追走
選択肢はそれだけじゃなかったはずだ。
そろそろ、式の準備が完了し、始まる頃だった。
ボクの記憶もすっかりとられてしまっているようだ。王妃のことが全く思い出せないのだ。どんな顔をしていて、どんなふうにニコたちを支えていたのか。
それでも、ニコにとっては大切な人に違いない。その人が突然死んでしまい、さらには何も思い出せないなんてボクだったらきっと耐えられないかもしれない。残された人を癒す唯一のアイテム、思い出。この世界は本当に何を求めているのか……。
いい時間だし、ニコをとりあえず迎えに行かなくては。
自室にいると思ったけど、ニコはそこにいなかった。ボクは何となく王妃様の遺体が安置されている部屋へと向かった。
部屋に近づくとそこにはニコの姿があった。やっぱり、ここにいたのだ。
ボクはさっさと声をかけて、連れていこうとして、ニコを呼ぼうとした。
「ニ――」
しかし、呼ぼうとしたその時、ニコは反対側へと走っていった。
なんなんだよ、もう。めんどうくさいな……。
ボクもニコを追うようにその背中を追いかけた。その時、ボクはその部屋の前を通過した。聞こえてきたのは、自己中王様とその腰巾着の上級貴族の声だった。
ニコがここから立ち去りたかった理由が何となくわかった。大方、この機にまた民衆から金を搾り取ろうっていう魂胆だろう。いつもと変わらず、クズな王様だよねぇ。
こんなのと結婚したなんて、王妃様も物好きだと思ってしまった。まあ、どうせ政略結婚か何かだろうけど。
何とかニコの背中を見失わないように追った。ニコは自室に入っていった。自室に入ったのなら別に大丈夫だろう。ニコのことだし、中で八つ当たりでもしているかもしれない。
そう思うと入るのがとても嫌だけれど、仕事なので仕方がない。
ガタンッ
入ろうとドアの前に立った時、部屋の中から妙な音が聞こえた。ボクはちょっと不安になってドアを開けた。
ニコの自室は窓が大きく開かれており、また、そこにいるはずのニコの姿はなかった。
ボクは急いで窓辺に駆け寄った。
びゅうびゅうと吹き抜ける風が、ニコの机の上の書類たちを吹き飛ばしていく。これ、片づけるのがめんどうくさいやつだ……。
窓から外を見ると、馬小屋へ駆けていくニコの姿があった。その姿はいつもより幼く見えてしまったのは気のせいかな?
というか、ここ2階なんだけど……。
ボクも仕方がないから、ひょいと窓を潜り抜ける。ふわっと体が浮く感覚がしてそのまますぐに重力に引っ張られていく。スタッときれいに着地する。さすが、ボク。思わず、自分の魅力に目がくらみそうだ。ニコを追うんだった。
ボクも馬小屋に行って自分の愛馬を見つけてまたがる。急いで、外に出ると馬を走らせるニコの姿があったが、だいぶ小さくなっている。おかしいな、時間のロスはどこで起きたのかなぁ。
ニコは乗馬もうまかったから、追う身になってみると本当につらいんだけど……。
しかし、城を出るまでとは思わなかった。そこまで、王妃様の死がショックだったのか。そしたら俺がいつでも癒してやるのに。そう、このピュアピュアスーパージュラ様がお話を聞いて、あ・げ・る♪
まあ、それにしてもこれはあまり良くない選択なんじゃないのかな、ニコ。
―城内
「ニコ様がいないとはどういうことだ!?」
「ジュラはどこに行った!? あやつが連れてくるのではないのか!?」
「母親の葬儀にでんとはなんということ!」
「アステリ殿はどちらに!?」
場内がとても騒がしい。
それもそうだけれど。なにせ、この国の第1王子様がいなくなってしまったもの。しかも、ジュラまでいなくなったってどういうことよ。役立たずが。
「お呼びか?」
さっき、呼ばれていたので、そこにいた貴族殿に声をかける。
「ああ、アステリ殿! 2人の行方はご存じではないのですか?」
「申し訳ありませんが、存じておりません。私も混乱しております」
本当に困った。ジュラがいなくなるのは全くかまわないが、ニコ様がいなくなるのはとてもまずい。
だいたい、私がニコ様を呼んでくるように言ったとき、任せろって言ってたのは何だったのよ。だからジュラは……。
「私はニコ様の自室を見て参ります」
「頼みました」
貴族殿と別れを告げ、ニコ様の自室へと向かう。
近くまで来ると、部屋のドアが開け放たれているのに気が付いた。なんだか胸騒ぎがして私は駆け足で部屋に向かった。
「ニコ様!」
部屋に入るや否や、そう叫んでみたが、一向に返事はなくこの部屋の主不在を知らせた。窓も大きく開け放たれ、床には書類が散乱してしまっている。
帰ってきたら絶対ジュラに押し付けてやる。
大きく開け放たれた窓、散乱している書類の量……。ニコ様もしくはジュラ、あるいはニコ様とジュラがこの窓から出ていったのかもしれない。それにしても、理由が見当たらない。不審者の報告も一切なかったし、私自身も怪しい者を見たりはしていない。
ということは、攫われた可能性低いとみておこうかと思う。
それに、朝に差してはいなかったニコ様の剣が見当たらない。つまり、この部屋に来て剣を差してどこかに行ったのだろうか。
それだけ、王妃様の死がニコ様の精神に負担を与えてしまったのだろうか。私には一向に理解できなかったが、不安とイラつきで乱暴に窓を閉めた。
後の報告でニコ様とジュラの馬がいなくなっていたと聞いた。あの2人は自らこの城を出ていったことになる。
「仕方があるまい、葬儀は予定通り今日行う。後日にはもう出来んほど準備は終わっていしまったからな」
陛下の腰巾着の上級貴族が言った。こいつはあまり好きになれん。
「ニコ様はもう少々王子としての自覚を持ってほしいですぞ」
ため息交じりにその貴族が呟いた。
王子としての自覚、ね……。同じようなことをジュラも言っていた気がする。
それは、着任の時だった。ジュラはいきなりこれから仕えるニコ様を呼び捨てで呼んだのだ。さすがに最初に本人の許可をとってはいたけれど。誰でもそうかと思っていたけれど、リュエル様のことは敬称を付けていたので驚いてしまった。
『ちょっと、リュエル様には敬称を付けるの!?』
『そりゃ、リュエル様は王子でしょ?』
『どっちも王子でしょうが! 馬鹿!』
……本当に分からない。ニコ様には王子としての自覚がないのだろうか。そうあまり見えないのだけれど。結局、ジュラはニコを王子として見ていないのかしら。
それよりも、まず、あの2人は一体どこに行ったのかが全く分からなかった。
「はぁ、はぁ……」
ここまで来れば、もうあの城を見ないですむ。そして、もうあの城に帰らないですむ。俺のことはきっと、王子としての自覚がないだとか、くだらないだとかいろいろ言われるだろう。
でも、それでも別にかまわない。陛下の思うままになるくらいだったら、いっそこうやって城を出てきてしまった方がいい。
馬から下りて、愛馬をなでてやる。
「こんにちは、旅人さん?」
まさか、と思い剣を抜いてふりかえった。
そこにいたのは、俺とあまり変わらぬ年の少女だった。少女は微笑んでいた。
「……すまない」
害がなさそうな人間だったので俺はとりあえず剣をしまった。剣を見て一瞬ひるんだものの、少女は変わらず優しい表情をしていた。その顔がどうしても俺の目を離してくれなかった。
「どこから来たの? それとも、何かわけあり?」
「俺は……たまたまここに来ただけの旅人だ」
「それでは、旅人さん。今日のお宿はノクタルン村でいかがですか?」
きっと、嘘だって分かっている。この少女は俺が旅人じゃないことを知っている。城から来てきたままのこの服はやはり、どう見ても貴族が着ているようなお高いものだ。
嘘と知っていながらも何も聞いてこない少女がとてもありがたかった。
「それでは、ボクもお供してよろしいでしょうか?」
聞き慣れた声に驚いて振り向くと、そこに立っていたのはニコニコと笑っているジュラだった。俺をここまで追ってきてしまったのか。
おどおどしてしまう俺にゆっくりと近づき、耳元でぼそっとつぶやいた。
「城には内緒にします。ボクも陛下のやり方はあまり好きではないので。しかし、これはどういった行動か分かっていらっしゃるんですか?」
「分かっている」
「ふーん」
そして、鼻でふっと笑ってジュラも少女の後を追った。
あんなやつだが、なぜだか疑うことができない。あいつは城の中で少し違う雰囲気がある。他の俺に使える人間とは違う何かが……。
まあ、少々腹は立つが。
「そういえばさ、お嬢さん、お名前を教えてくれるかな?」
くるっと振り向いて、笑顔で少女は答えた。
「ルーシャと言います、旅の方々」
だいぶほったらかして、その際に2つ短編を書くという
長編に申し訳ないことをしておりました……(汗)
まだまだ過去の話が続いていきますが、どうかよろしく
お願いします。
それでは、次回もお会いできることを願っております。
2014/8 秋桜 空




