第26話:傷
どれぐらいそうしていただろう。
辺りは、すっかり暗くなり公園の電灯も灯った。それでも、幸菜はその場から動かない。じっと宙を見据えて考えこんでいる。
「あたしを助けてくれる人?」
脳裏にある人の顔が浮かんだが、すぐにそれを否定するかのように首を振る。それでも、その人の面影は、消えない。
「…………あの人は、違う…………」
その時だった、自分を呼ぶ声が聞こえたのは。小さく、そしてどこか怯えたように震える声。
(誰?)
その声の持ち主を探して周囲を見渡す。すると、公園の入り口に誰かが立っていた。暗くてその顔は、よく見えなかったが自分と同年代の少女らしいことは、分かった。
「きっ、木崎さん!」
「………………あんたは…………」
少しずつ自分に近づいて来る人物の顔を見た瞬間、驚きから幸菜は、言葉を失う。そこに立っていたのは、あの日、自分が助けたクラスメイト・柏木七海だった。
七海の顔を見た瞬間、ひどく胸が痛んだ。その痛みの正体は、いじめられた事への悲しみと裏切られた事への失望感。
あの日の放課後まで、ただの一つも接点がなかった自分と彼女。ただ、クラスが一緒だったというだけの関係。友達でも何でもない。
それなのに、裏切られたと思った。だけど、そんな事を思われるのだって、彼女にしたら迷惑に違いないのに。
幸菜は、立ち上がると七海に背を向け歩き出す。すると、自分の後を追ってくる足音が聞こえた。
(何で、着いてくんだよ!!)
一定の距離を保ったまま、着いてくる足音に幸菜は、だんだんといらいらし始めた。それでも無視し続ければ、その内諦めるだろうと歩き続ける。
しかし、相手には諦める気がないらしい。
「何なんだよ! お前は!!」
「ごっ、ごめんなさい」
ついには足を止め、振り向きざまに怒鳴りつける。すると、七海はいきなり頭を下げて謝ってきた。
「あぁ?」
「ごめんなさい。あの時、木崎さんは助けてくれたのに。私は…………、ごめんなさい」
「別に。気にすることないよ。あの後だって、あんたは正しいかしこい選択をしたと思うよ」
「違う! かしこくなんかない。私は、卑怯で汚い。ここが弱いからあんな事」
そう言って自分の心臓の辺りを強く叩き続ける七海に、最初はしらけた目を向けていた幸菜だったが、いつまでも叩くのを止めようとしない彼女を見て思わずその手を掴んだ。
「馬鹿か、お前は! 何してんだよ!!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………」
謝り続ける七海を見て、どうしたものかと溜息が出る。そして、思わず掴んでしまった彼女の腕の袖口から見えたある物に幸菜の目から涙が思わず零れた。
――――キズツイテイルノハ、ジブンダケジャナイ。
七海の細い手首には、無数の傷跡があった。