孤独
俺はもう、1人じゃない。
「知らないうちに急接近しちゃって。見てるこっちがはずかしっつぅの。ニコよりこのジュラ様の方がいいと思うけどなぁ」
「拗ねないで手を動かしてね」
「べっつにー。拗ねてなんかいないし。2人が仲良くて孤独で寂しいとかじゃないしー」
しばらくしてから、ジュラが城から戻ってきてまた3人で収穫作業をしているのだが、俺たちの雰囲気を察したらしくいつもに増して面倒くさい。
それでも、作業の手は止めていないのだから、どこかに行けとも言えなかった。いっそのこと口を動かすのをやめてくれたらもっとどこかに行けと言いたくなくなるんだが。
ジュラのうるさいのは放っておいて自分の作業に没頭することでそのイライラを抑えた。
村をあんな状態にしてからは、城からの使者はノクタルン村に近づかなくなっている。俺がここにいると考えてはいないのだろう。あんな状態で人が住めるわけないと思い込んでいるんだろう。実際、村のはずれでこうして暮らせているが。
「ニコ、私森の方に行ってくるね」
「1人でか?」
「うん。この時期に実がなる木があって、それをとりに行くの」
楽しそうに話していたので、あとでおいしいものでも作ってくれるのだろう。俺とジュラは収穫作業の続きをしなければいけないし、明るいうちなら危険もないだろう。
俺はそのままうきうきした様子で森へ向かうルーシャを見送った。
「べた惚れ」
その姿を見てか、ジュラが意地悪く言った。
面倒くさい今の状況でジュラと2人とか、いやすぎる。それでも、手伝ってくれることには変わりはないので何も言わず、そのままスルーしていくことにした。
たくさん実った野菜を一つ一つ丁寧に収穫していく。この瞬間が一番好きなのだ。たくさん畑を耕していっぱい種をまいてしまったことで、収穫はとんでもない量になるが、それでもいいと思える。
「うー。さすがに作りすぎじゃない?」
疲れたのか、大きく伸びをしてジュラが言った。
「……まあ、そうかもな」
太陽が真上に来て、気温も上がってきたころ、空腹に耐えきることができない俺たちは家に戻り、昼食にすることにした。
しかし、まだルーシャは戻ってきてはいなかった。
「だいぶ集めるのに夢中なのかな、ルーシャちゃん」
「かもな」
さすがにルーシャを置いて昼食というわけにもいかなかったのでルーシャを呼びに森へ向かうことにした。
この時期になる実は森の泉の近くにあるとジュラが知っていた。よく、森に入って見て回っているそうだ。つくづく暇なやつだと思う。
「待って」
先頭を歩いていたジュラが急に険しい声で言った。俺は周囲をぐるっと見渡す。そこには、森へ入っていく武装した者の姿があった。
――あれは、城の騎士か。
「なんで、こんな場所に」
「……早くルーシャを探そう」
俺は何となく不安になった。
別にルーシャは一般の民衆で、何も法に触れるようなことはしていないはずだ。城の騎士たちもただこの森に入ったのかもしれない。それでも、不安と恐怖が俺を襲った。
森に入り、辺りを警戒しながら足早にジュラに付いていく。
早く早く早く早く――。
前を行くジュラが立ち止まり、そしてまた歩き出した。俺もついていくと、先ほどとは違い、道が開け、泉が目の前に広がった。少し見渡すと、実がたわわになった木を見つけることができた。
しかし、そこにはひっくり返ったバスケットだけが残っていた。
「これは――」
「あいつのだ」
よく見れば、地面に落ちた実が踏みつけられたような跡がたくさんあった。動物の足跡かと思ったが、靴の裏の跡だった。
明らかにルーシャは誰かに追われている。どこに向かった。どこに逃れた。
気がついた時には走り出していた。もう、辺りを構っている暇はない。あいつさえ見つかればそれでいい。
ジュラもこの時ばかりは何も言わなかった。
「はっ、はっ、はっ――」
なんで、私が追われているの。
――
『久しぶりだな、小娘』
『あなたは――』
その男を見据えて、何も言えなくなった。
男の手には剣が握られていた。
一刻も早く、この森を抜けてニコのところに行こうとした。でも、それはいけないと思った。もしかしたら、私を追い詰めてニコのところに案内させる気じゃないか。可能性は捨てきることができない。ならば、逃げ切って、隠れてやり過ごす他ない。
ニコをまた、あんな目にあわせたくはない。
脇目もくれず、必死になって走った。森に慣れている私は複雑な道や進みにくい場所を通った。足音はなんとか遠ざかっている。
「わっ」
全身に痛みが走る。しかも、目を開けるとそこは崖になっていた。一歩間違えばそのまま崖に突っ込んでいくところだった。命拾いしたみたい。
油断していた私は木の根に足を引っ掛けて転んでしまったようだった。転んだことで、一気に疲れも襲ってきて、ひとまずその場にとどまることにした。
が、ガサガサと音がした。
――なにか、来る。
逃げようとして立ち上がったが、腕を掴まれてしまった。
「――っ!!」
あれからしばらく経っているが、全くルーシャを見つけることができていなかった。
もしかしたら、連れ去られたのか。それとも――。
考えれば考えるほど、嫌な方向に考えてしまう。
「どこいったんだよっ」
いや、ルーシャのことだ、きっと逃げて隠れているかもしれない。だからこうして探していてもなかなか見つからないのかもしれない。きっとそうに違いない。
「今度は、そっちに行ってみ――」
「いやぁぁぁぁぁぁああああっ!!」
ジュラが言いかけた時、聞こえてきたのは断末魔の悲鳴。
その声を、俺は知っている。
声は案外近い。俺は考えるより先にその声が下方向に走っていた。お願いだから、無事でいてほしい。俺は張り裂けそうな思いで走った。
やっとのことで見つけたルーシャは崖の下にいた。
駆け寄って抱きかかえるとまだ温かい。でも、助からないと瞬時に思ってしまった。抱きかかえた手が赤く染まる。
「……ニコ」
「……喋らなくていい」
俺の目からは勝手に涙があふれてくる。
「――ごめん、なさい」
彼女は俺の涙を拭って、笑ったかと思うと目を閉じたまま動かなくなってしまった。
俺はルーシャをゆっくりと優しく持ち上げ、歩きだした。
「ニコ。どこに行くの」
今まで俺たちの近くに寄らず、見守っていたジュラが道をふさいだ。
「……ここじゃ、可哀想だろ。浅はかなことはしない。安心しろ」
抱えたルーシャを見つめて、ジュラは道を開けて俺たちのあとを何も言わずについてきた。
彼女を泉のそばでそっとおろした。
せっかく見つけた大切なものは俺の手からこぼれていってしまった。
そして、彼女との記憶もきっと、あの日を境に全てなくなってしまう。
そんなことは耐えられない。
感情がグチャグチャと俺の心の中をかき乱す。
辛いなら、無いことにしてしまえばいい。それなら、こんな思い、しなくていい。
意識を失いながら、彼女との記憶を心の奥底に閉じ込めた。
俺はまた、1人だ。
これで過去編は終了ですね。
記憶を閉じ込める。
あったことを無かったことにするしか
守ることは出来ない。
なんだかダークなことが多いですが、
話もそろそろ終盤じゃないでしょうか。
では、また次回お会いできることを願っております。
2014/9 秋桜 空




