森で死ぬ運命だった。私が手を下さなくても死んでいたの。でも、死ぬのだったら友の手で死にたいでしょ?」
ついに、近くまで来てニコと対峙している。その眼は吸い込まれそうなほど、深い闇だった。
あの時も同じ眼をしていた。私を突き飛ばして、崖から私を見下ろしていたあの眼。
「……なーんて。腐れた王族と仲良くするなんて許せない。挙句、好きになるなんてね。だから、嫌いだったのよ」
「お前が、あの森で、ルーシャを――」
「心の奥底に記憶をしまい込んで……。面倒くさい事してくれるわね」
気がつくと、サラがニコに向かって刃物を取り出し、向けていた。しかし、ニコも動じずに剣を取り出し、サラに向けている。ピリピリとした緊張感が充満している。
「取りなさいよ、そいつの記憶」
その一言に全身が震えた。
ニコの剣も一瞬動揺したように見えた。きっと、困惑している。
「そこにいるのは記憶の未回収者よ。本来持っていちゃいけない死者の記憶を今まで持っている。こんな事は前代未聞。だから、あの日の前に取りなさいよ」
「……いや。なぜ、どうして、記憶が必要なの? こんな事をして、残してきた人たちを苦しめるのは何で!?」
サラは、呆れたような顔をしてため息を吐いた。
「あそこにいるのは何かしら未練を持つ者。でも、根本にあるのはこの世界に居たい、という気持ち。でもね、死者の魂を留めるには力が要るのよ。その力が、記憶よ」
「私たちの勝手でこんな事になっているの? そんな事――」
「可笑しいって? そう、可笑しいでしょ。この世にいる時は記憶を奪わないで欲しいと思いながらも、自分のためならそうした事も出来るのよ」
「……そんな事信じられるか」
ニコが剣を握る力を強めた。
「じゃあ、あなたには記憶が無くなることが説明できる? ルーシャや私が、死んだはずの人間がここにいることを説明できる?」
「……それは」
「まあ、実演もありね」
サラは刃物を放り投げて、手をニコにかざした。その行動の意味を私は、知っている。あの日たくさん目にしたし、自分も同じことをしていた。
世界のためと思っていた。それは、結局は自分のためでしかなかった。
「やめて!!」
時間が飛んだようだった。目の前にいるニコは、もう、ニコじゃなかった。
「なんで子どもがここにいる。出ていけ、勝手に入って良い場所じゃない。衛兵に送らせるから、行け」
ニコの背中が遠ざかって行ってしまった。
私を見たその瞳には何の感情もなかった。私の事を大切だと言ってくれたニコがいない。
「さ、帰ろう? ルーシャ」
「どうして、こんな事、するの……」
「こうでもしないと、ルーシャはあの世界に居られなくなるわよ」
「私はこんな事望んでいない」
「あなたは例外的に記憶の大切な部分をニコと共有していたから、強制的にあの世界に居たわけだけど。それでも、あいつには会いたいでしょ」
「私は、残してきた人が苦しむ姿なんて見たくない」
この世界に来ることを許されるのはいいことかもしれない。たとえ、1年に一度しか会えないとしても、顔を見る事が出来るだけ、触れる事が出来るだけ、幸せかもしれない。その代償がその人を苦しめることになったとしても。
だけれど、それで本当にいいのだろうか。
私たちが死んでしまったことはどうしようもない事で、本来ならばこんな事になってはいけないはずだ。私たちは自分の運命を受け入れなくてはいけない。
そしてなにより、残してきた人の幸福を願うのが私たちのするべき事ではないのか。
「なに言ってるのよ」
「サラ、こんなのは誰も幸せじゃない」
「……だから、嫌いなのよ」
キンッ
金属と金属がぶつかる音がした。目の前で起きたことが信じられなくて目を見張る。サラも同じ顔をしているだろう。
「やめろよ」
私の視界は背中によって遮られた。
「つくづく、面倒くさい事をしてくれるのね」




