ミテンクウシ
「魔源、妖根、力才。世界に存在する三つの力じゃ」
ミテン・クウシ最高位席の【ケイキ】という老人は、とても小柄で、一見するとまるで子供じみた姿をしている。けれど侮れない。若きミテン・クウシが輩出される時勢にあっても、その老体は未だ強力な《魔源》を内包している。
外見も見れば歳三百のシワが重なるところ、目深に被ったまぶたの下から力強い双眸が覗いている。直視されればたまらない。全てを見透かし、深みある落ち着き払った緑眼は輝く。ミテン・クウシ特有の、血に流れる魔源の光である。
お昼時の麗らかな陽光の下、ケイキは子供達に囲まれていた。
「昔は力才しかなかった?」
「よく勉強してきた。そのとおりじゃ」
シワだらけの顔に、眉根を和らげる優しい笑み。ケイキは老いた喉もとをごろごろと唸らせ、やがてゆっくりと語り始めた。
「かつて、人間には力才しか存在せんかった。力才はそれすなわち身体の力じゃ。ただ肉体をのみもって地を裂いた輩までいたそうじゃ。こう、叩きつける具合にノ」
背中越しに持った杖をこつり。
その《衝撃》が天窓の射光高く、だだっ広いミテン講堂のタイル床をぐんと走りぬけた。同心円状に広がる波動は、数十人の子供達のみに留まらず、式典の準備作業に追われていた大人たち数百人全員の下まで行き届いた。足から伝わり、ぶわりと持ち上がる毛髪の先端に至るまで、不可思議のバイブレーションが駆け巡る。
子供たちは皆、予期せずして送られたサプライズに嬉々として騒ぎ出した。だが老師のただならぬ静寂に気付くと、間も空けず再び姿勢を正した。
わざとらしい咳を一度だけ、ケイキは鼻から息を漏らして笑う。
「力とはノ、魅力じゃ。それも、他に勝るものを得ると人は大そう喜ぶ。皆それ相応に美しいというに、周りと比較せんと力と認識できぬところがノ、悲しいことじゃ。人は力に愉悦する。優越とはノ、無知の自覚を厳しく修練せねば往々にして剥がれぬ。利己に駆られ、独欲をひた望む姿はおぞましい。……彼らもまた、そうした力の誘惑に溺れてしまったのじゃな」
ケイキが話しているのは《魔源》《妖根》《力才》という世界三大能力に関する歴史だ。
古代において人間には力才という力しかもっていなかった。
常人と異なり肉体に超越的な力を備えた特殊な人間たちのこと――それが力才だ。走れば周囲に風を巻き、跳べば鳥の飛翔をみせる。言わば超人類である。
そんな力才の能力顕現は天性に委ねられていた。力才の者は希少として必然的に周囲から崇められるようになる。ちやほやされ持ち上げられた。
彼らはおごり、自分たちは神に選ばれた種族だと考え始める。すると無能な者たちは神に疎まれ、見捨てられた存在なのだという主張を持った。やがて自分たちが頂上へ、世界を統べようとしたのだ。
「それが妖根の生まれたきっかけ?」
「そうじゃ」
てくてくと寄って来た瞳のキレイな少年を見据え、ケイキは懐から小包を取り出した。中には甘い香りのクッキー。少年は照れ臭そうに、ぺこりと礼をして受け取った。
「虐げられた者たち、弱き者たちが求めた術が妖根じゃ」