温度
こんなにも温かだった。
王都からだいぶ離れたノクタルン村は静かで、自然が豊かで、人々が温かかった。城での生活は一変してしまった。
ジュラもついてきていたので、いつ城へ報告されるかとひやひやしていたが、ノクタルン村にその手の者は来たことがなかった。
また、16歳にならないということで俺の顔は国中には知られていないのも助かったことだ。
「ちょくちょくこっちに来てるみたいだけど、知らせなくていいのか?」
「知らせてほしいんですか? それとも、無理矢理にでも連れて帰ってほしいですか? 案外、ニコってえ――」
こいつに聞いたのが間違いだった。こういう時は武力を行使するに限る。これ以上喋っていたら俺が大変だ。
「仲がよろしいんですね」
部屋に彼女が昼食を運んできてくれた。
俺はそれを聞いて頭を抱えた。これと俺のどこをどう見れば仲がいいのだか全く理解できない。そんな様子を見ていても彼女、ルーシャは笑顔を絶やさなかった。
この村に来てから3か月ほどが経ったが、ルーシャはいつも笑顔だった。何がそんなに楽しいのかが分からない。
「楽しそうだもの」
楽しい、ね。これといって楽しいという風に感じたことはここ最近ないのだが。
とりあえず、その件については目を逸らすしかなかった。そして、ルーシャが運んできてくれた昼食に手を付ける。
いつの間にか、ジュラも復活して黙々と食べている。本当に調子のいいやつだな。
「今日もおいしいし、今日もかわいいねっ、ルーシャちゃんは」
「ジュラさんありがとう」
照れる様子もなく、さらりと今日もジュラの言葉を流す。
「もう少し、照れたっていいんだけどねー」
「そういえば、ジュラさんは今日も出かけるんですか?」
「そうねー、ルーシャちゃんが寂しがるのは非常に心苦しいけど、しばらくここには来ないよ」
そして、ちらっと俺の方を見た。
分かっている。ここから先俺は16歳の誕生祭を迎えるはずだった。しかし、こうして俺がここにいることでそれはなしになる。誕生祭は多くのモノと人、つまりは金が動く。この機会を陛下が無下にするわけがない。何としてでも俺を連れ戻そうと探し回るだろう。それでも、俺はあんな息苦しいところにはいたくはない。
「寂しくはないから、行ってらっしゃい」
「うーん。もっと寂しがってくれると嬉しいな……」
またしても、ルーシャに軽く流されてしゅんとしたジュラだった。たまにはそうやってしょげていて、静かになってくれるとこっちとしてもありがたい。
そうして、ジュラを見送った。
「今日もお手伝いしてね」
「分かっています」
俺はというと、あれからノクタルン村に住みついており、ルーシャの家、つまり、宿屋にお世話になっている。貴族の服は売り払い、宿代にしたが、部屋をずっと占領してしまっているためもう居候状態である。そのため、手伝えることは手伝っている。
それに、俺はこれからずっとこの村に居座るつもりだったから、そうでもしなければ暮らしてはいけないだろうと考えた。
ルーシャには一からお世話になっている。だから、頭が上がらない。
「ニコはなかなか筋がいいと思うんだ。体力もあるし。でも、ちょっと畑のこととか家畜のこととか知らなさすぎだよ」
「……すまん」
それでも、それ以上は聞いてこなかった。どこにいたの?なぜここにいるの?行かなくていいの?などとは一度も聞かれたことはない。そんなことがすごくありがたいのだ。
一つ一つ、雑草を抜いていく。自分が何気なく食べていた野菜もこんなに人の手が加わっているとは思わなかった。
「よっし、今日もお疲れー!」
言うなりルーシャはごろんと、畑に転がった。
「汚くなるぞ」
「いいの、もうきったないでしょ」
またしても、笑顔のルーシャ。
夕日のせいか、彼女の顔はまぶしかった。
服は泥だらけで、顔にもところどころ土がついている。
それでも、彼女はきれいだと思った。
貴族には美人が多いし、城に来ている使用人もきれいな人が多かった。でも、汚い服を着ていてもルーシャはその中でも一番きれいに思えた。
「ぼーっとしてないでニコも、ほら」
「お、おいっ」
ルーシャに思いっきり引っ張られて俺も畑に寝転がった。
空は赤く染まっていて、俺が想像していた以上に大きかった。
「地面に寝転がるのもいいでしょ」
「初めてだけど、なかなかいい、と思う」
「そっか」
ルーシャは俺が貴族だと気が付いているから、俺には言ってこない。そう思う。
「俺は貴族なんだ」
俺は空を見たまま、ぽつりと言った。
「……うん」
ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、ルーシャは黙っていた。 俺が話すことを待っていたのだろうか、それとも、このまま聞きたくなかっただろうか。それでも、俺は、ルーシャに聞いてほしいと思ってしまったんだ。
「それも、この国の第1王子だ」
「へー、すごいね」
「でも、俺は、王になんかなりたくはない。もう、嫌なんだ」
今までのことを少しずつルーシャに話した。彼女は黙って、俺の手を優しく握りながら聞いてくれた。その手の温かさが、なぜがとても懐かしかった。
「……そろそろ、戻ろう」
全部話したところで彼女は起き上がった。
あたりはだいぶ暗くなってしまっていた。
「……きっとね、ニコの気持ちは私には全部理解できない。でもね、話してくれてありがとう」
そして、彼女はまた俺に手を差し伸べた。
気が付いていて知らないふりをしていた前とは違い、今は王子ということを知っているのに、彼女の俺に対する態度が変わらなくてなんだか、戸惑ってしまう。
「……俺は王子だぞ?」
「何言ってるの? ニコはニコでしょ」
俺も、つられて笑顔になった。そして、その手を取った。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
次回また、お会いできることを願っております。
2014/8 秋桜 空




