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Memory World  作者: 彼方わた雨
第2章-過去-
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記憶

 俺は何もできなかった、いや、しなかった。




 これは4年前のこと――

「殿下、歴史の学習の時間でございます」

 いつもの時間、いつものように俺の教育担当の者が俺の部屋まで迎えに来る。昔は楽しかった学習の時間も、今となっては、少し窮屈なものになってしまった。この国のこと、今の王の政治がいかに国民のためを思っているかなど、学んでいてもなぜかそれはとても空虚なものに思えてしまう。それでも、あの人の言うことは聞かなければいけない。たとえ、嘘偽りのことであっても……。

「ああ、今行こう」

 第1王子として俺は期待されていた。しかし、まわりからの視線はいつも俺自身ではなく、俺の勉学、剣術の優秀さ、つまり、能力に向けられていた。ニコ・ピアノリア自身が期待されているわけではないと、気が付いてしまった。いっそ気が付かない方が幸せだったかもしれないが……。気がついてはしまったが、俺はどうすればいいのか分からない。自分でどうにかしようとは思わなかった。どうせ、自分には無理だ。第1王子なのは父親が王様だったから。俺は王族に生まれたかったわけじゃない。王様になろうなんて思ってない。でも、それが陛下の望みなら従うしかないんだ。


「お勉強お疲れー、北部の資料が来てるから目ぇ通してね」

 相変わらずおどけたように第1王子専属執事兼護衛のジュラがドサッと紙の山を俺の机の上に置いた。俺にフランクに話す唯一の人物である。ジュラからは周りの人とは違った印象を受ける。ジュラはニコ・ピアノリアを見ている気がする。時々むかつくが、いいやつであると思っている。

「資料の山じゃん。ちっさいからニコが隠れちゃうねー」

 ……いいやつだと、思いたい。

 ここは俺の執務室となっていて、起きている間は大体この部屋にこもって、各地の情勢の資料を見たり、読書をしたりしている。結局、どこに行っても勉強せざるを得ない。

「お茶でも入れましょうか?」

 おどけたジュラとは違い、俺に丁寧に話しかけてくれるのは第1王子専属伝令兼護衛のアステリ・フレメイルだ。ジュラより2つ年下なのだが、ジュラよりかなり大人に見える。いや、ジュラが子供っぽ過ぎるんだ。彼女は上級貴族騎士フレメイル家の長女であり、珍しい女性騎士でもある。上級の貴族であり、騎士である家は珍しくこのフレメイル家ただ1つである。芯のあるガーネットの瞳と、きれいに束ねられたグレーの長い髪が彼女の大人っぽさを演出しているのかもしれない。

「お茶もいいがコーヒーが飲みたい。頼めるか?」

「もちろんです」

 彼女はさっと執務室を出ていった。

 俺は手元の資料に目を通す。 北部、または開拓地と呼んでいるところの資料である。北部の開拓作業は北部のもっとも北にあるコルダン村を中心としており、炭鉱、大農業などをしている。また、北部までの舗装道も開拓作業の1つである。

 開拓地は主に階級のない人間が働く場所である。なので、たまに暴動が起きることもある。危険な場所でもあると言われている。タダ同然で働いているのだから無理はないと思うが……。

 資料を軽く見ただけでため息がもれた。

「コルダンのこと?」

 ジュラが資料の山の向こうから顔をのぞかせた。

「俺は未だに陛下の意向が分からない。納税義務を果たせない人たちのために働く場所を提供しているように思えるが……」

「じゃあさ、ニコはどうしたらいいと思う?」

 陛下の意向は分からない。そこまで人々をしばりつけておく必要があるとは思えない。けれど……。

「陛下は今のところ何も行動を起こしていないから、現状維持」

「ふーん。ま、いいけどね」

 ジュラは期待外れな答えだったのか、すぐに自分の仕事に戻ってしまった。そのタイミングでアステリが戻ってきて、執務室にコーヒーの香りが心地よく広がった。

「15でコーヒーって言うのもなんかしゃくだなぁ」

 ついさっき集中し始めたはずなのにすでにコーヒーに目がいっている。

 俺が出されたコーヒーをそのまま飲む姿を見て、ジュラは不服そうに言った。アステリは自分にもコーヒーをもってきたらしく、俺と同様砂糖も何も入れずに飲んでいる。

「そういえば、アステリ、ボクのコーヒーってな――」

「ない」

 アステリはジュラが言い終わる前にバッサリと言葉を切った。2人は幼馴染であると聞いているから、初めは仲がいいものだと思っていたが、ジュラの性格もあってなかなか親しいようには見えない。ジュラ曰く、「親しいからこそ素っ気ない」らしい。「ジュラだから素っ気ない」と俺は思うのだが。

「自分で淹れてきます」

 とぼとぼとジュラは行ってしまった。

「よく、あんなのと幼馴染してきたな」

 アステリは大きくため息をもらした。

「私もしたくて幼馴染しているわけではありません。腐れ縁だと思っています」

「でも、長く自分を知っているものがいるということはいいことではないのか?」

 アステリは少し笑って、「あんなのでもですか?」と聞き返してきた。確かにあんなのによく知っていられるというのも面倒くさいかもしれない。

「今、ボクの悪口聞こえたー!」

 地獄耳か。

 執務室の扉を思い切り開けて、コーヒーを片手に持ったジュラが登場した。あのまま今日は執務室から退場してもいいのだが。さっきまでの落ち着いた空間はジュラによって破壊されてしまった。だから、アステリにあんなのなんて言われるんだ。

 ジュラは砂糖とミルクをコーヒーに入れていた。そして、満足そうにうめーと声を出していた。

 まあ、別に賑やかなのは嫌いじゃない。でも、ちっとも楽しいと思えないのはなぜだろうか。そもそも、楽しい記憶などすべてとられてしまうのだから楽しいと思っても意味はないと思うが。

「相変わらず騒がしいのね、ジュラは」

 その声が聞こえたかと思うと、ジュラとアステリは急に姿勢を正した。

 いつの間にかドアの前に立って笑いかけている人物がいた。

「母上!?」

そこには、いつもと変わらぬ優しく、柔らかな表情をした王妃、もとい俺の母が立っていた。

「王妃様、どうされたのですか? まさか、私に対するこのいじめをお止めに来てくださったのですか?」

「ふふ、それはないわよ、ジュラ。ニコの顔が見たかったの」

「それなら私が伺います! 母上はお休みになっていてください!」

 思わず、大きな声を出してしまった。本当はとてもうれしいのだ。でも、母はそんなことをしていい状態じゃない。母はひどい病気にかかっており、休んでいなければならないのだ。1年ほど前から患っている病は、着実に母の身体を蝕んでいっている。医者はもう何もできないと言っていた。それに、よく1年ももったと……。つまりはもう、母には残された時間がない。

 陛下と違い母は俺のことちゃんと見ていてくれる。なのに……。

「私は元気よ? そんな顔しないでちょうだい。それに、最近とても調子がいいのよ? ベッドにいるだけじゃつまらないもの」

 そう言って母は笑っているが、それもなんだか見ていて不安になるばかりだ。

「しかしっ……」

「ふふ、大丈夫よ。じゃあ、リュエルのところにも行くわ」

 俺はアステリに目配せをする。アステリは軽くうなずいた。

「お供いたします」

「あら? お仕事はいいのかしら」

「はい、どっかの騒がしい騎士とは違い、もうだいたい片付いておりますので」

 母はそれを聞いてまた笑った。そうして、2人は執務室を出ていった。

「どっかの騒がしい騎士って誰だろうねぇ?」

「お前に決まってんだろうが。さっさと仕事しろ」

 俺はため息をついて、ドサッと椅子に腰を下ろす。 アステリがいれば何とかなるだろう。母もあまり無理をしない方が良いのに。もしかしたら、母も何かを感じ取っていて、こうして俺に会いに来てくれているのだろうか。そうだとしたら……。

「ちなみに、どのくらい悪いんだ王妃様は」

「かなりだ」

 その場に何とも言えない空気が流れた。

「じゃあ、ボク一緒に行ってくるね!!」

 はあ!?

 なぜかその場を飛び出そうとするジュラを止める。

「お前! 仕事が残ってるだろうが!」

「だって、しみったれたこんな空気、嫌だっ」

 嫌だ、って子供かよ。これだから、ジュラは面倒くさいんだよ。

「お前な、それとこれとは――」

「王妃様はそんなニコを見に来たんじゃないでしょ。そんな、しみったれてて王妃様はうれしくもなんともないと、ボクは思うけど?」

 言われて思わず何も言い返せなくなった。

 今日来た母は去る瞬間まで、笑顔だった。

「悪かった」

「じゃあ、はい、笑ってー」

 言われて通りに笑顔を作って見せる、が。

「それとこれとはまた別問題だからな、ジュラ。仕事はきちんとしろよ?」

 俺は笑顔のままジュラの執務用の机を指して、低いトーンで言った。

 そうすると、ジュラはへらへらと笑ってまた誤魔化そうとする。

「わー、怖い怖い。そんなんじゃ、ダメだって」

「調子に、のるなよ?」

 バンッ!

 俺が勢いよく机に手を置く。はらりと数枚の書類が床に舞い落ちた。

 それを見て、やっとジュラは自分の仕事をし始めた。

 ジュラはきちんと的を射たことを言うのだが、いつもこの調子だから感謝していいものか分からなくなってしまうから厄介だ。





母が亡くなったのは、それから数日後のことだったんだ――。


こんばんは、今回からは少し

ニコの過去編が続きます。

なかなか、進められていませんが

頑張って行きたいと思います…っ!


では、また次回お会いできることを願っております。

2014/6 秋桜(あきざくら) (くう)

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